第41話 いままで、本当にありがとう

ウェイルノートは白い歯を見せて笑った。


「いきなり我々の住居を襲って、いまさら停戦もないだろう。

 お前たちに引き渡す予定だった機材は、廃棄させてもらう」


トビヒトは冷静に指摘する。


「しかし、休戦締結の場には、あなた方全員が出席するという約束だったはず。

 それを違えているのは、今ここにあなたがいるということで明らかだ」


「なるほど、こちらにも非があるということか。

 だが、お前たちがこちらと話し合おうというならば、そこの殺し屋をどこかへやってくれ」


ウェイルノートは、あごでルカを示した。

トビヒトは、ルカに言う。


「そういうことだ。

 急いで戦う必要はない」


エミティノートを下に降ろし、ルカは軽く手を振った。


トビヒトは驚愕の表情で倒れた。

片脚が根元から切断されている。


淡く光るルカの手に、わずかに光の剣の痕跡が残っていた。


「ジャマです」


冷たく言い放つルカに、トビヒトは叫んだ。


「何をするつもりだ……?

 勝手なことをして、ご両親は」


ルカは怒りの形相で、床に倒れたトビヒトに馬乗りになった。

トビヒトの顔に手を押し当てる。


肉が焼ける異臭が立ち上った。


激痛に、トビヒトはもだえ苦しむ。


「わたしのお父さんとお母さんに手を出さないで!

 でないと、顔を焼きますよ……って、もう焼いちゃったか。

 とにかく、もう家族のことは言わないで!」


あまりの苦痛に、トビヒトは失神した。


ルカは立ち上がった。

レンジャー部隊を見回す。


かれらは、戦意を失っていた。

トビヒトを抱え、そそくさとその場を去る。


「余計な人はいなくなったね」


ルカはウェイルノートに向きなおった。


驚いたように、ウェイルノートはルカをまじまじと見つめている。


「いいのか?

 無事には帰れんぞ」


ルカは苦しげに言う。


「そんなつもりは、もうない」


ウェイルノートがせせら笑う。


「結構だ!

 いずれにせよ、ここまで入り込んでしまった時点でお前の運命は決まっている。

 ここは破壊するよ、宇宙船から投下した機材ごとな。

 仮にお前が残っても、脱出することはかなうまい」


すさまじい目つきで、ルカはウェイルノートをにらみつけた。


「あなたが生き残ったら?」


「爆発物の時限装置を再セットするだけだ、脱出するまでの時間にな。

 だが、オレが死んだらそれは不可能だが。

 この身がある限り、お前らを一人でも多く殺してまわるさ」


ウェイルノートは光剣を発現させる。


「もう一人はどうした?

 怖気づいて、隠れているのか?」


ルカはぎくりと体をこわばらせた。


その瞬間、ウェイルノートは猛烈な攻撃を加えてきた。


ショックを受けていたルカは、防ぐこともできずに痛撃を食らう。


衝撃で全身が硬直するのを感じながら、ルカは死に物狂いで反撃した。


ウェイルノートは、悠々とルカの斬撃をかわし、安全な間合いまで後退した。


戦闘服の胴体部分が、ざっくりと裂けていた。

露出した肌が融解し、肉が焦げている。


ルカはウェイルノートに光球を飛ばし、同時に自分も飛び込んだ。

頭上に剣を振り上げ、力まかせに振り下ろす。


ウェイルノートは巧みにルカの攻撃を避け、両手の剣を繰り出した。


しゃがみこんで、かわすルカ。


ウェイルノートは鋭い蹴りを放った。


ルカは地に転がる。


側頭部が、熱くなった。

ウェイルノートの足先には、エネルギー波の光が灯っている。

それがかすめたのだ。


ウェイルノートは両手両足を駆使し、怒涛の如く攻めてくる。

ルカの全身は傷だらけになった。


防御に使っていたルカの剣が、ウェイルノートの剣に挟み込まれる。

動きを止められた。


その瞬間、ルカはとっさに足を蹴り上げた。

ウェイルノートの蹴りとぶつかった。

足先に発生した光の刃が、あやうくルカの腹部を切り裂く寸前であった。


ルカは倒れるのを承知で、立っていた脚をウェイルノートに突き出した。


ウェイルノートも足で防御した。


二人の間合いが離れた。


ルカは渾身の力を込め、長剣を真っ向からたたきつけた。


剣を構え、防御するウェイルノート。

その剣ごと、ルカの長剣はウェイルノートを両断した。


勝利したはずのルカは、荒廃した面持ちでウェイルノートの残骸を見下ろす。

ルカは、容赦なくウェイルノートの骸を光剣で焼き尽くした。


しばらく乱れた呼吸を整えたのち、ルカはエミティノートへ近づいた。

エミティノートが言う。


「終わったのね」


ぶっきらぼうにルカは返事する。


「まだ終わってない」


エミティノートが答える。


「……そう。

 そうよね」


「いままで、本当にありがとう」


ルカはエミティノートに剣を振り下ろす。


小さな猫の体は、一瞬で蒸発した。


その直後、洞穴の奥から轟音がとどろいた。

同時に、洞穴の天井に亀裂が走り、崩れ落ちた。


ルカの姿は、爆風とがれきに飲み込まれた。


***


その日、ながらく休眠していた富士山が、突如噴火した。


山頂は吹き飛び、新たに巨大な噴火口が形成された。


降下した膨大な火山灰は東京にまで及び、周辺一帯のみならず、日本全体が甚大な被害をこうむった。


富士は、かつての優美な姿から、醜悪な異形へと変貌した。


それが、異星人の侵略を退けた地球の払った代償であった。


(完)

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砕け散るルカとエリシャ 明日見が丘KY @tomorrow_hill

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