第2話 帰りたい場所


「琴音!!準備はできてるわね?レッツとうほく~!!」


茉莉は水色のキャミソールに白のホットパンツ、頭にはキャップを被っており、暑い気温を吹き飛ばしそうな勢いで叫んだ。

「準備できてるわよ。レットとうほく~...」

白のワンピースにお洒落な麦わら帽子を被った琴音が恥ずかしそうに呟いた。

「あれれ~?声が小さいし、レットじゃなくてレッツよ!!もう一回やり直し!」

琴音は大きく深呼吸をして拳を高く挙げた。

「レッツとうほくーーー!!!」

恥ずかしそうな琴音を見て茉莉はケラケラ笑っている。




3日前のこと。

「琴音!!この記事読んで!!」

琴音は茉莉から押し付けられたスマホを渋々音読し始めた。

「え~っと、タクシードライバー幽霊を乗せる。ある日、宮城県のタクシードライバーが1人の少女を乗せた。その少女は数年前の震災で復興が進んでいない被災地まで送ってほしいと言うのでドライバーは送って行った。目的地に着くと少女はお礼を言って消えていったのだ。」

琴音がスマホを返すと茉莉の目はより輝き始めた。

「これは幽霊よ!!女の子の幽霊!!ぜったいにそう!!」

「え~っと...そうみたいね...」

琴音は茉莉の勢いに押されながらも相槌を打った。

「よし!土日は東北の宮城県に行くわよ!!」

「急ね....でも止めても聞かないでしょ?」

「モチのロンよ!さすが相棒ね!」

こうして2人の東北への旅は決まったのだ。



そして今は新幹線の中である。

「そういえば茉莉って多くの人が亡くなった場所とか行っても大丈夫なんだっけ?」

茉莉はさっき買ったグミを頬張っている。

ゴクンと飲み込み、お茶を飲んでから茉莉は話し始めた。

「正直ちょっと不安なんだ、数年前の出来事だけど死に近い場所が私達にどのような影響を与えるかもわからないし、死に関わる感情に対してとても敏感だし....」

珍しく不安がる茉莉を見て琴音はぎゅっと茉莉の手を握った。

「私達にしか出来ないことをやりにいくんでしょ!」

「琴音...」

琴音の笑顔を見て茉莉の心は落ち着いた。

「ということでこのグミはもらうわね!」

琴音は茉莉のグミを素早く取って口に放り込んだ。

「あっ!最後の1つなのにー!!!」

「先手必勝よ。」

2人の歯車がかみ合いながら、新幹線は着々に目的地へ向かって行った。



「仙台なう!!」

何処にピースをしているのかはわからないが、茉莉は嬉しそうにはしゃいでいる。

「ほんと暑いのに元気ね...」

琴音はパタパタとうちわを扇いでいる。

「琴音はもうおばちゃんね。ぷぷっ...」

「うるさいわねぇ...茉莉が子どもなだけよ。」

すると茉莉がキョロキョロと周りを見渡し始めた。

「おっ!タクシー発見!!」

茉莉が駆け足でタクシーの方へ走って行ったので、琴音も置いて行かれないように駆け足でついて行った。

「すみませ~ん、気仙沼のここまでお願いします。」

茉莉がスマホの地図を見せながら、年配のタクシードライバーにそう言うとタクシードライバーはギョッとした顔をした。

「別に構いませんが遠いですよ?学生さんみたいですけどバスとか地下鉄とか利用した方がいいと思います。」

すると茉莉はタクシードライバーの名前をチラッと見た。

「タクシーで行きたいんです。伊藤さんお願いします!!」

タクシードライバーの伊藤さんは少し考えてから笑顔になった。

「まあ、こんなベッピンさんに言われたら断れないねぇ~。」

こうして2人の幽霊探しが始まった。


タクシードライバーの伊藤さんは62歳で仕事を生きがいにしているらしい。

「それにしてもどうしてそこに行きたいんですかな?」

「そうですね、ちょっと気になって色々と見てみたいんですよ!」

ちょうど信号が赤になり、伊藤さんは茉莉のことを見た。

「お客様にこう言いたくありませんが、不謹慎な理由で行くならばそこまでは送れませんね。」

伊藤さんの顔は無表情であったが凄みを感じる。

「いいえ、そういうのでは無いんです。確かに好奇心はありますが死者を冒とくする気なんて全くありません。」

信号が青になりタクシーは進み始めた。

「なら良かった。」

伊藤さんは笑いながら運転を再開した。


それから2人は伊藤さんから多くの観光スポットの話や土地の珍しい情報を聞いた。

「へぇ~!フカヒレって有名なのにあんまり食べないんですね!琴音は食べたことある?」

「ないわね、あれって高いしあんまり食べたいとも思わないわ。」

「帰りに食べてみてはどうですか?」

「タクシー代が安く済んだら食べてみたいな~!」

「はっはっは!それは勘弁してください。」

車内は和やかで楽しい雰囲気であった。


「ところで伊藤さん、あなたは幽霊とか乗せたことありますか?」

「私はないですね~。」

「私は、ってことは他のドライバーはあるってことかしら?」

琴音が聞くと伊藤さんは淡々と話し始めた。


「あの震災から不思議な話がありましてね、何人かのドライバーが同じことを言うんですよ。被災地まで送るとお客さんがお礼を言って消えてしまうそうです。」

茉莉と琴音は顔を見合わせて親指を立ててお互いにガッツポーズをした。

「もしかしたらおふたりさんがその幽霊だったりして?はっはっは!」

伊藤さんは大きな声で笑った。


長い移動も終わり、ついに目的地に着いた。

「着きましたよ。私はここで待っていますのご自由に見ていてください。できるだけ道路からは出ないようにしてくださいね。」

2人は車から降りて言葉を失った。

目の前にはボロボロの道路があり、その左右に瓦礫や様々な物の残骸が混沌としていた。

よく見ると、普通に部屋などに置いてある小物や、電化製品、人の衣類など現実味溢れる物が散乱としている。

「あれから何年も経っているのにまだこんなに....」

琴音が言うと茉莉は頭を押さえてしゃがみ込んだ。

「茉莉?大丈夫?」

「大丈夫....だよ....ちょっと立ちくらみしただけだから。」

茉莉はよろよろと立ち上がり前を向いた。

「目を背けちゃダメなの。ちょっと1人で歩いて来るね。」

茉莉は静かに歩みを進めた。


「進めば進むほど変な感じがする....」

すると道の真ん中に1人の女の子が立っていた。

「あの子は間違いなく幽霊ね...」

茉莉が隣に行くと見た目6才くらいの少女は笑顔で茉莉の手を握った。

「何?あっちに行きたいの?」

少女は首を縦に振った。

「わかったわ。行きましょ...」

茉莉は少女に腕を引っ張られ、少女と奥の方に向かって行った。



その頃。琴音は伊藤さんといた。

「君は一緒に行かないのかい?」

伊藤さんが言うと琴音は遠くを見つめながら答えた。

「実は茉莉にも秘密にしていることがあってね。私は茉莉よりも霊感は強いのよ。」

「そうなんですか...?」

伊藤さんは困ったように笑った。

「えぇ、そうよ。だからね.....」

琴音は伊藤さんの顔を睨んだ。

「あなたは何者かしら....伊藤さん?」

「・・・・・・・」




茉莉は少女に連れられ、ある瓦礫の山の前に来た。

「ここがおうち?」

茉莉が聞くと少女はまた首を縦に振った。

「お母さんとお父さんは無事なのかな?」

少女は瓦礫の山とは反対方向を指差した。

その先は静かに波打つ海であった。

「そっか...」

また少女が歩きだし、茉莉は少女の手を握りながらついて行った。



「あなたはもう亡くなっていますよね?伊藤さん。」

琴音の質問に伊藤さんは笑いながら答えた。

「最近の若い子は抜け目なくて手がかかりますな。」

「まあ、あなたから悪い感じはしないから今まで黙っていたけれど、あんまり良いこととは言えないわね。」

すると伊藤さんは被っている帽子を深く被り直し、遠くを見つめて話し始めた。

「私はこの町でタクシードライバーとして人を乗せることが大好きだったんです。ただ人を乗せて笑顔でお礼を言ってもらえるだけで私は幸せになれました。でもあの震災で命も、帰る場所も無くなってしまった....」

「帰る場所ならあるわよ。正確には帰らないといけない場所ね。」

琴音は少し強い口調で言った。

「そうですな。もうそろそろ帰らないと....ここに居てはいけませんね。」

伊藤さんはタクシーの運転席に座った。

「お嬢ちゃん、もう一人のお嬢ちゃんの所まで行くよ。」

琴音は黙ってタクシーに座った。

(帰る場所か....)

琴音は複雑な思いをしながらタクシーに揺られていった。



「ここって....」

茉莉が少女に連れて来られた場所は海辺であった。

少女は海が見える道路の柵に身を預け、遠くを見ていた。

「パパとママの所に行きたいの?」

茉莉が優しく聞くと少女は静かに頷いた。

「そっか....」

暫く茉莉は海を眺めていた。


「茉莉、迎えに来たわよ。」

琴音はタクシーから降り、茉莉の名前を呼んだ。

「あっ。琴音に伊藤さん...」

「おや?その子はどうしたのですか?」

伊藤さんが窓を開けて少女を見ている。

「あれ?伊藤さんも見えるの?」

茉莉は驚いて伊藤さんに聞いた。

「実は私はもう死んでいるんですよ。色々と未練があってこうしてタクシードライバーをしてたんです。」

「そういうことなのよ。」

「ほぇ~...」

茉莉は目をまん丸にしていた。

「でも、その子を送ったらもう引退ですよ。」

伊藤さんがそう言うと、タクシーのドアが開いた。

少女は茉莉の顔を見上げ、不安そうにしている。

「ほら、パパとママに会えるってよ。お別れだけど....」

少女は握っていた茉莉の手を放し、タクシーに乗り込んだ。


「それでは私はこの子を送って、自分の帰るところに帰ります。」

伊藤さんがタクシーのエンジンをかけた。

「最後に私達からの願いを聞いてください。今日のことを忘れないでください。私達死者が本当に死ぬときというのは誰からも忘れ去られた時なのです。」

茉莉は後部座席に乗っている少女を見てから伊藤さんに言った。

「はい。絶対に忘れません。だから安心して帰ってください。」

「君は実に綺麗な目をしている。その瞳を信じてみますよ。それではさよなら...」

少女を乗せたタクシーは進み始め、途中からフワッと消えて行った。


2人は見えなくなったタクシーの方を見ていた。

「ねぇ琴音。命って....死ぬって何なんだろうね....」

「...........。知らないわよ。ただ、生きている私達には死者の思いを受け継ぐ義務があるわね。」

「そっか.....そうだよね。だけどさ.....これからどうする?」

伊藤さんが成仏してしまい、2人は帰る手段をなくしてしまった。

静かに2人の前を風が通って行く。

「最寄りの駅まで歩くしかないわね....」

琴音が顔を引きつかせながら言った。



茉莉と琴音は何とかアパートに帰ることができた。

そしていつものように銭湯に行った。


「結構疲れた東北の旅だったけど不思議な経験だったね。」

サウナの中で茉莉は今日のことを振り返っていた。

「そうね.....でももし伊藤さんが悪霊だったら2人であの世に連れていかれてたかもしれないわよ。」

琴音は顔を真っ赤にして呟いた。

「最近は悪霊を見てないわね。そのほうがいいんだけどさ...ふぅ~~。」

茉莉は大きく深呼吸をした後にタオルで体に浮かび上がった水滴を拭った。

「も、もうダメ!熱いの苦手なの!!」

琴音が立ち上がり、サウナを出ようとした。しかし、茉莉が琴音の腕を掴んだ。

「あとちょっとだから!あと五分だけ!!」

「いやよ!私は茉莉みたいに痩せたいわけじゃないの!」

「あぁ~!琴音が言っちゃいけないこと言った!もう意地でも返さないから!!」

茉莉はサウナの出入り口の前で体を大の字にして門番のように立ちはだかった。

「通してよ!茉莉の邪魔なお肉で出られないじゃない!!」

「このぉ~!また言ったな!!ウガァァーー!!」

茉莉が琴音に抱き着いた。

「そんなに熱いのが苦手なら燻製になるまで離してやらんぞぉ!!」



こうして2人の東北の旅が無事終り、また不思議な日常が始まるのであった。

                        

                          ~帰りたい場所~ END


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亡霊少女 南白イズミ @minamishiro-izumi

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