第15話男。 妻の秘密

 最近、美貴の様子がおかしい。

 相変わらず笑顔で俺に接してくれるのだけど、いつもの美貴とは笑顔の質が違う。笑いたくないのに無理に笑っている感じがする。

 たとえるなら、体調の悪い時に、相手に対して心配させまいと無理に笑顔で答える時のようだ。


 ん、俺は今なんて考えた。

 体調の悪い時?


 もしかして体調が悪いのか?


 そういえば以前よりトイレの回数が多くなった気がする。

 今もトイレに入っているが、いつもより時間が長い。

 気になるのでトイレに行ってみよう。


 え、嗚咽している音がする。


 やはり体調が悪いんだ。

 アンドロイド修理センターに連絡しないといけないな。

 あー、でも、美貴と話してからの方がいいよな。

 おっと、出て来る。ソファーに戻ろう。


「美貴、話があるんだが、今いいか」

「あ、はい。なに智」

「最近、調子悪いんじゃないのか?

 アンドロイド修理センターに行って調べてもらった方がいいと思うんだよな」


 美貴はしばらく黙っていたが、意を決して話し出した。


「智、最後まで聞いて欲しいの、これから話すことを」

「何か分からないけど、最後まで聞くよ」

「実は私、アンドロイドではないんです」


 え、その言葉が脳に達するのに時間がかかった。


「私は生身の人間の女です。

 女の居住区から、こちらの男の居住区に侵入し、アンドロイドとすり替わって、智と最初に会ったあの席に座っていました」

「ちょっと待ってくれ、それ本当の事なのか」


 俺の質問に美貴は深くうなずいた。

 俺の思考が止まった気がした。


「歴史で習ったんですが、昔は人間の男と女が1つの家庭を持ち、赤ちゃんを産んで育てていたそうです。

 女の居住区では男のアンドロイドと結婚して、ある程度の期間を過ぎると政府から自分とは血の繋がらない生後まもない赤ちゃんが与えられるのです」


 俺は、美貴の話を真剣に聞いていた。


「私は、女と生まれたからには、私が産んだ赤ちゃんを育てたいと思いました。その為には法を犯して、こちらの居住区に侵入する必要がありました」


 そうだ、確かにそれは法に触れることだ。

 法を犯せば確か、追放される。

 美貴をよく見ると彼女の目からは涙が止まることなく流れていた。


「私は・・。

 私の欲望の為に智を騙し、結婚しました。

 これだけでもよくないのに、さらに智に黙って、妊娠するとわかって夜を一緒に過してきました。

 今、私のお腹の中には、私と智の赤ちゃんがいます」


 私と智の赤ちゃんと言ったよな。

 え、俺たちの赤ちゃん?


「私の体調が悪いのは病気ではなく、つわりと言って妊婦がよくなる症状だそうです。

 新しい命が子宮の中で芽生え、それに対して母体の方が反応し、嘔吐などの症状が出ます。

 それが今の私です」


 美貴の話を頭の中で整理をしながら聞いている。

 そういえば俺は、美貴をアンドロイドらしくないと最初から思っていた。

 最新のアンドロイドだからと自分に納得していた。

 それにしても、赤ちゃんとは。


「私の話はこれで終わりです。

 智、あなたを騙してごめんなさい。

 たった1つだけですが、智に真実を伝えていたことがあります。

 それは私は智を心から愛している事です。

 でも、信じてもらえないかもしれませんね。

 こんなにも智を騙していたんだから」


 そう言うと美貴は泣き崩れた。


 激しく泣いている。


 申し訳ない感情が美貴から伝わってくる。


 俺はどうしたらいい。

 そして、美貴にしてやれる事は?


「美貴、もう泣くなよ。大体の話はわかった。

 俺が、もっと早く気がつけばよかったな」


 しばらくして美貴は激しく泣くのをやめ、話し出した。


「本当に智には、今まで迷惑をかけました。

 警察に連絡して私を引き渡してください。

 これ以上、智に迷惑をかけられない」

「あ、違うよ。俺が言った早く気がつけばの意味は、美貴が1人で悩まずに済んだだろう。俺たちの赤ちゃんか。今まで考えもしなかったけど、これって、わくわくするな」

「え、私を許してくれるの?

 それに赤ちゃんをここで産んでいいの」

「もちろんだよ。

 でも、赤ちゃんが産まれたら、いずれ見つかってやばくないか」

「ありがとう智、本当にありがとう。

 また涙が出そう。

 でも、赤ちゃん関しての対策を話さないといけないね」


 そう言うと美貴は、久しぶりに弾ける笑顔に戻り、計画の全体像を話してくれた。

 驚いたのは美貴は俺とお同じプログラマーで、向こうで最高位を取っていたことだ。


 ちょっと待てよ。

 俺がしていた仕事は美貴には筒抜けか。


「あ、はい。ごめんなさい。


 コーヒーを智に持って行った時など、画面を見て全てわかりました。

 時々、ここをこうすれば能率がいいのにと思うことが、たまにありました。

 もちろん、その逆で、参考にしたい場面もありました」

「なんてこった。そうだったのか」


 俺は笑いを抑えきれなくて笑い出した。

 美貴もつられてクスクス笑いをしている。

 この時俺たち夫婦は、初めて心が1つになった。







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