16 合コンにおけるコンサル女子の傾向と対策

「暑いな……」

「暑いですね……」


 長石が俺のお願いを事前に察知し、フロアの入り口まで行って会議室の温度調整をしてくれた。


「涼しくならないな……」

「涼しくならないですね……」

 なんて省エネな会話なんだ。


 9月に入って1週間が経ったものの、出番を待っている秋を無視するかのように夏が喚き散らしている。


 人事制度の設計も比較的順調に進んでいて、今日は彼女が作ったスライドのレビュー。


「じゃあカラさん、よろしくお願いします」

「ん、そしたら、昇格ルールからいこうか」


 はい、と返事をして、PCにモニタ投影用のケーブルを接続する。会議室壁に取り付けられたモニタに、彼女のスライドが映し出された。

 何インチあるんだろう、これ。うちのテレビより大きい気がする。何か悔しい。


「えっと、新人のうちは、5段階評価、S・A・B・C・Dのうち、B以上を2回連続で取ると昇格します。標準的な成績であれば2年間で上がれるってことですね。で、係長クラスでは……」


 彼女の説明を耳に入れながら、ジッと画面を見る。綺麗なスライドだ。表も丁寧に作りこんである。


 でも、そんなのはさして大事なところじゃない。


「説明は以上ですね」

「よし、じゃあ、ツッコんでいくよ。まず、若いうちはB以上取れば自動昇格ってこと? その人の昇格に反対な人がいても、勝手に上がっちゃうの?」

「え、あ……それはダメですね……」



 少し小声になる。そうだよな、俺もそうだったよ。単純なところ指摘されると、他のところも自信がなくなるんだ。



「じゃあどうすればいいと思う?」

「えっと…………………………」


 長時間の沈黙が辛い。知ってる。しっかり考えようとするけど、気が急いてしまう。それも知ってる。


 自分もよくやられた。5月にも金森さんにやられたばっかりだよ。しんどいんだよな。


 でも、この立場になって分かる。これは紛れもなく「教育」だ。答えもヒントも出してあげられるけど、それじゃ意味がない。考えて考えて、つらい状況でも考えて、何か捻り出す。


「……1人1人、昇格させてもいいか審査する、ってことですか?」

「ううん、それじゃ時間かかりすぎるな」


 でも、考えて答えたのがエラい。それで十分。俺は頭真っ白のときもあったぞ。


「2年連続B以上、みたいな基準を設けるのは間違ってないよ。でも、それで自動昇格にするんじゃなくて、ノミネート条件にする」

「あっ!」


 気付きの顔。そうやって得た知識は、多分ずっと頭に残るよ。


「で、ノミネートされた人の中で、『ちょっとこの人は……』っていう人を見送れるようにすればいいと思う」

「なるほど。確かにそれなら上手くいきそうですね!」


 ノートにメモを取る。字書くの早っ!


 俺、そのスピードで書いたら何て書いてあるか読めないぜ。眠気をこらえて書いてるのと変わらない。じゃあ急いで書くくらいなら寝てた方がいいってことだ!



「で、もう1点なんだけど」

「えー、まだあるんですかー。少しおまけして下さい」

「まだ1つしか言ってないだろ」

 フィードバックにおまけがあってどうすんだ。


「2年連続して高評価されないとノミネートされないっていうのも、運用では枷になるかもしれないだろ? だから、役員とかの推薦があればルール外でもノミネートできる、ってルールにしておいた方がいいと思う」


「なるほど……柔軟に運用するわけですね」

「ああ。『ルール化された柔軟性』なら問題ないからな」


 彼女はまたメモを取り始めた。こうして、スライドの1箇所1箇所にツッコミを入れ、修正していく。


 文字通り先輩面してるわけだけど、今まで学んできたものをきちんと伝えられるのは、自分の成長も感じられて何となく嬉しかった。



「よし、こんなところかな。じゃあ明日までに直してね」

「分かりました。ありがとうございます!」


 レビュー終了。資料はほぼ全直しだけど、それなりに愛のある指導ができたと思う。「この資料、ダメだね。20点」とか言わなかった。



「あーあ、それにしても、大変ですよね、毎日」

 全面ガラス張りの壁を見ながら、彼女が小さく溜息をつく。


「大変だよな、ホント。プライベートの時間ないのがキツい」

「そう! そうなんですよ! アタシも大学の同期みたいに、たまにはゆっくり料理作ってみたいです。あと合コン! 合コン行ったり!」


 目を輝かせる長石。やめてくれ、その光はブルーライト対応の目薬でも緩和できないまばゆさなんだ。



「まあ、コンサル女子なんか、合コンでもモテな――」

「やっぱりモテないんですか!」

 そんな近づくなよ、怖いよ! ゾンビかお前は!


「いや、大体分かるだろ……? お金も稼ぐし、学歴もそれなりにいいし、何より理屈っぽいイメージあるし。バリバリ仕事してる男は、案外ほんわかした女子の方が好きだったりするんだって」

「そうか……やっぱりそうなのか……」


 俺にスライド直されてるときより落ち込む。おーい、目が生きた人間のそれじゃなくなってるぞ。


「カラさん……どうやったら、ぽんやりした女子になれるんですかね。幾つかプロセス踏まなきゃいけないっていうのは想定できるんですけど」

「その言い方の時点でぽんやりしてないだろ……」

 さらっとプロセスとか言うもんじゃありません。



「分かりました! まだ会議室の予約時間ありますから、合コンで人気出るコツを教えて下さい! ざっくり話してくれれば、要点だけスライドにまとめて同期に共有します!」

「だからそこ! そういうところ!」



 会議室のドア閉まってるから、外から見てる方、議論が白熱してると思ったでしょう? 合コン談義が20分続いたんですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る