第16話 女。告白

 吐き気が治らない。


 私、赤ちゃんができたんだ。


 生理も止まったままだし、間違いないわ。

 でも、つわりって思っていた以上にきつい。

 食べ物を食べてもすぐに吐いてしまう。


 食べないと智に疑われてしまうし、どうしよう。

 もはや智に隠し通せないかも。

 また吐きそうになってきた。


 ふー。


 早く出ないと智に怪しまれるわ。


 外に出ると、智が私を真剣な眼差しで見ている。

 もしかして。


「美貴、話があるんだが、今いいか」

「あ、はい。なに智」

「最近、調子悪いんじゃないのか?アンドロイド修理センターに行って調べてもらった方がいいと思うんだよな」


 やはりそうだった。

 ついにその日が来てしまった。


 智を説得できなければ、私は、私は追放される。

 けど、追放されるのはまだいい。


 智と離れるのがすごく悲しい。


「智、最後まで聞いて欲しいの、これから話すことを」

「何かわからないけど、最後まで聞くよ」

「実は私、アンドロイドではないんです」


 アンドロイドの言葉を言っただけで、顔の表情が硬くなった。


「私は生身の人間の女です。

 女の居住区からこちらの男の居住区に侵入し、アンドロイドとすり替わって、智と最初に会ったあの席に座っていました」

「ちょっと待ってくれ、それ本当のことなのか」


 私は智の質問にうなずいた。

 彼の動きが止まった。

 一言も逃すまいと聞いている感じだった。


「歴史で習ったんですが、昔は人間の男と女が1つの家庭を持ち、赤ちゃんを産んで育てていたそうです。

 女の居住区では男のアンドロイドと結婚して、ある程度の期間を過ぎると政府から自分とは血の繋がらない生後まもない赤ちゃんが与えられるのです」


 智は私を許してくれるだろうか?


「私は、女と生まれたからには、私が産んだ赤ちゃんを産んで、育てたいと思いました。

 その為には法を犯して、こちらの居住区に侵入する必要がありました」


 もっとも言いにくい言葉を、これから話さなければならない。


もうだめだ。

 最後まで涙は流さないと決めたのに、止められない。


「私は・・。

 私の欲望の為に智を騙し、結婚しました。

 これだけでもよくないのに、さらに智に黙って、妊娠するとわかって、夜を一緒に過してきました。

 今、私のお腹の中には、私と智の赤ちゃんがいます」


 智の意思を無視してできた赤ちゃん。

 彼にしてみれば裏切りに映るだろうな。


「私の体調が悪いのは病気ではなく、つわりと言って、妊婦がよくなる症状だそうです。

 新しい命が子宮の中で芽生え、それに対して母体の方が反応し、嘔吐などの症状が出ます。

 それが今の私です」


 話のほとんどは言い終えた。

 最後に本当に伝えたいことがある。


 彼からどう思われようと、私の本心を伝えないと。

 全て騙していたのではないと言うことを。


「私の話はこれで終わりです。

 智、あなたを騙してごめんなさい。

 たった1つだけですが、智に真実を伝えていたことがあります。

 それは、私は智を心から愛している事です。

 でも、信じてもらえないかもしれませんね。

 こんなにも智を騙していたんだから」


 彼を騙していた罪の意識に心が耐えきれなくなって、私は泣き崩れた。

 彼には本当に申し訳ないことをした。

 涙を止めようとしても、次から次へと流れ落ちて来るのを止められなかった。


「美貴、もう泣くなよ。

 大体の話はわかった。

 俺が、もっと早く気がつけばよかったな」


 やはり、智には迷惑だったんだ。

 彼の為に私は何をしたらいい?


「智には今まで、本当に迷惑をかけました。

 警察に連絡して私を引き渡してください。

 これ以上、智に迷惑をかけられない」

「あ、違うよ。俺が言った早く気がつけばの意味は、美貴が1人で悩まずに済んだだろう。

 俺たちの赤ちゃんか。

 今まで考えもしなかったけど、これって、わくわくするな」

「え、私を許してくれるの?それに赤ちゃんをここで産んでいいの?」

「もちろんだよ。

 でも、赤ちゃんが産まれたら、いずれ見つかってやばくないか」

「ありがとう智、本当にありがとう。

 また涙が出そう。

 でも、赤ちゃん関しての対策を話さないといけないね」


 ありがとう智、本当にありがとう。

 あなたを騙していたのに許してくれた。

 こんなにも嬉しいことはないわ。


 それに、赤ちゃんのことも心配してくれている。

 赤ちゃんのためにも、今まで練って来た計画を全て話した。

 話し終えた後、私がプログラマーだと知った彼は。


「あ、はい。

 ごめんなさい。コーヒーを智に持って行った時など、画面を見て全てわかりました。

 時々、ここをこうすれば能率がいいのにと思うことがたまにありました。

 もちろん、その逆で、参考にしたい場面もありました」

「なんてこった。そうだったのか」


 智は突然笑い出した。

 私もつられて笑っている。この時私達夫婦は、初めて心が1つになったのだった。






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