第40話 非公式ではあるが、政府を代表してここへ来ました

長い洞穴から抜けたトビヒトは、ひらけた広い空間に慎重に足を踏み入れた。


ヴァリアンツのアジトに突入した部隊とピアリッジからの通信が途絶えたため、自衛隊駐屯地から急行したのである。

トビヒトの代わりに上官が連絡係として居座り、トビヒトは危険なところへと派遣された格好だった。


レンジャー部隊、一小隊がトビヒトと行動を共にしていた。


凄惨たる死骸の山河に分け入る。


あたりに動くものの気配がないことを確認すると、状況の確認を開始した。


ピアリッジとともに突入した部隊は、全滅していた。

エリシャの死体も発見された。


「P‐1の死亡を確認しました」


隊員の報告を受け、トビヒトはエリシャの死体を検分した。

眠るようなエリシャの面持ちに、トビヒトは、ふとエリシャが夜に見せた嬌態を思い出した。


かたわらのレンジャー隊員がつぶやいた。


「こんな子供が……」


レンジャー隊員の肩を、トビヒトは思わず小突いていた。


「任務中に私語は厳禁だ」


レンジャー隊員は、不快気にトビヒトを見たが、黙って引き下がった。

権限の強化された中央情報隊が、現地の部隊を顎で使う状況が、隊員の反感を買っていた。

トビヒトはそれを重々承知で、まったく気にかけずに命令口調で言った。


「P‐2は?」


「見当たりません」


「奥へ進む。

 隊員とP‐1の遺体は、後続部隊に回収させる。

 ウェイルノートとの折衝が無事に済んだらな」


隊員たちの間に緊張が走る。

これから、ウェイルノートとの交渉へ向かうトビヒトの護衛をしなければならないのだ。


拙速であった。


とりあえず動員できる人数だけで事を進めているのは、すべてトビヒトの指示であった。

トビヒトは、ピアリッジの身勝手な襲撃の責任を回避し、あわよくばヴァリアンツとの再交渉を単独で成功させることで功績を得ようとしているのである。


「進むぞ」


野心に燃えたトビヒトが先頭に立った。


***


「エミティノートはいるのか?」


筋骨たくましい長身の青年に憑依したウェイルノートは、穏やかな声で言った。

闘う意思がまったく感じられない静かなたたずまいだった。


対するルカは、すさまじい殺気を放っていた。

やり場のない悲痛と瞋恚が、出どころを求めて荒れ狂っていた。


が、かろうじて感情の暴発に耐えたルカは、無言で抱いていたエミティノートの体をゆする。


エミティノートの眼が開いた。


「ウェイルノート隊長……お久しぶりね」


「そうだな。

 元気だったか?」


「ええ。

 そちらは……?」


「異状なし、だ」


エミティノートが笑ったような気配を漂わせた。


「相変わらずね」


ウェイルノートは、つかのま考え込むように沈黙した。

ぶっきらぼうに言う。


「すまなかった。

 私が、君を探索隊に加えてしまったのが、間違いだった。

 いろいろ苦労をかけたことを、許してほしい」


「私はうれしかったわ。

 あなたに認められて……」


「君にチャンスを与えたつもりだった。

 しかし、結果は、捜索隊は遭難だ。

 何度詫びても、足りないことはわかっている」


「私は、愛情を与えてもらったと思っています」


「そうかもしれん……いや、そうだと認めよう。

 しかし……」


「身分が違うことも、わかっていますわ。

 でも、それで満足でした」


「そうか……。

 何もしてやれず、すまなかった」


ウェイルノートは悲痛な面持ちで、エミティノートを見つめていた。


そこへ、小部屋の奥から、複数の足音が聞こえてきた。

ルカが振り返ると、トビヒトを先頭に、自衛隊員の一袋がいた。

いずれも銃器を油断なく構えている。


緊張の色を隠せないトビヒトは、咳払いしてから口を開いた。


「キミは無事だったか、ルカさん。

 安心したよ」


ぎこちなく微笑みかけるトビヒトに、ルカは氷のように冷たい視線を向けた。


トビヒトはわずかに違和感を覚えたようにルカを見たが、すぐに奥のウェイルノートへと進み出た。

向こう見ずなトビヒトの行動に、レンジャーたちは驚嘆のまなざしを送る。


「非公式ではあるが、政府を代表してここへ来ました。

 あらためて、停戦協定の締結を提案したい」

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