第3話食べ物を粗末にしてはいけません

 ターンタタタタタタタタッ

 ピシッピシンパチパチパチパチッ

 ドゴッドガッゴロゴロゴロゴロ……ドォォォオン


『こちら第3小隊、敵の攻撃により負傷者多数。至急増援を求む。』


『こちら司令部、既に増援を向かわせた。もう少し持ちこたえてくれ。』


『了解した。急いでくれッ。』



「ハァッハァッハァッ、し、司令部ッ…と、れ、連絡は取れたか?」


「ああ、もうすぐ増援が来るそうだ。それより南側の戦況はどうだった?」


「あ、ああ向こうもこっちと大差ないな。物量の差でかなり押され気味だ。」


「やはりそうか。これは増援が来ても厳しそうだな。」


「これで3連敗…か。」


 俺は敵の攻撃に警戒しながら、塹壕から少しだけ頭を出し戦場を眺めた。

 そこには無数の豆や果肉とその種子が無残に転がっていた。


 およそ半世紀前、ある小国同士の小競り合いが世界大戦に発展した。大国達がそれに従う小国を引き連れ、しのぎを削りあった。

 巨大な陣営同士の戦いで最後に勝利を手にしたのは、意外にもどの陣営にも属していなかった小国、《エルメニア》だった

 エルメニアは戦力こそ大国と比べるべくもないが、情報戦に大変長けていた。

 戦争の終盤までは自国が狙われないよう裏で工作して息を潜め、各国が疲弊しきった頃合いを見計らって、主要国を一気に攻め落し、世界の頂点をかっさらったのだ。

 その後、一強国となったエルメニアは他国が反旗を翻す事のないように、人道主義の大義名分の下ある戒律を作った。

 それは<あらゆる武器、兵器の製造、所持、使用を禁ずる>というものだった。

 でたらめにも聞こえる御触れだったが、長く凄惨な戦争にほとほと嫌気がさしていた多くの人々は、これを快く支持した。

 困ったのは武器、兵器の製造に関わる人々だ。彼らも生活がかかっているため必死に抵抗したが、一強国の力と世界の民意には勝てず解散、転職を余儀なくされた。

 そして、この戒律を破ったいかなるものも厳しい制裁が加えられた。

 しかし、武器と兵器を禁じたエルメニアであったが、戦争そのものを禁じることはしなかった。それは戦うことは、人が人である限り止めることはできず、あくまでコントロール可能である事が重要である、とする考えからであった。

 実際、戒律の施行日前日まで武器を使って戦争をしていた国同士も、施行日からは武器を捨てて戦うこととなった。これからは素手で戦う、兵士たちもそのつもりで臨んでいた。その辺に落ちている石や棒で殴っても制裁の対象になるからだ。

 しかし、ある兵士の行動によって世界が大きく動き出す事となった。

 その兵士は体が弱く臆病であったため、攻めてきた敵兵に向かって思わず、古くなり硬くなったパンを投げつけてしまった。

 この行動が両国間で大きな問題となり、最終的にかの一強国に判断を仰ぐこととなった。

 その結果、エルメニアは食料の製造、販売を禁ずる事はできないため、これを不問とする判決を下した。

 この判決で世界は知ることとなった、食べられればいいのか、と。


 それからの対応は早かった。各国はあの手この手で食材を武器化する方法を研究していった。

 初めは、なるべく硬くなるような調理法が研究されたが、結局は持って殴るか投げつけるくらいしか使えないため、あまり進歩はしなかった。

 革新が起きたのは戒律の施行から3年が経った時だった。ある国が遺伝子操作によってスイカの内圧を高める事に成功したのだ。

 既に硬質で大きな種子のスイカの生産は成功していたため、この二つの特徴を掛け合わせたスイカは、衝撃によって外皮にヒビが入るとそこから内圧によって炸裂し、中の無数の種子が高速で飛び散るのだ。もちろん果肉は食べることができる。

 開発した国は、他国へこの技術が流れるまでの間、無敵の強さで近隣の国々を圧倒した。

 ただ圧倒したと言っても、過去の戦争の様な死屍累々の惨状があったわけではなかった。

 一強国は戦争そのものにもいくつかのルールを設けていたからだ。それは以下の様なものだった。


 <戦争に臨む国は開戦前に、必ず全兵士と全物資を書類にまとめて届け出ること>


 <兵士が負傷等により戦線を離脱、又は死亡した場合は、直ちに報告すること>


 <自国の兵士の戦線離脱者数が総数の50%以上となった時点で敗北とする>


 <自国の兵士の死亡者数が総数の1%以上となった時点で敗北とする>


 <事前に取り決めた戦争区域外での戦闘を禁止する>


 戦地でもエルメニアの監視の目は行き届いているため、これらのルールに違反した国にはやはり、厳しい制裁が待っていた。

 そして、このルール故に各国は戦時中も自国の人命を第一に考えた作戦を余儀なくされ、暴挙に出ることはなくなった。これも平和主義者の多くの人々は称賛した。



 戒律の施行から15年後の現在、大陸の中央に位置するその国は、周りを囲む隣国との連戦の真っ只中、開戦時こそ調子の良かったものの段々と疲弊の色が見え始め、現在3連敗中だった。


「おいおい、敵側の前線がかなり上がってきてるぞ。いよいよここもやばいんじゃないか?」


「いや、まだそうとは限らんようだ。後ろを見てみな。」


「ん?おう、ようやく援軍のご到着か。ってあれは……!?」


「ああ、どうやら司令部もここんところの劣勢続きには痺れを切らしたらしい。」


「それにしたって、大統領直属の殲滅部隊のお出ましとはな。」


 黒塗りのヘリコプターが5機、戦地上空を旋回し始めた。機内には優秀な戦士達と最新の改造食品が積まれているのだろう。

 暫くしてから5機のうちの3機が旋回をやめ高度を下げると、敵陣の真上に人の頭くらいの物をボトボトと落としていった。よく見るとそれはヤシの実のようだ。

 無数のヤシの実が敵の拠点に降り注ぎ、着地と同時に轟音を上げて爆発していった。恐らくあれは、最近我が国が開発に成功した空爆用改造食品YS-MK3だろう。元々、果実の中でも硬いヤシの実の外皮をさらに硬くし、内部の圧力を限界まで高めることで、他の食品の追随を許さぬ圧倒的な爆発力を有していた。

 敵の拠点はこの攻撃によって大パニックに陥っているようだ。これを好機とばかりに旋回していたヘリ2機を含めた5機が全て地上に最接近し、殲滅部隊の面々が次々と降下していった。

 彼ら殲滅部隊の装備は一般部隊のそれとは雲泥の差であった。メインの食品で言えば、一般部隊ではえんどう豆を改造した、単発式の豆鉄砲が主流であったが、殲滅部隊ではトウモロコシを改造した物であった。外側を覆う葉の部分が筒状になっており、ヘタを握っている間、筒の先端から硬質化させた果肉が飛び出し続けるというものだ。

 他には栗を改造したもので、まず一度目の破裂で周囲に針と実を撒き散らし、さらにその実も時間差で破裂するという2段階破裂式の投擲食品や、餅に特殊な添加物を練り込み表面をフィルムで覆った食品で、敵に投げつけフィルムが破れ中身が空気に触れるとすぐに固まって敵の動きを封じるといった物等々、最新の技術を駆使した食品を惜しみなく使用していた。

 結局、殲滅部隊のお陰で押され気味だった戦況はひっくり返り、彼らは久々の勝利を噛み締めたのだった。


「いやはや、流石は天下の殲滅部隊だったな。今回の勝利は他の隣国に対しても少なからず抑止力になることだろうよ」


「そうだな。しかし、隠していた改造食品をお披露目してしまった今、呑気にしているわけにもいくまいよ。開発部には一層頑張って貰わなくてはな。」


「ああ、全くだ。ただ、俺には一つ気掛かりな事があるんだ。」


「ん?なんだ、気掛かりなことって?」


「お前も感じているとは思うが、最近の食品は昔とは比べ物にならないほど進化している。それに伴って、当然ながら死傷者数は増える一方だ。少し前までは戦争の決着は片方の降伏が大半だったが、最近はルールによる判定勝ちが増えてきている。今回だって敵の50%以上を戦線離脱させての判定勝ちだった。このままではせっかく人道に則り武器、兵器を禁止した意味がなくなるんじゃないか?」


「確かに、言われてみればその通りだ。もし、このまま食品が発展を続ければ、また昔の凄惨な戦争の時代が繰り返されるかもしれない。かの一強国様は、一体全体何を考えているのやら…」


「まあ、どちらにしろ俺たちは命がある限り戦うしかないんだがな。願わくば世の中のために戦って死にたいものだ。」


「そうだな、きっとみんな同じ気持ちさ。」



 その頃エルメニアでは、首脳陣による会議が行われていた。


「…えー、以上が今期の概要となります。」


「マルコ君ありがとう。ただ今説明させていただいた通り、この度も概ね我々の予想通りの結果となりました。経過も良好のようです。続きまして次期戦地の選出ですが、現在候補として挙がっている地域は大規模5、中規模12、小規模213となっています。」


「大規模地域の処理が続いたからな、暫くは中、小規模地域で食糧難の酷い場所を中心に選ぶとしよう。」


「分かりました。次回会議までにリストを作成して参ります。」


「頼んだぞ。貧困は待ってはくれないからな。


「それでは、他に何か意見が無ければこの辺りで終わりにするとしよう。今回もご苦労だった。次回まで暫く休息を取ってくれ。」


 首脳陣がゾロゾロと会議室を後にしていった。


 会議室から廊下を西側へ進み、突き当たりを左へ曲がった二つ目の部屋が、リストの作成を任されたグレイ大佐の執務室であり、中では大佐とその補佐のマルコがひと息ついていた。


「ふー、マルコ君お疲れ様。初めてにしては中々立派に務め上げたじゃないか。」


「ありがとうございます。ですが、内心では人生で最も緊張した時間でしたよ。なんせ、世界の行く末を左右する重要な会議に、自分が参加することになるとは思ってもみませんでしたので。」


「前任のスコット君が突然の持病の悪化により辞任することになってしまった時、君を推薦してくれたのだよ。若いが見どころのある奴だとね。」


「そうだったのですか。スコットさんには昔から大半お世話になっていました。路頭に迷っていた私を救ってくれた命の恩人です。」


「それは初耳だな。しかし、なるほど彼が君の話をする時の熱意にもこれで納得がいく。実際、君はわずかな期間でしっかりと業務の引き継ぎを終え、その役目を全うしてくれたのだからね。彼に礼を言わなくてはな。」


「そんな、僕一人ではとても無理だったと思います。体調が優れないにも関わらず、スコットさんが丁寧に教えてくださったおかげです。ただ、初めて現代の戦争の意味を聞いた時にはとても驚きましたが…」


「気持ちは分かる。しかし、世界の頂点に立った国にはそれなりの責任が伴うのだ。より良い方向へと導かねばならん。」


「その為に戦争を利用ですか。」


「そうだ、そもそも植物の武器化技術を流したのは我が国だからな。改造植物は適切に管理された環境下でなければ発芽、生育をしない。よって戦闘によりばら撒かれた種子や果肉等は養分として土に還り、その土が戦争の過程で掘り返され吹き飛ばされ、また踏み均される事で豊かな土壌が出来上がる。」


「そうして不毛の土地が蘇る、と。ですが、これではまるで豊穣のために人々を生贄にしているような気がしてならないのです。」


「確かにそういう捉え方もできる、だがどちらにしろ人が人と関わる限りは、戦争の芽を摘むことは不可能だ。ならばそれを受け入れ、僅かでも前に進むべきではないかね。」


「それに私と同様、君も一軍人ならば思うところだろう。どうせ死ぬならば世の中のためになって死にたいとね。」





























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ふとした拍子の短編集 乾ぶり @ponporo

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