タタリの夜

むせかえる

 夕闇迫る曇り空の下、鳥と獣と虫たちの、一生を慌てることに費やしているかのような鳴き声が、風の中ガヤガヤとすさんでいる。カクレの日は獣たちが騒がしいのだと村の大人は言うが、そんなものは先入観と意識が生み出す幻想であり、山にはいつだって生き物の声が溢れていることを、スミレはよく知っている。

 神社に向かう階段に沿って、山の上から一陣の風が、肌寒い冷気と共に吹き下ろした。スミレで寒いと感じるのだから、チユリとヤキチはきっと凍えているのだろう。手をつなぐチユリの指先が、ぬくもりを求めて姉の手をぎゅっと握るのを感じた。

 三人の足取りが、冷たく湿気った石段をゆっくりと上っていく。

「な、なぁ……スミレ姉……」震えるヤキチの声音が、耳に障る。「やっぱり戻ろうぜ……さみいよ……」

「なんだ、今さら怖気おじけづいたのか?」振り向かず、スミレは答える。「大丈夫だっての。カクレの日なんぞ私は、毎年神社で寝てんだから」

 そこまで言ってカカカカと、ガラにもなく上ずっている声を隠すように、彼女は笑ってみせた。

 鼓動がゾワゾワと、かすように脈打っている。

 落ち着かない。

 スミレがここまで興奮しているのは、本当に珍しいことだった。

 重たい好奇心と、指先を震わすほどの高揚感、そして認めたくはないが……かすかな不安が、彼女の胸の奥を泥水のように泡立てている。

 今日彼女は、ヤキチを殺す。

 チユリを誰にも渡さないために。

 我知らず妹の手を、スミレは強く握っていた。

 近々この村では、タケマルとカヤの祝言が開かれる。子どもができてしまったのだから、他の選択はありえない。親の取り決めが定まる前に勝手に子どもを作ったことで、あの二人は大変きつく怒られていたようであるが、それもきっと織り込み済みの上での決断だったのだろう。タケマルはもちろん、カヤとしても、ゲンをヨシにゆずるためにはタケマルとの祝言が必須であった。何にせよ、これでうるさい大人の圧力からスミレもタケマルも解放されたわけである。

 そして、そうなれば必然的に、ヨシとゲンの二人がそこに続くことになる。この村は未だに子ども不足であり、産める女にはバンバンとまぐわって子作りをして欲しい、というのが大人の本音だろう。それをさまたげていたのは、他ならぬスミレである。一番年上である彼女とタケマルに最初に子を産んでほしいなどという、土台どだい無理なこだわりに大人たちが執着していたために、今までカヤたちは後回しになっていたのだ。

 その状況を打破したタケマルに対して、スミレは正直感謝しかなかった。昔、好奇心から一度だけ二人でやったことが変な未練になっているのではないかとスミレは危惧していたが、流石にタケマルも大人になったようだ。

 さて。

 タケマルとカヤ、そしてゲンとヨシ……いい組み合わせである。そこまでなら、良いことだ。そこまでならスミレとしてもなんの文句もない、完璧な流れである。

 だが……。

 ギリリと彼女は歯を軋ませる。

 考えるまでもなく、ヨシとゲンの次というのは、チユリとヤキチの二人なのだ。

 小雨がポツリ、鼻に落ちたのを拭い去る。

 チユリはきっと、ヤキチとだろうということ自体は昔から知っていた。生まれた順や組み合わせからいって、それ以外にありえない。チユリが内心ヤキチを嫌がっていることも含めて、スミレはつい昨日まではからかい甲斐がいのある話だとしか思っていなかったのだが……。

 いざそれを現実のものとして想定した途端に、それまでは姿さえ見せなかった怒りの炎が、憤激ふんげきが、豪雨の如くに彼女の全身をわななかせたのだった。

 彼女自分、驚くような激情だった。

 チユリは、ヤキチにはふさわしくない。スミレがタケマルに見合わなかったのと同じように、格が違う。普段、散々に妹のことをバカにしているスミレであったが、チユリの頭の冴えが、実は村では自分に次ぐものであることもスミレはちゃんと知っていた。そしてその知能は、スミレが育てたものであるという強い自負もまた持ち合わせていた。時折意地悪な質問を投げかけたり、わざと山に取り残してみたり、湖の真ん中に裸で突き落として泳がせたり……日頃から、チユリのことはいじめ半分で鍛えてきたつもりだった。

 だが、最近は彼女もそれに飽きてきて、なんとなく村に放ったらかしにしておいたのだが……。

 チユリがヤキチなんぞのために白袖を着て、飯を作り、そして抱かれる……何より、スミレの好きなときに連れ出せなくなる。そう思うと、飽きたはずのチユリへの独占欲が、決してあいつを手放したくないという意地が、痛烈に思考を軋ませ始めたのだった。

 そしてその怒りが、そのままヤキチへの苛立ちと殺意を燃やす薪と化していた。

 二人は、無理矢理にでも結ばされる。スミレほど強くないチユリはきっと、それを拒めない。

 なんとも腹立たしい。

 自分の作品を取られたくない、奪わせない……そんな気持ちに、今やスミレは完全に支配されていた。

 ヤキチは、ただの村の馬鹿の一人である。ヤキチにはチユリのことなど何もわからない。せいぜい器量がいい未来の嫁と、鼻の下を伸ばしているだけである。チユリの本質的な賢さとか、方向感覚、いじめた時に見せる泣き顔、それでもスミレに頭を撫でられるとたまらず喜ぶいじらしさとか、そんな全部が、殺されるわけだ。

 絶対に許せない。

 スミレはそう思った。

 だから、彼女はヤキチを殺すことにした。ヤキチが死ねば、チユリには相手がいなくなる。この村では女が年上の契りは存在しない。

(なぁに、所詮ヤキチだ、死んだって誰も困りゃしねえさ……)と、そう思いたったのが昨日のこと。

 そして今日は、カクレの日。

 この日しかないと思った。

 ハタと、ヤキチが立ち止まる。

「ん……なんだよ、まだ躊躇してるのか?」振り返り、苛立ちながら、スミレは煽る。「お前が怖くないって言うから連れてきたんだぞ?」

「そう……だけどよぉ……」歯切れ悪く、ヤキチはつぶやく。「なんか……嫌なものが……」

 ヤキチは、スミレのことを極端に尊敬している。それはスミレの知能への純粋な憧れというよりも、自分のショボさをごまかすためのものだということを彼女は知っていた。ヤキチはスミレを持ち上げて、「決して届かない特別な存在」と定義することでしか、自分の優秀さへの妄想を保つことができないのだ。おかげでヤキチは、スミレの言うことには歯向かわない。彼女がうまく自尊心と虚栄心をくすぐってやれば、内心チビリそうなくらいに怖がりながらも、ゲンの練習場で夜を過ごそうとする。

 カクレの日の神社にだって、スミレが誘えばついてくる。

 そしてこの日に限っては、誰も神社に近寄らない。

 ならば、それを利用しない手はないだろう。

 熱い呼吸が、スミレの喉元をジンジンと這い上がる。

 スミレは、ヤキチを殺すとかいう、勿体無い形で終わらせる気はなかった。

 興奮と期待、苛立ちと不安で、スミレは未だかつてないほどに緊張していた。バクバクと、山頂から転げ落ちたときのように胸が高鳴っている。

 なぜなら彼女は……今から本当に、人を殺すのだ。

 スミレはこれまで、動物だったら何匹か殺した経験があった。だが人の死は、そう易々やすやすと見られるものではない。人の死に目も、カヤの母親であったりと、だいぶ幼いころに数回見たことがある程度で、久しくこの村では死人が出ていないのだ。

 何よりも、人の死に自分が主体的に関わるという経験に、スミレは飢えていた。人が死ぬということがどれくらい特別なことかを体験したかったし、殺すことで、自分の力が証明できるような気がしていた。

 当然、悩まなかったわけではない。今朝からずっと彼女の胸に、ヤキチの幼かった頃の泣き声が耳に響いているのも確かなことだ。

 だが、それでもスミレはヤキチの殺害を決意した。

 それは、「お前は本当は優しい」とでも言いたげなマキやキヨ婆への当てつけ……そして、自分は人殺しくらいできるというヤキチ以上に幼い意地のせいであることに、スミレは気づいていなかった。

「いいから来いっての」語気を強めて、スミレはヤキチに迫る。「カクレの日なんて嘘っぱちさ。その証拠を見せてやるっつてんだから、黙ってついてこいよ」

「…………」

「なんだよ、怖いのか?」

「…………」

 何も答えないヤキチに、彼女は舌打ちをする。普段はこう言えばなんだってするくせに、今日に限ってずいぶん意地を張らない。どうも神社に行くのをよほど恐れているらしい。

 だがなんとしてもスミレは、ヤキチに神社に来てもらう必要があった。

 実際のところ、ただ単にヤキチを殺すだけならば、山に連れ出すだけでも簡単である。しかしそれでは、万が一の場合の発覚が危ぶまれる。ヤキチが行方不明になれば当然山狩りで捜索をされることになるだろうが、その結果もしヤキチの死体が見つかってしまったら、スミレにとっては少しまずいことになるだろう。もし彼女の予定通りことが運べば、死体は恐らく、かなり無残な状態になる。つまりは、スミレの仕業だと気づかれる可能性があるのだ。死体の隠し場所にはいくつか心当たりがあるが、タケマルからも隠し切るのは骨が折れるし、確実とは言い切れない。そして一度ひとたび死体が見つかってしまえば、ヤキチを山に捨てたことが逆に仇になってしまう。「死体が隠されていた」という事実そのものが、彼女への疑いを強めるのだ。特にタケマルは絶対に疑いを捨てないだろうし、村の大人たちには証拠もないままに刺し殺されかねない。スミレのことを追い出したがっている大人は一人や二人じゃないのだ。

 その点、神社ならば。

 カクレの日の神社の中ならば、どれだけ残酷な姿で死んでようと、タタリの一言で済んでしまう。

 スミレの計画は単純である。まずヤキチを神社へと引っ張り込んでから、あらかじめ人形の棚に隠しておいた縄で縛り付け、同じく隠しておいた小刀を使い、バラバラにする。その後、ヤキチの死体の手に小刀を持たせる……ただそれだけである。それだけで、ヤキチが一人で神社に忍び込んだ挙句、タタリに発狂して自死したように見えるだろう。あまつさえタタリ神の御前とくれば、疑われることはありえない。そのために「小刀はヤキチがこっそりと自分で持ち出したのだ」という嘘を、あらかじめイチロウたちにすり込んでおいたのだ。計画は完璧、いつだってすべては彼女の思い通りになってきた。

 真相を知るのはスミレと……チユリだけになる。

 そう、チユリ。

 スミレは、チユリにだけはすべてを見せてやるつもりだった。

 だから、ここまで連れてきた。

 人を殺すという滅多にない経験……それはきっとスミレだけではなく、チユリにも価値のある影響をもたらすだろう。

 ヤキチの殺人を二人で共有するのは、スミレにとっては多少、危険な賭けにはなる。秘密というものは、知る人の数がそのまま発覚の可能性となってしまうからだ。それでも、二人でヤキチの死の真相という深刻な秘密を分かち合うことが彼女にはとても魅力的なことに思えていた。チユリはきっととても悩むだろう。チユリはそういうところで無闇に優しい。スミレが殺した動物全ての墓を山の中にいちいち作るような奴なのだから、ヤキチの死でさえ深く悲しむのは間違いない。

 だが、それでもチユリはスミレを裏切れない。

 そういうふうに、スミレが育てたのだ。

 ヤキチ殺しは、スミレにとっては初めての、致命的な弱みとなるだろう。その秘密をチユリが誰かに明かしてしまえば、きっとスミレは、村の大人に殺される。彼女の運命はチユリに委ねられてしまうわけだ。

 だからこそ、チユリは本気でスミレの秘密を守り通そうとするはずだ。

 ヤキチを殺すことで、スミレはきっと二重の意味でチユリを自分のものにできる……それほとんど確信であった。

 それが、スミレが今日ヤキチを殺す、最大の理由である。

(にしても……カクレの日か)怯えるヤキチを見下ろしたまま、スミレはその馬鹿げたしきたりの名を心で口ずさむ。

 この村には幾つかのしきたりがある。

 だがこのカクレの日というものは、実は全くデタラメであることをスミレは知っていた。それは昔のこの村の神代女かみしろめが、村の男と逢瀬おうせするためにでっち上げた嘘の掟なのだ。書堂で見つけたある本の中にこっそりと鏡文字でそう告白されていたのを見つけたとき、スミレは腹を抱えて大笑いしたのを覚えている。しかもよりによってその本が、織姫おりひめ彦星ひこぼしの由来書だったというのだからたまらない。あんまりに可笑しくてすっ転げて笑っていた彼女をタケマルは心配そうに眺めていたが、彼は鏡文字に気づかずに、延々頭をひねっていた。

 もちろん、このことを知っているのはスミレだけである。鏡文字も、とっくにスミレは墨で潰していた。

 スミレはこれまで、カクレの日を何度か神社で過ごしているが、別に何も起きたことはない。そもそも、スミレはこの村のタタリ神というものの存在さえ疑っていた。目に見えないものをここまであがめるのは、何かがおかしいのだと感じ始めていたのだ。でなければ、あの神社の内側で、人を殺すという判断ができるわけがない。

「おいおい、いつまでビビってるつもりだ?」と、いい加減焦れったくなってきたスミレは、ほとんど怒鳴るような調子でヤキチに詰め寄る。「寒いんだからさっさと行くぞっての」

 ここまで煽れば、ヤキチは動くはずであった。なにくそと意地を張って、勇み足になるのが常であった。それを見越して、スミレはこの計画を立てたのだから。

 だが、ヤキチはウンともスンとも言わなかった。ただひどく情けのない表情で、肩を抱いて震えるばかりである。

(ちくしょう、なんだってんだ……)

 ジワジワと、心音が高まって、親指の爪を人差し指に食い込ませる。実際のところ、ヤキチがこんな風に固まってしまったことで、スミレは幾分焦りを覚えていた。これまでの人生で、あまり焦ったことのない彼女にとって、これはなかなかに耐え難い問題である。

 彼女はチユリにバレないようにこっそりと、鼻から冷たい空気を吸い込んだ。

 なぜだか今日は、朝から本当に落ち着かない。

(たかが人を殺すくらい……なんでもないことのはずだろ?)

 寒いのに、気がつけば彼女は背中に汗をかいていた。

「……スミレ姉ちゃん?」チユリがこっそりと、スミレの袖を引いた。「なんか……変だよ? 大丈夫?」

「あ?」イラッとして、妹の髪を引っ張った。「何って? 何が大丈夫って?」

「いっ……だ……だって……」痛みに歯を食いしばりながら彼女の顔をチラチラと伺うチユリに本当に腹が立ってきて、思わず殴りつけそうになるのをグッとこらえる。

「だって、なんだ? 言ってみろよ、チビ」

「お、お姉ちゃん……顔色……悪いみたいだから……寒いの?」

 ドロドロと怒りが丹田たんでんに溜まり、目元がピクピクと震えだす。

 スミレの怒りに気がついたチユリは、お仕置きを恐れて、目をつむる。

 …………。

 いつの間にか、スミレも歯を食いしばっていた。

(なんなんだよ、どいつもこいつも……っ!!)

「俺、行かねえ」

 ヤキチが突然、か細いながらもはっきりと、そう言った。

「……は?」

「ダメだ……俺、行けねえよ……」

 じわっと、スミレの頭に血が上る。

 苛立ちと、怒りと……そして、慣れない困惑と焦燥のあまりに、スミレは表情を取り繕うことも忘れて、眉を吊り上げてヤキチを睨んだ。

 それまで、スミレはヤキチの行動を制御できなかった経験がなかった。今までヤキチは必ず、スミレの思惑通りに動いてきた。

(なんで、今日に限って……)

「おいおいおい……今なんった? 行かないだぁ?」わざとらしい笑みをつくり、あえて馬鹿にするような口ぶりで、スミレは話す。

「だって……俺……」と、本当に格好つけることを忘れてしまったかのようなヤキチは、わなわなとアゴを震わせながら、階段の先にいるスミレの後ろ、どことも知れないくうに向かってかっぴらいた目を向けている。「だめだよ……スミレ姉……俺、そっちに行けねえよ…………」

 一瞬、怒鳴り声を響かせそうになった喉を落ち着けて、深呼吸がてらに空を見上げた。

 イライラしすぎて、本当にどうにかなりそうだった。

 自分の思い通りにならない事態が、スミレは大嫌いである。

「何言ってんだ、ヤキチぃ……」じりりと一歩、にじり寄る。「お前、ここまで来て私に歯向かう気か? 黙ってついてくりゃいいんだロクデナシ……」

「スミレ姉も……ダメだよ……今日は帰らないと……」ヤキチは、相変わらずスミレの後方の一点を見つめながら、必死の形相で首を振る。「お……俺……俺……」

 その瞳は、何か私の背後に妖怪が見えるとでも言いたげに、よどんだ涙をためていた。

 チユリは心配そうに、スミレとヤキチの間で視線を泳がせている。

「いいから来いっつってんだろうが!」いよいよ怒りを抑えられなくなってきたスミレは、掴んだままのチユリの髪を引き抜くような力を込めて怒号を吐いた。「うだうだ言ってるとホントぶっ殺すぞ!」

 と、そこまで言っても、なおもヤキチは凍りついたように震えたままであったが、ふいにハッとばかりに口を開いて、ワナワナと指をスミレに向けたかと思うと、「ひいっ」と悲鳴を上げ、背を向けて階段を下へと駆け出した。

 慌ててその背を追いかけて、長い腕を伸ばし、ヤキチの襟を引っ張った。

(おいおいおいおいおいおいおい!? ふざけるなよ、なんで思った通りに動かないんだ!?)

 この時点で、スミレの心理状態は、正常から明らかにズレ始めていた。

 抑えきれない激情に冷静な思考を失い、この際力ずくでも神社に引き釣りこんでやろうかと、スミレが迷った、その刹那。

 想像よりもずっと強い力で、ヤキチはスミレを、振り払った。

 あろうことか、スミレを力まかせに蹴飛ばしたのだ。

 驚いたスミレは、怒ってるのか焦ってるのかもわからないまま、おそらくは反射的に、ヤキチのことを突き飛ばした。

 あるいは、ヤキチがスミレから逃れようと、暴れたのか。

 とにかくヤキチは彼女の腕を離れて……。

 そのまま、暗い神社への階段に向かって、まっすぐにひっくり返った。

(あっ……)

 ヤキチの顔が、恐怖に歪むその表情が、瞬く間もなく見えなくなって。

 体が真っ逆さまに倒れ、階段の角に頭が跳ねた瞬間、板の割れるような硬い音が、パキッと確かに耳に入った。

 そのまま落ちる勢いに任せて、ヤキチの体はでんぐり返り、ノロノロと五段ほど下にうつ伏せになって、倒れ込む。

 赤い血が、石段の上に雨水のように染み込んでいく。

(ったく、何してんだよノロマが……)

 息を呑むチユリの手を引いて、スミレはヤキチを助け起こそうと、階段を下った。

 どこかで蛙が、鳴いていた。

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