第11話 男。ディナー

 美貴のディナー用の服は黒のロングドレスだ。

 背中が腰近くまで空いているのは、美貴の真っ直ぐな黒髪がより一層引き立つ。

 美貴は少しだけ恥ずかしがっていたけど、このドレスに決めた。

 化粧室から美貴が出て来た。とても素敵だ。


「智、どうですか?おかしな所はないですか?」


 そう言うと、美貴はくるっと回った。

 長い黒髪も同じように回わった。

 まるで映画のワンシーンの様に見えた。


 完璧だ。

 これ以上何を望む。

 ん、待てよ、どっかがおかしい。


「すごくいいんだけど、何か足らないような気がしてんだ。

 何か、わからないんだよ」

「え、足らない?」

「いや、美貴の方は完璧なんだけど」


 かなり昔の映画で見たことがあったけど、そのイメージと比べると首回りが少し寂しいな。


「あ、そうか、ネックレスだ。

 それと、耳からぶら下がっている、えー、名前を知らないけど、それだ。昔の古い映画で見た事があるんだよ」

「私。ネックレスとイヤリング類は持っていません。

 あ、この結婚指輪は別ですけど。

「イヤリングって名前か。

 ネックレスとイヤリング、ドレスを買った時に気がつけばよかった。

 今日はショッピングモールは閉まっているから、明日、買いに行こうよ」

「あ、はい。

 私も気が付けばよかったです。

 ディナーは明日にしますか。

 智さ、いえ、智に恥をかかせたくないので」

「今夜のディナーは、俺たちにとっては特別な時間。

 明日に伸ばすのはかえってよくないよ」

「智さえよければ」

「よし、決まりだな。そうだ、俺の方はどうだい?」

「すごく素敵です」

「よし、では、行きますか」

「はい」


 美貴には内緒で、レストランの特別な席を予約していた。

 サプライズで美貴を喜ばせたかった。


 そこは窓側の席で、窓からは満月がよく見える。

 さらに、月光に反射された海が広がっている。


 レストランに着くと、予約係の人が席まで案内してくれた。


「わー、こんな幻想的な夜景見たことがありません」

「俺もびっくりしているよ。

 予約した時に説明されたんだけど、まさか、ここまでの夜景だとは予想してなかった」


 その夜景は、映画のワンシーンを切り取って置いてあるような素晴らしいものだった。


 月は満月で、夜の女神に相応しく美しい。


 海は、凪が何処までも続き月の光を反射して、綺麗な双子の月を演出していた。


 右手を美貴の方に伸ばし、美貴の手を握った。美貴も軽く握り返した。


「今夜の私達にぴったりですね。

 今日、一日の出来事全てが幻想的な事のように思えて」


 そう言うと美貴は、再び、外の夜景を見た。

 幻想的か。全くそうだな。

 朝のあの気持ちを考えると。


「食前酒はいかがなさいますか?」


 幻想的な夜景の世界に浸っていたので、突然声をかけられて驚いた。

 美貴も幻想の世界から、現実世界に急に戻ったので、驚いていた。

 2人の目が合い、自然と笑顔になった。


「美貴、食前酒はどうしようか。何か飲みたいのはあるかい」

「お酒はよくわからないので、智にお任せします」

「えーと。普通はリキュールを選ぶんだけど。そうだな、父さんが果樹酒を作るのが趣味で、俺が幼い頃、梅酒を水で割って飲ませてくれたんだ。とっても美味しくて、よく飲んでいたよ。リキュールと同じで甘いんだ。試して見るかい」

「はい。智の思い出の梅酒を、是非飲みたいです」

「それでは決まりだね」


 確か、梅酒でも10年以上寝かした方が、味がまろやかで美味しくなるって父さんが言っていたな。


「すみませんが、梅酒で10年以上寝かせたのはありますか」

「はい、ございます」

「それを二人分お願いします」

「かしこまりました」


 食前酒の話をした後は、急にお腹がすいてきた。

 さて、困ったことに、今まで高級レストランに来たことがない。

 どうやって注文するかだな。


「美貴、正直に言うけど。

 俺、今までに高級レストランに来たことないんだ。

 どうやって注文したらいいか知っているか」

「それなら知っています。

 食べたい食材を告げ、料理方法を聞いて選ぶだけです」

「え、そうなの。

 簡単だね。よかったー。

 内心、ドキドキしてたんだ」

「うふふ。

 智の別の面を発見。

 もっと智の事が知りたいです」


 美貴と初めてのディナーは、終始こんな感じで、笑いながら楽しく過ぎていった。

 ディナーが終わって、すぐに部屋に戻るのは今夜の気分と合わなかった。

 ふと、バーの方を見ると、ダンスホールがあった。


「美貴、社交ダンスは踊れるか」

「あのう、知識としてはあるのですが、実際踊った事がありません」


 ダンスのクラスは真面目にやらなかったので、よく覚えていない。

 あーあ、こんな事なら真剣にやればよかった。


「よし、踊りに行こう。美貴、俺にわかるように教えてくれ」

「はい、頑張ります」

「二人が楽しめればいいだけだから、頑張るに力を込めなくてもいいよ。

 簡単なステップを教えてくれるだけで」

「あ、そうですよね。

 楽しむために踊るんですよね」

「さて、行こうか」

「はい」


 また、美貴が弾けるような笑顔になった。


 それを見た俺の心の中で何かが芽生えた。


 愛だ。


 美貴と会って、まだ1日も過ぎていないのに、彼女に対する気持ちがはっきりと分かった。


 美貴を愛している。


 これって昔の言葉では、確か一目惚れ。


 この気持ちを伝えたい衝動にかられた。

 幸い、ダンスホールには誰もいなかったので、人の目を気にすることなく二人でダンスを楽しんだ。

 静かな曲になり、美貴を軽く抱擁しながら踊った。


「実を言うと、朝起きた時は、気が滅入っていたんだ。

 俺の母さんは表面上は完璧な人なんだけど、感情が全くないんだ。

 ま、旧式のアンドロイドだからだけど。美貴に会えて本当によかったよ」

「あ、あ、あのう。私の方こそ、そのー」

「すみません。今の気持ちのを言葉で表現できなくて。

 涙が出てきっちゃた」

「俺、今はっきり分かったんだ。

 美貴のこと愛してるって」

「はい、私もです。

 智のこと、心から愛しています」


 俺は美貴にキスをした。

 こうして初めての夜が過ぎて行った。

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