第12話 女。涙が止まらない。

 私のディナー用の服は黒のロングドレス。

 背中が腰近くまで空いているので恥ずかしいけれど、彼が美貴の真っ直ぐな黒髪がより一層引き立つよって言ってくれたから。


 化粧室から出て彼の元に行った。


「智、どうですか?おかしな所はないですか?」


 そう言うと、私はくるっと回った。

 長い黒髪も同じように回わった。


 彼は、じっと私を見ている。

 何かがおかしいんだ。


「すごくいいんだけど、何か足らないような気がしてんだ。何か、分からないんだよ」

「え、足らない?」

「いや、美貴の方は完璧なんだけど」


 え、足らないもの?

 なんだろう。

 分からないわ。


「あ、そうか、ネックレスだ。

 それと、耳からぶら下がっている。

 えー、名前を知らないけど、それだ。昔の古い映画で見た事があるんだよ」

「私。ネックレスとイヤリング類は持っていません。あ、この結婚指輪は別ですけど。

「イヤリングって名前か。ネックレスとイヤリング、ドレスを買った時に気が付けばよかった。今日はショッピングモールは閉まっているから、明日、買いに行こうよ」

「あ、はい。私も気が付けばよかったです。ディナーは明日にしますか。智さ、いえ、智に恥をかかせたくないので」

「今夜のディナーは、俺たちにとっては特別な時間。明日に伸ばすのはかえってよくないよ」

「智さえよければ」

「よし、決まりだな。そうだ、俺の方はどうだい?」

「すごく素敵です」

「よし、では、行きますか」

「はい」


 彼って本当に優しい人。


 私には不釣り合いな人かもしれない。今朝の私は、自分の欲望の為にアンドロイドを1体破棄してしまった。

 でも、後には引き返せない。

 最後には彼を裏切る事になるかも知れない。

 けれど、女の子の尊い権利を行使をして、赤ちゃんを産みたい。

 きっと、きっと、優しい彼なら分かってくれるはず。

 その日を信じて、その日まで秘密を胸にしまって暮そう。

 そう考えていると、いつの間にかレストランに着いていた。予約係の人が席まで案内してくれた。


「わー、こんな幻想的な夜景見たことがありません」

「俺もびっくりしているよ。予約した時に説明されたんだけど、まさか、ここまでの夜景だとは予想してなかった」


 その夜景は、空の月と海に反射された双子の月が静かに立たずみ、夜空と海が優しく月達を包み込んでいた。

 幻想的で見ていて飽きない美しさ。 

 智が私の方に手を伸ばし、私の手を握った。

 私も軽く握り返した。彼の気遣いが伝わってくる。


「今夜の私達にぴったりですね。今日、一日の出来事全てが、幻想的な事のように思えて」


 そう言うと私は再び、外の夜景を見た。


 今の私は彼を直視できなかった。

 朝のあの出来事を考えると。


「食前酒はいかがなさいますか?」


 夜景を見ながら色々な事を考えていたので、突然声をかけられてビックリした。彼も同じく驚いていたようだった。

 彼との目が合い、私は自然と笑顔になった。


「美貴、食前酒はどうしようか。何か飲みたいのはあるかい」

「お酒はよくわからないので、智にお任せします」

「えーと。普通はリキュールを選ぶんだけど。そうだな、父さんが果樹酒を作るのが趣味で、俺が幼い頃、梅酒を水で割って飲ませてくれたんだ。とっても美味しくて、よく飲んでいたよ。リキュールと同じで甘いんだ。試して見るかい」

「はい。智の思い出の梅酒を、是非飲みたいです」

「それでは決まりだね」


 梅酒って聞いたことはあるけど、美味しいのかな。

 でも、彼が進めるんだから、きっと美味しいはず。


「すみませんが、梅酒で10年以上寝かせたのはありますか」

「はい、ございます」

「それを二人分お願いします」

「かしこまりました」


 梅酒を10年寝かしたのがあるんだね。

 バルサミコベネガーを10年寝かすと味が円やかになり、とっても美味しくなるんだ。

 母さんの知恵だけどね。多分そんな感じかな。


「美貴、正直に言うけど。俺、今までに、高級レストランに来たことないんだ。どうやって注文したらいいか、知っているか」

「それなら知っています。食べたい食材を告げ、料理方法を聞いて選ぶだけです」

「え、そうなの。簡単だね。よかったー。内心、ドキドキしてたんだ」

「うふふ。智の別の面を発見。もっと智の事が知りたいです」


 私と智の初めてのディナーは、こんな会話で、笑いながら楽しく過ぎた。

 食事が終わった。


 いよいよ部屋に戻るのね。


 なんだか気持ちが全然晴れない。

 智さんに秘密を打ち明けられないので、せめて好きですと言いたかった。


「美貴、社交ダンスは踊れるか」

「あのう、知識としてはあるのですが、実際踊った事がありません」


 ダンスのクラスで真剣にやったので自信があったが、そんなこと智には言えない。

 でも、いっしょに踊りたいな。


「よし、踊りに行こう。美貴、俺にわかるように教えてくれ」

「はい、頑張ります」

「二人が楽しめればいいだけだから、頑張るに力を込めなくてもいいよ。簡単なステップを教えてくれるだけで」

「あ、そうですよね。楽しむために踊るんですよね」

「さて、行こうか」

「はい」


 え、本当に踊れるの。


 とっても嬉しい。

 結婚式の夜の最後はダンスをしたいと思っていた。


 優しい智さん。


 私は彼を好きではなくて、愛しているんだわ。

 私の夢を叶えてくれた彼。


 まだ1日も過ぎてないのに、彼を失いたくないこの気持ちは本物。


 静かな曲になり、彼が私を軽く抱擁しながら踊った。

 この気持ちを彼に伝えたい。


 でも、でも、恥ずかしくて。


「実を言うと、朝起きた時は、気が滅入っていたんだ。俺の母さんは表面上は完璧な人なんだけど、感情が全くないんだ。ま、旧式のアンドロイドだからだろうけど。美貴に会えて本当によかったよ」

「あ、あ、あのう。私の方こそ、そのー」

「すみません。今の気持ちのを言葉で表現できなくて。涙が出てきっちゃた」

「俺、今はっきりわかったんだ。美貴のこと愛してるって」

「はい、私もです。智のこと、心から愛しています」


 彼は私に優しくキスをしてくれた。

 私は涙が止まらなかった。

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