38 念じるだけで
よし、画面上で変更できるようになってる。後はステータスが自動で変われば……。
「おっけー、出来てる! 完成です!」
昼過ぎ、抗いがたいまどろみが訪れる時間。思わずあげた叫び声に、島全体がザワつく。気持ち、立ち上がってこっちを見る人もいた。
「円藤さん、ケーラー社の改修が完了しました。システム、リリースできます」
「やったぜ」
どうもです、と軽く頭を下げると、採用チームの皆さんから「お疲れさま」と声を頂いた。
「ありがとうございます。いや、でも、もう、全員の協力あってこそですから」
今の言葉に偽りはない。円藤さん・近山さん、そして採用チームの協力があって、ここまで来れた。
3月27日、木曜。明後日に導入日を控え、ようやく、ようやくシステムが完成。
分かりやすく言えば「レプリカのシステムで、目標にしていた全ての改修が終わった」ということで、明後日はこのレプリカシステムの設定を丸ごと本番のシステムにコピーすることになる。
「さて唐木さん、ここからですね」
「さすが近山さん、このタイミングで心を折りに来るとは」
人間の嫌がる部分を絶妙に突いてくる。悪の権化かアンタは。
「課題管理表見て、モレがないかチェックした後、マニュアルに追記しないと。じゃあ分担しましょうか……」
「これで夕方までの予定は埋まりましたね」
「まあでも終わりが見えてきた感じがします」
寝不足で目のクマが深くなってきた。今週だ、今週を乗り切れば……っ!
「で、マニュアル直して展開って感じ?」
本日何度目か分からない目薬の点眼をしつつ訊く円藤さん。
30代後半でこのワークスタイルはしんどいだろうな……。
「そうですね、マニュアルがこれで確定するので、必要なところ追記して、まずは各部門で採用面接を担当してる管理職に展開ですね。その後、採用チーム用のものとシステム管理者用のものを直しにかかる感じです」
「ちなみにケーラー社はこれから、移行作業でシステムに取り込む、過去の採用応募者のデータチェックをするそうです。不備があったら連絡くれると」
近山さんが補足すると、「うす、午後も頑張りましょう」と言いながらPCを持ち、会議に向かった。
「しまった、カリカリ梅切れた。買ってこよう」
「私もグミがないです。買いに行きましょう」
近山さんのグミに感化されたのか、間食に食べ応えを求めはじめ、おしゃぶり昆布からカリカリ梅へと完全移行。
口の中に梅が無くなりそうになったらすぐに次のを手に持つ。チェーンスモーカーならぬチェーンプラマー(Plummer)とは俺のことだ。そんな言葉はねえんだよ。
「週末まで、長いですね」
「長いですね。1ヶ月くらいに感じる」
長期戦には兵糧の確保が第一。2人で財布を内ポケットに入れ、1Fのコンビニ目指してエレベーターに向かった。
「あー、やっぱりここもエラーか。っと、原因は……文字数かな」
「面接のコメント欄とか結構書いてる人いますもんね。ちょっと多そうな列の文字数出してみますよ」
そう言って、近山さんがExcelを叩き始める。
外の暗闇もずんと深まってきた25時。
もはや終電が無くなることに残念さを感じなくなっている自分が怖い。でも、この生活も週末までだと思えば、心のカウントダウンが少し気力を取り戻す。
現在やっているのは、移行する過去の応募者データのチェック。ケーラー社で取り込みのテストをしてみたところ、何件かエラーが出たので、細かいデータの修正を行っている。
「取り込みのテストさえしちゃえば、土曜で終わりそうね」
伸びをする円藤さん。土曜がシステム稼働日で、日曜は予備日。相当な大事が起こらなければ、あと2日で大きな山は越える。
「……帰りますか」
「ですね」
26時に近づき、今日の仕事は終了。全員で荷物をまとめていると、シニアマネージャーが軽く笑いながら提案してきた。
「システムも一旦完成したし、しんどくなければ、決起会がてら1杯だけ飲みますか」
「もちろんです」
「行きましょう」
疲れてるよ。ああ、しんどいと言ったら嘘になるとも。
でも、この時間まで来たら26時も27時も変わらない。どうせ明日後悔する。分かっているけど、それでも杯を交わしたい気分。
「んじゃ、テキトーな店で」
そう言って新橋のSL広場の方まで歩く。
電車がなくなってもさすが飲み屋街。まだまだ酔っ払いで賑わい、叫んでいる人や意味もなくジャンプしてる人も。
「唐木さん、今テレビの街頭インタビューしてたら、酔っ払ったフリして出演しなきゃですかね」
「こんな時間にインタビューしてたら、される方もビビりますけど」
何訊かれるの。「明日の仕事に障りませんか?」とか質問されるの。
「うし、ここにしましょう」
朝5時までやってる焼き鳥屋。店内は人でいっぱい。みんな明日大丈夫なの。
「生でいいですか? 3つで。あと塩だれキャベツとポテトサラダと……焼き鳥の盛り合わせを塩でお願いします」
手早く注文する近山さん。その間に俺は取り皿と箸を配り、円藤さんの前に灰皿を置く。社会人力検定、居酒屋部門、実技。悪くない点数だ。
「じゃあ、とりあえずお疲れさまー」
「お疲れさまですー」
ガチチンッとグラスをぶつけ合う。
「円藤さん、社内のメール見たんですけど、また誰かHRチームに入ってくるんですね」
「そうそう、最近人増やそうとしててさ……」
生とハイボール飲んだくらいでお開きになるはず。少しだけ、のんびりした時間に勤しもう。
***
「じゃあ唐木さん、移行データチェック、分担しましょう。上半分は私やるんで」
「オッケーです。じゃあ下やりますね」
28日、金曜、夕方。西日に顔を染めながら、明日に向けていよいよ最終調整。眠気はあるけど、新しいシステムが動き出すことにハイな昂りが脳に押し寄せた。
「あの、近山さん、唐木さん」
とぼとぼと、浜田さんがやってくる。
「1つ、朝浦さんに言われて気づいたことがあるんですけど」
……彼女に? 何? 何を指摘されたの?
「面接の途中で、採用の部門を変更するケースがあるんですよ。営業に応募してきたけど、不動産開発の経験もあるんで設計で面接やり直してもらう、とか」
「あ、そんなケースあるんですね……」
初めて聞いたぞそんな話。だからそういうのは前以って教えてくれよ……。
相変わらず自信なさげな話し方。でも今日は、それが余計に不安を掻き立てる。
「そういう場合、応募者のデータってどうするんですかね……? 単純に応募部門を変更すると、『営業部門を受けた』っていう履歴がなくなっちゃって応募数や通過率に影響が出ちゃうんですけど……」
ああ、うん、そうだな。
やっぱりこの世界はしんどいことだらけで、気持ちの昂りなんか一瞬で凪いで、念じるだけで人を呪えたならなあと思うよ。
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