亡霊少女
南白イズミ
第1話 この部屋出るんです!!
大学2年生。
それは人生の中で最も時間がある時期である。
バイトをするのも良し、部活やサークルに白熱するのも良し。
しかし、
それは、幽霊探しである。
「ねえねぇ!!今日の夕方に幽霊物件に行くわよ!」
茶髪のショートヘアを揺らしながら茉莉は琴音の服を引っ張った。
「前に言ってたアパートね。」
落ち着きの無い茉莉とは対照的に、琴音は自分の髪を弄りながら静かに答えた。
「そうだよ!なんでも朝起きたら物が移動していたり、誰もいないはずの部屋から物音がしたりするんだって!」
茉莉は散歩に行く前の犬のような、輝いた目で楽しそうに話している。
「ふーん、それがオバケのせいだと思うのね。」
腕を組んで考える素振りをする琴音の髪を茉莉はじっとりと見つめている。
「前々から思ってたけど琴音の髪って本当に地毛なの?」
「えっ?地毛だけど...。」
「ふ~ん....」
未だに茉莉の目線が琴音の髪から離れない。
(この子は昔から気になることがあったらこうだもんなぁ...)
琴音は困ったように笑ってごまかした。
「まあいいわ、あまりにも色艶がいいから気になっただけだし。」
「なに?もしかして嫉妬してるの?」
「そんなんじゃありませーん!!」
他愛もない会話をしながら2人はアパートへ向かった。
2人が着いたのは大学の近くにあるアパートである。
9畳半、家具付きで1ヵ月の家賃は5万程度である。
この部屋に茉莉と琴音は2人で住んでいる。契約者の名前は茉莉であるが入学時から2人暮らしである。
「ことね~、早くしてよ~。」
玄関のドアを開けて茉莉が琴音を催促する。
「待って、いま...でき...そうだから....」
琴音は小さめのブーツの紐を結んでいた。
「まったく、大学2年生にもなってまだ靴紐1人で結べないの~?」
からかうように言う茉莉の言葉に琴音は耳を傾けず、靴紐に集中している。
「ふぅ。もう大丈夫だから...。」
恥ずかしそうにしながら琴音が出てきた。
「本当に琴音って不器用よね。可愛いやつめ!」
茉莉は笑いながら琴音の背中を叩いた。
「むぅ...」
膨れている琴音を気にも止めないで茉莉は携帯を見つめた。
「えぇっと、大体徒歩20分ね。さあ行きましょう!!」
約20分歩いて2人はあるアパートの前に到着した。
「今回のオバケは危険じゃないといいわね...」
琴音がボソッと呟いた。
「いつも通りにどうにかなるでしょ!依頼主は205号室よ!」
2人は205号室の前にやってきた。
茉莉がインターホンを押すと1人の女子大生が出てきた。
「茉莉ちゃんと琴音ちゃん、来てくれてありがと!とりあえず入って!」
ここの家主は同じ大学の大橋咲というふわふわとした感じの女の子であり、2人の友達である。
「おじゃましまーす!」
「お邪魔するわ。」
2人が中へ入ると凄く綺麗な部屋だった。
白い勉強机とピンクのカーテン、ベッドも可愛らしい感じであった。
しかし、1つだけ違和感のあるものが2人の目に入った。
それは照れくさそうに笑いながら頭を下げている中年のオジサンであった。
「2人が凄く霊感があるって聞いたから今回助けてもらおうと思ったの。飲み物準備してくるね。」
咲は台所へ行き、コップと飲み物を準備している。
部屋の中のオジサンは遠慮しているかのようにベッドの端に腰かけた。
「ねぇ、あれだよね原因?」
茉莉が琴音の耳元で囁いた。
「それしか考えられないわね...」
すると咲がコップをお盆に乗せて戻ってきた。
「梅雨が過ぎたと思ったら凄い暑さだよね。冷房ついてるけど温度大丈夫かな?」
2人に飲み物を渡すと咲はちょうどオジサンの真横に腰かけた。
「一応聞くけど、ここにあなた以外住んでないわよね?」
琴音がコップを握り締めたまま質問した。
「うん。私だけだし戸締りもしっかりしてるんだけど、他に誰かがいるみたいなの...」
咲が俯きながら答えると隣のオジサンが腕を組みながらうんうんと頷いた。
(あんたのせいだよ!!!)
茉莉はそう思ってオジサンの方を睨んだがオジサンは照れた様に笑うだけであった。
そのあとしばらく咲の話を聞いているうちに話が脱線して、ガールズトークに花が咲き、夏の夕焼け空も沈みかかってきた。
「今日はもう帰るね!お茶とお菓子ありがと!」
玄関の前で茉莉が手を振りながらお礼を言った。
「こちらこそ相談に乗ってくれてありがとね!」
咲も笑顔で手を振り返した。
「しばらくこの状況が続くと思うけど安心していいわよ。害はなさそうだから。」
「琴音ちゃんもありがと!あの....靴紐絡まっちゃった?」
咲は靴紐に苦戦する琴音を心配そうに覗き込んでいた。
「へ、へいきよ...」
涙目になりながら靴紐と格闘する琴音を見て茉莉と咲はクスクスと笑った。
2人は自分達のアパートへ向かった。
「今回の幽霊はしっかり見えたけど喋れなかったみたい。そこそこ力はあるみたいだけど害はなさそうでよかったよかった!」
茉莉と琴音には霊が見える。しかも、その姿や特性により霊力の高低がわかるのだ。
「なにもしなくても大丈夫そうだけど、どうする?」
琴音が髪を弄りながら言うと胸を張って茉莉が答えた。
「もちろん解決するわよ!」
茉莉の満面の笑みに琴音はクスッと笑った。
「そういえば今日のご飯当番は琴音だよ。なに作るの?」
「塩焼きそばにするわよ。」
「えぇ~?焼きそばは普通ソースだよ!!」
「当番の料理にケチつけないの。」
「じゃあいつものあれで決めるわよ!!」
茉莉が財布から100円玉を出した。
「表ならソース!裏なら塩ね!」
そう言って茉莉は高くコイントスをした。
「はい、塩焼きそばお待たせ。」
琴音は部屋の真ん中にある小さなテーブルに塩焼きそばを置いた。
しかし、茉莉はムスっとしている。
「まだ膨れてるの?」
「だってソースじゃないもん...」
茉莉は子供のように拗ねていた。
「仕方ないじゃない、コインが表でもソース切らしてたんだから。」
ぶーぶーと文句を言っていた茉莉であったが、食べている間は美味しそうに食べていた。
夕食を食べ終え、茉莉は携帯を、琴音はテレビを見ている。
「ねぇ、これからどうするつもりなの?」
琴音が尋ねるが茉莉は返事をしない。
「茉莉?」
「ねぇねぇ!この1年中咲き続ける桜って本当にあると思う!?」
茉莉は携帯のとあるネット記事を見せてきた。
「都市伝説でしょ。そんなのあったらテレビとかに出ているわよ。それより...」
「こういうのいいよね!何かそそるものがあるわ!!」
食い入るように携帯を見つめる茉莉に琴音はため息をついた。
「今日のあのオジサンはどうする気なのさ?」
「えっ?あ~ぁ、今日のオジサンね。」
ようやく茉莉は我に返った。
「あのオジサンは簡単に成仏するわよ。なんか漫画とかドラマによくあるパターンのやつね、ありきたりで少しつまらないかも.....」
「いつものパターンね。」
「うん...。」
茉莉はまた携帯でネットサーフィンを始めた。
次の日。授業は午前中にしか入っていないので午後から2人はあのアパートの大家さんの家を訪ねた。
「205号室の前の住人かい?」
大家さんは優しそうなおばちゃんだった。
「鈴木圭一郎さんっていう単身赴任していた会社員の人が住んどったねぇ。言いにくいことなんだけどこのアパートの前で交通事故で亡くなってしまったのよ。家族もいただろうに...」
「そうですか...。話してくれてありがとうございます。」
「それにしても2人とも凄い美人さんじゃねぇ~。若いからかしら?」
「大家さんだってまだまだ若いじゃありませんか!」
こういう時、明るく人懐っこい性格の茉莉は人間関係を円滑に運ぶことができる。
「あなたはテレビのアイドルみたいに可愛いし、隣の黒髪の子はお金持ちのお嬢様みたいに綺麗じゃねぇ~。」
「大家さんの肌だって私たちに負けてませんよ!」
「あらそう?化粧水を変えたせいかしら?」
2人は井戸端会議中の奥様のような会話を始めた。
(私にはこういう会話できない...)
大家さんと茉莉の会話を琴音は横から眺めていた。
そのあと、残された家族のことや様々なことを聞き、自分のアパートに帰ることにした。
次の土曜日。茉莉と琴音はある人物を連れて咲のアパートにやってきた。
「2人ともいらっしゃい!あれ?そちらの方は?」
「初めまして。以前ここに住んでいた鈴木圭一郎の娘の鈴木楓です。」
楓は茉莉たちより5つぐらい年上のようであり、しっかりとしている印象があった。
咲はお辞儀をして3人を部屋にあげた。
部屋に入りそれぞれが落ち着いたところで茉莉が話を切り出した。
「突然お呼びしてすみませんでした。実はですね、この部屋に前に住んでいた鈴木さんの霊がいるんですよ。そこで娘の楓さんを連れてきました。」
すると零体となった圭一郎はポカンと口を開けて呆然としている。
「よろしければお父さんのこと話してもらえないでしょうか?」
暫く沈黙があった後に楓は話し始めた。
「私の父はいつも腰が低くて周りのことばっかり気を使って、自分のことなんてそっちのけで私たち家族のことを考えていました。単身赴任で仕事が忙しいのにいつも私の就職のことを心配していたって母に最近知らされました。」
楓は俯きながら淡々と話を続けた。
「亡くなるまで気付かなかったけど父のおかげで幸せに暮らせてたと思います。」
楓は鼻声になり、目には溢れ出しそうな涙が溜まっていた。
「もしそこにお父さんがいるなら聞いてほしいの、親孝行できなくてごめんなさい...わがままばっかり言ってごめんなさい...こんなバカな娘を育ててくれてありがとうございました。」
すると圭一郎は泣き出す娘の近寄り、手を実の娘の肩に置き、優しい声で囁き始めた。
「私の娘がバカなわけないだろう、お前が生まれてきてくれたおかげで私の人生はとても素晴らしいものになったんだよ。親孝行なんてこんなに立派に育ってくれただけで十分だ。」
圭一郎は肩に置いてあった手を娘の頭に持っていき、優しく撫で始めた。
「母さんやお前を置いていくのはとっても不安だったけど、娘の顔を見たらもう大丈夫だとわかったよ。先に逝く父さんを許してくれ。」
圭一郎はギュッと楓を抱きしめた。
「お前には見えてないかもしれないけど、最後にお別れを言わせてくれ。」
圭一郎の身体はみるみる薄くなっていく。
「かえで....幸せになりなさい..」
ふわっと圭一郎の身体は消えてしまった。
「あれ..?今、お父さんの声が...」
楓は周りを見回している。
「あなたのお父さんが幸せになりなさいだって。」
茉莉が楓とは反対方向を見ながら話した。
「茉莉、あなた泣いてるの?」
「うるしゃい!私はもらい泣きしやすいタイプなの!!」
琴音が茉莉に寄り添いティッシュを渡している。
「無事に成仏できたみたいね...」
それから楓は大家さんに挨拶をしに行くと言って出ていった。
「今回もバッチリ解決!さすが私ね!!」
先ほどの雰囲気から一変、茉莉は大きな伸びをしながらガッツポーズをした。
「まぁ、いつも通りの成仏の仕方だったわね。」
琴音はアイスティーを飲みながら呟いた。
「さてと!それじゃあいつもの所に行くわよ!!咲ちゃんも一緒にどう?」
「いつもの所ってどこなの?」
茉莉と琴音は顔を見合わせてニヤッと笑った。
「銭湯よ!!」
茉莉たちのアパートから歩いて10分ほどの場所に銭湯があり、いつも何か一段落するごとに2人は通っているのだ。
「あ~あぁ~....いきかえるぅ~」
3人は声を揃えてお湯に浸かった。
「2人ともいつもこんなことしてるの?」
「そうだよ~。私と琴音は高校からずっとこんなことしてるのぉ~....」
顔を緩ませながら茉莉は答えた。
「そうよ。他には何もしてこなかったって言っても過言ではないわね。」
いつもより顔を赤らめながら琴音も答えた。
「ふ~ん、バイトとかしたり、恋人とか作らないの?」
素朴な咲の疑問に茉莉はやれやれというような顔をした。
「お金稼ぐのなんて嫌でも大人になったらするんだから今はいいのよ。それに恋人なんて私の生活の邪魔でしかないわ!!」
「そうね、私たちはこんなことしかしてないから邪魔になるだけよ。」
珍しく琴音もどや顔をしていた。
「ふ~ん、可愛いのにもったいないね....。でもなんでそういうことやってるの?」
「ある日から幽霊が見えるようになってね、私にしかできないことがあるんだな~って思ってやってるだけよ。まあ、不思議なことが好きっていうのもあるけどね。」
「私は茉莉に付き合ってるだけよ。」
「そっか!2人とも凄く仲がいいんだね!!」
能天気な咲の言葉に2人は照れるように笑った。
脱衣所では茉莉がバスタオル姿で立ったまま動かない。
「あれ?着替えないの?」
咲が声をかけるが茉莉は微動だにしない。
「気にしなくていいわよ、いつものことだから。」
琴音は茉莉に目もくれず、着替え始めた。
「...っく、幽霊や亡霊よりも体重計の方がよっぽど怖いわ。」
茉莉はゆっくりと体重計に足を乗せた。
「・・・・・」
茉莉はゆっくりと体重計から降り、もう一度足を乗せた。
「..........。フンっ!!」
茉莉は急にバスタオルを放り投げた。
「どうしてよ!!どうしてそんなにあるのよ!!」
茉莉は体重計の測りを睨みつけるが針は微動だにしない。
茉莉はスタスタと琴音の背後に周り、急に琴音のお腹に手を回した。
「同じ食生活してるのに何であんたはスリムなのさ?体質か?体質なのかーー!」
「ちょっと...茉莉くすぐったい...ふふふっ」
(ほんとに仲いいんだね~)
咲がじゃれ合う2人を微笑ましく見ていた。
その日の夜。茉莉はベッドに、琴音は布団に入っていた。
「今回は少しつまらなかったわ...」
茉莉がボソッと呟いた。
「簡単に終わったんだからいいんじゃない...」
琴音は寝返りをしながら答えた。
「そうなんだけどさ、もっと摩訶不思議な体験がしたいのよね....」
「すごい好奇心ね....。次は面白いといいわね.....」
眠いせいか琴音の声はだんだん小さくなっていく。
「そうね...ちょっと面白そうな話は聞いてるんだけどね...」
茉莉も眠いせいか、声がしだいにかすれていく。
「たしか...幽霊がタクシーに乗る...みたいな.....」
「そう...オバケにもお金あるのかな....」
「どうだろ...あとは明日になってから考えよ....」
2人は静かに眠りについた。
~この部屋出るんです!!~ END
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