銀座の寿司屋

ぱんだだ

第1話

東北出身者は、寿司を食べ慣れている。土地柄、回転寿司だって安くてもうまい。

回らない寿司屋にだって行くし、寿司屋に入ることに抵抗感を持ったことはなかった。

そんな私も上京して約十年、銀座だってぶらぶらするほどに都会に慣れた。

ある日、夫と四才の息子とランチをしようとしたら、「寿司ランチ1000円」という看板がある。

「なんだ銀座もたいしたことないじゃん」

そう言って入店する我々。

しかし、通されたのは大将らしき貫禄の職人がいる、洗練されたデザインのカウンター。よくドラマや旅番組で出てきそうな高級感だ。

夫がささいた。

「俺たち、デニムで入って良かったのかな」

その言葉に、私の心臓もドクンと音を立てる。

今日は夫婦でおそろいの、白いデニムをはいている。

「デニムでも白だから、少しは品があるんじゃない」

その会話さえむなしく感じ始める。

「えーと寿司ランチを・・・・」

席に座り、そう頼もうとするとカウンターの職人がこどもに声をかける。

「お坊ちゃん、なにが好き?」

息子は悪びれなく、大きな声で言う。

「うーんとね、いくら!」

職人の優しそうな笑顔とは裏腹に、夫婦で青ざめる。

職人は、息子に好きなネタを聞き、答えたものを次から次へと出してきた。

よくこどもに話しかけてくれる、とても丁寧な接客ではある。

結局私たちは、小さな声で頼んだ寿司ランチ二人前と、息子が無遠慮に頼んだ寿司の支払いを強いられるのだった。

店を出て、寄っていくはずのデパートの前を素通りし、いそいそと電車に乗る。

帰りは息子だけがしゃべって、夫と私は心の疲労感を隠しきれなかった。

それ以降、我々夫婦の間では、自分の身の丈に合っていないことを話すときには

「銀座の寿司状態だね」

と笑い合うのだ。

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銀座の寿司屋 ぱんだだ @pandada9876

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