第154話 外伝59.ドイツとある元空軍の軍人
―ドイツ ベルリン とある元空軍の軍人
空軍を引退したとある元軍人は元同僚で現在町医者に転身した男と共に、とあるレストランで夕食を一緒に食べようとしていた。
「まずは牛乳を頼む。食べ物は……ガーデルマンに任せた」
ウェイターにそう告げた元空軍の男は何をするにもまず牛乳が飲みたいらしい。
屈強な男の見た目に反して注文したものが牛乳だったため、ウェイターは少し固まるもそこはプロ、何事も無かったように注文を承る。
同僚の元軍医はヤレヤレと肩をすくめ、友人の好む物とビールを注文した。
すぐに牛乳とビールが届くと、元空軍の男はテーブルに牛乳が置かれるや牛乳の入ったグラスを掴み、一息に飲み干す。
「うむ、旨い。やはり牛乳だな、ガーデルマン」
「相変わらずですね。ルーデルさん……」
「ガハハ、牛乳は生活の基本だ」
豪快に笑うルーデルへガーデルマンは慣れた様子でウェイターにビールを注文する。
この男はまず牛乳を飲まないと何も始まらないことをガーデルマンは知っている。
空になった牛乳を見てガーデルマンはふとあることを思い出し、つい吹き出してしまった。
「お、ガーデルマン。お前が声を出して笑うなど珍しいな」
ウェイターからビールを受け取りながらルーデルも上機嫌だ。
「いえ、長距離のカーレースに参加した時のことを覚えてますか?」
「おお、あれか! あれは楽しかったな。日本に骨のある男がいたな」
あー、いたよね、そんな奴が……ガーデルマンはルーデル以上にタフそうなあの日本人を思い出し顔が引きつる。
「いましたね……」
「で、あのレースを思い出して笑っていたのか。楽しかったものな!」
「レースそのものじゃなく、あのレースは毎年開催されることになったんですよ」
「そう言えばそうだったな」
「で、あのレースは開始前にみんな牛乳を飲むんですよ。閣下への敬意をとかで」
「ほう。牛乳はいいぞ! ガーデルマン」
いや、そう言う意味じゃないんだけどな……ガーデルマンはそう思い、これ以上説明しても無駄だと悟り、この件については口をつぐむことにした。
何か面白い話題はないかと考えたガーデルマンは昨日新聞で見た記事を思い出した。その記事とは三つの質問に対する世論調査だった。
1.一番好きな国はどこですか?
2.一番旅行に行きたい国はどこですか?
3.あなたが外国で仕事をするとしたらどの国がいいですか?
三番は近くてドイツ語が通じるオーストリアがトップで二番手が遠い国だが、深い関係を持つ日本だった。
一番は日本がトップで僅差でオーストリアだ。
二番は圧倒的大差をつけ日本で、次が南国のどこかだったはず。
「閣下が好きな国ってどこなんですか?」
ガーデルマンはいつの間にかルーデルの事を昔呼んでいたように「閣下」と呼んでいた。ガーデルマンは彼と会話しているとつい昔のように彼を呼んでしまう。
「そうだな。祖国以外となると日本だな!」
「なるほど。私も同じです。理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「理由? 簡単な事だよ、ガーデルマン。スツーカを作ったのはドイツと日本じゃないか」
「た、確かにそうですね……」
ルーデルらしい回答にガーデルマンも納得する。しかし、日本が好きだと言うのならもっと他に言いようがあるじゃないかとも彼は思う。
「後はそうだな。あのレースに出ていた男のように骨のある奴がいるんじゃないかというのも理由だ」
「いませんよ! そんな人! 閣下とあの日本人だけで十分ですよ!」
「私など普通だよ普通。ガハハハ」
いや、おかしいですから、おかしいですってとガーデルマンは突っ込みたいが思いとどまる。
彼と駆け抜けた対仏戦争……出撃したくないと内心思う軍人はいるだろう。しかし、この目の前の豪快に笑う男は正反対なのだ。牛乳飲んでは出撃し、牛乳を飲んでは……規定出撃数など知った事じゃないと出撃数を誤魔化し牛乳を飲んで出撃する。
バレないように撃破数を誤魔化し、誰が破壊したか分からない戦車も多数発生してしまった。あの時は必至だった……最初は彼を止めようと思った。しかし、無理だと分かると死んだ魚の目で彼に付き合ったものだ。
幸いガーデルマンもルーデルも戦死することなく、今ここにいる。
「そういえば閣下、ドイツ人の一番行きたい国のトップは日本だそうですよ」
「お、そうか。私ももう一度行きたいものだな」
「何か見たいものがあるんですか?」
「いや、何、あの日本人とまた会えないものかと思ってな」
「お気に入りですね……あ、あのどこかの新聞社の記者に頼めばいいんじゃないですか? 繋いでくれそうですよ」
「叶先生か! あの人の話は面白い」
面白かったっけ……何やら下品なことばかり言っていたような気がするが……ガーデルマンはかの記者のことを思い出し眉をしかめる。しかし、あれほどの大物パイロットに囲まれて平然と会話を交わすあの胆力は確かにすごい。
「しかし、何故先生なんです? 彼は記者じゃなかったでしたか?」
「うむ。そうなんだが、叶先生は私によい牛乳を紹介してくれたのだよ」
「そ、そんなことが……いつの間に……」
「彼から池田氏を紹介されてな。北海道にあるとある牧場の牛乳は旨かった」
「な、なるほど……」
ガーデルマンは池田という者に会ったことはないが、何故か彼に親近感を感じるのだった。
◇◇◇◇◇
――日本 東京某所
池田壱と叶健太郎はこたつでぬくぬくしていると、池田が突然大きなくしゃみをする。
「池田くん、風邪か?」
「いえ、いたって元気なんですけど、誰か噂したんでしょうか」
「さあ、まあ、池田くんも著名な文豪だからそれなりに噂されるんじゃない?」
「なんかそれとは違うような……」
二人はみかんを手に取り、のんびりとした時間を過ごすのだった。
※ここまでお読みいただきありがとうございました。
中途半端なところですが、これにて一旦隔日連載を終了します。
今後のことはまだ考えていませんが、不定期に投稿するかもしれません。もしくは外伝だけ切り分けるかもです。
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