15 俺と彼女の格付けは

「んん、マネージャーレベルに求めるリーダーシップは、と……」

 いつもの無料自販機0円コーヒーを飲みながら、頭を抱えつつ人差し指で画面をつつく。シニアとの差をどこに見出すかなあ……。


 しかしコーヒーがマズい。カフェインを注ぎ込んだ黒い水だな、もはや。



 6月から始まって10月まで続くクリンダ社のプロジェクトも、8月下旬に入って折り返し。少しずつ、人事制度を具体的な形に落とし込んでいかないといけない。


 今は「等級定義」を作成中。新人クラスから本部長クラスまで、社員を6つの等級に分けることにしたけど、それぞれの定義を作らないと区分のしようがないし「これを満たしてるから昇格させよう」って判断もできない。


 コミュニケーションやスピード、リーダーシップなど、幾つかの項目を設定し、等級ごとに求めるレベルを考えている。が、これが難しい……。



「シニアレベルの『リーダーシップは』定義は……『メンバーをサポートし、チームの一体感をつくる』にしてるから…………マネージャーは…………『公私ともにメンバーをサポート』か!」

 却下。公はともかく私まで面倒見るような社風じゃない。何だよ、自宅でバーベキューとかやらないといけないのかよ。



「どうすっかなあ……」

 コーヒーを飲む。飲むというか服用するの方が正しい味わい。暑いとはいえ、なぜこれだけ味に不満があるのに飲んでしまうのか。やっぱり何かアレな中毒成分が入っているんじゃないか。


「やっぱり管理職になることを押し出して……」


 また立ってフロアをウロウロと歩きだしていた。ブツブツ呟きながら当てもなく彷徨い、辞書で引いたら「不審者」って出てくるヤツだ。


「うん、ここでチームの進捗の話とか入れればいいから……」

『チーム全体の計画の進捗を把握し、差異の原因と対策を明確にしてメンバーに示す』、うん、これくらいが良さそうだ。




「唐木さん」

「あ、どうも、ご無沙汰してます」



 席に戻って打とうとすると、途中で金森さんに会った。最近髪を切ったらしく、もともと短髪だったけど更に短くなっている。


「なんか大分久しぶりですね。5月末以来、お会いしてないような……?」

「ちょっと客先常駐のプロジェクトにいてさ。先週終わって、ちょっとだけ夏休み取ってたんだよね」


「なるほど。じゃあまたしばらくオフィスですか」

「そうだね、またよろしく。唐木さん、制度設計だっけ?」


 こうして、プロジェクトを経験するたびに、オフィスに知り合いが少しずつ増えていくのが、何か面白い。小さな同窓会のような、不思議な感じ。


 中途入社ですぐにクライアント先に常駐する人とか、丸1年プロジェクトメンバー以外知り合いがいなかったりするみたいだけど。




 戻って作業していると、橋上さんが来た。


「ねえ唐木さん、規程の件ってお客さんから問い合わせ返ってきてるんだっけ?」

「あ、いえ、まだ来てないです」

「いや、『まだ来てない』とかじゃなくてさ」


 若干呆れたように笑い声交じり。ヤバい、攻撃が来る。心のガードを固めろ。


「それが来なきゃ始められない作業があるんでしょ。だったら1日経ってレスポンスなかったら電話でも何でもしなよ」

「そう……ですね。すみません」



 うう、言ってることは正しいんだけど、やっぱり少し言葉が強いんだよなあ……あんまり萎縮すると本来の力が発揮できないなんて言うけど、それでもつい肩がギュッと内側に縮んでしまう。



「今から連絡入れておきます」

「ん、よろしく」

 自席に戻っていく橋上さんと入れ違いで、長石がPCを持ってやってきた。


「カラさん、質問があります」

「ちょっと今ブルーだから待ってくれ……」

「等級定義作ったので見てほしくてですね」

「強いなお前は」

 先輩は落ち込んでますよ! もっと大事にして!



「えっと、これなんですけど」


 画面には、「コミュニケーション」に関する等級定義がExcelでまとめられていた。横のセルに色々なメモ書きが残っているのが、初めてやる作業の苦労を思わせる。


「まだ本部長クラスまでは作ってないんですけど、こんな感じで進めればいいですかね?」

「んっとね……」



 新人クラスが「社内外の関係者に対し、円滑に会話や報告ができるビジネスマナーを身につけている」。


 1つ上の主任クラスは「議論の場では、相手の意見を十分聞き、理解したうえで自身の意見を分かりやすく伝える」か……。



「あのさ、長石さん。多分インタビューメモとかベースに色々作ってくれたんだと思うんだけど、上下の等級で余りにも定義に関連性が無さすぎると、却って判断しにくくなるんだよね」

「あ、はい、うん、そうですよね」


 多分そこは本人も薄々感づいていたんだろう。彼女は柔らかい苦笑いを浮かべた。


「これって、片方は一般的なコミュニケーションの話で、もう片方は会議の話でしょ? まずはこれをどっちかに統一した方がいいな」


「そうですよね……では、議論だけにテーマを絞る必要性もないので、一般的なコミュニケーション能力をテーマに書こうと思います」


 立ったまま体を捻って、俺の真ん前に置いたPCを触り、Excel表の横にパチパチとメモを打つ。


「で、等級が上がると、基本的には、『高いレベルでできるようになる』か『より多くのことができるようになる』のどっちかなんだよ。主任クラスだったら部下がつくから……『業務に関する相談に、丁寧に時には厳しく親身になって対応する』とかにすれば、レベル上がった感じするだろ?」

「なるほど! 分かりやすいです!」


 こっちに笑顔を向けて、またメモを取る。その横顔がイヤに楽しそうで、逆に少し居心地が悪くなった。



「ありがとうございました!」

「また分からなかったら聞きに来て。今日は早く帰れそう?」


「あ、はい。今日ちょっと勉強会があって」

「勉強会?」


 話したそうだったので、掘り下げてみる。


「アタシ、フェアトレードのNPOに興味あるんですよね。いつかやりたいなあと思って、今のうちからやってる方に話聞いてるんです」

「フェアトレードか。コーヒーとかクッキーとか、やってる店あるよな」



 開発途上国の原料や製品を継続的に適正価格で購入して、立場が弱くなりがちな開発途上国の労働者の生活改善を促す、貿易の仕組み。


 大学時代に、うちの「大創動おおそうどう」と兼サークルしてたヤツがいたな。



「でも結構フェアトレードの団体もあるんだろ?」

 俺の問いに、彼女は小さく2回頷いた。


「ええ。でもまだ十分には浸透してなくて、運転資金もちゃんと稼げないNPOが多いんです。だからアタシ、コンサルでしっかり企業や人のこと勉強してからチャレンジしてみようと思って」

「…………いいんじゃないか」



 笑い返すしか、出来ない。

 キラキラしてて、眩しくて、野望も未来もたっぷりで、真っ直ぐで素直で。


 俺にはまだ、そんな光は見えていない。



「じゃあ、ちょっと続きやってみますね」

 席に戻っていく長石。




 なあ、神様。人間全体に等級の定義を作ったとして、輝いてる彼女は何等級くらいなんだい? 俺はどのくらいだい?

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