第153話 外伝58.1963年 台湾
――1963年 台湾 牛男
台湾水族館は台湾の観光産業に大きく貢献していて、隣接している台湾動物園とともに人気を博していた。
南国の雰囲気でということならば、台湾より北に位置する沖縄に置いていかれているが、沖縄だとて南洋諸島に比べれば南国リゾートとして劣る。
台湾では南国を押し出すより、観光地として他の面に目を向けていた。
それが水族館であり動物園である。現在建設中のリゾート型テーマパークが操業開始すれば、台湾へますます多くの人が押し寄せると予想されている。
牛男は台湾水族館と動物園の立役者として関係者から頼られていて、本日は水族館の関係者からの相談を受けていた。
台湾水族館では南国の色とりどりの魚やサンゴを展示飼育しているが、イルカショーが子供に大人気で日本本土の水族館でも一般的になってきた。
水族館の館長が相談したかったのは、イルカショーくらいインパクトのあるものはないかということであった。
牛男は元々南国の美しい魚とサンゴを誰もが見ることができる形で展示できないかという発想から、水族館の設営に携わっており、リクガメや他の動物に手を出しはしたが、今でも魚とサンゴほど彼の心を
イルカショーやアシカショーは嫌いではないが、サンゴを見る事と比べるとそこまでの魅力はないと彼は思っている。もちろん彼だとて自身の趣味嗜好で水族館の経営が成り立っているなんて思ってはいない。
しかし、「いいものがあるか?」と聞かれても最初に彼自身が一番良いと思う物を水族館に展示しているのだから、「これだ」というものはすぐに思い浮かばなかった。
「ええと……」
「牛男さんの忌避なき意見を聞かせてくれませんか?」
水族館の館長は柔和な笑みを浮かべ、牛男の言葉を待つ。
牛男は少し思案した後、自分の考えを整理するためにも口を開く。
「館長、子供たちに人気の何かをってことですよね?」
「はい。そうです。大人も子供も楽しめるものが一番ですが」
「なるほど……子供たちに人気といえば、イルカやペンギンですよね」
「確かにその二つは人気があります。牛男さんのお陰で南極のペンギンも当館に来ましたので感謝してますよ!」
「話は変わりますが、動物園だとゾウが来る前はキリンの人気が高かったですよね。大きな動物が好きなんでしょうか?」
「確かにそうかもしれません。沖縄の方では大きな鮫を飼育して目玉にしてますね」
「なるほど……」
沖縄の真似をして大きな鮫というのも面白くない。大きな生物かあ……クジラはどうだ? 牛男はクジラのサイズを思い出し、少し難しいかもしれないと考えを改める。
イルカは小型のクジラのことだし……あ、あれはどうだ?
「お、何か思いつかれたのですか?」
牛男の表情を察した館長が牛男に問いかける。
「はい。シャチはどうですか? あれなら大きいですし、イルカと同じでショーができるんじゃないですか? イルカと同じ海生哺乳類ですし」
「なるほど。海のギャング『シャチ』ですか。確かにシャチなら巨体ですね。ショーをするとなると相当ダイナミックなものになりますよね!」
「インパクトは十分にあると思います。飼育実績がないのがあれですが……」
「何事も初めてはありますよ! シャチは獰猛だと聞いていますが、人を襲わないとも聞きます。海洋生物学者と良く相談し、調教可能か模索してみます」
「うまく行きそうでしたらぜひ教えてくださいね!」
牛男はシャチによるダイナミックなショーを想像し、口元がにやける。
一方、水族館の館長はさっそく心当たりがあるらしく、自身のメモ帳を開きページをめくっていた。
◇◇◇◇◇
――1965年 台湾 水族館
台湾水族館では世界初のシャチによるパフォーマンスが行われるとあって、大勢の観光客が詰めかけていた。水族館は入場制限を行うほどの人でにぎわい、シャチのパフォーマンスが行われるスタジアムは長蛇の列になっていた。
シャチはイルカと同じで一日に三回のパフォーマンスをスタジアムで行う。稀にシャチの気分がすぐれない時には、パフォーマンスが中止されることもあるようだ。シャチがパフォーマンスを無理なく行えるよう飼育員は十分に調教を行ってきたのだが、それでも相手は生き物ということもあり、絶対成功するというものではないらしい。
牛男と彼の妻は栄えある初回のシャチパフォーマンスが行われるスタジアムに招かれ、スタジアム中央で泳ぐシャチの姿に目を細めていた。牛男と館長がシャチのことを話してから二年。ついにここまで来たのかと牛男は感動に打ちひしがれていた。
「牛男さん、はじまるようですよ」
牛男の妻はシャチと飼育員を指さし、少し興奮した様子だ。
「おお、いよいよか!」
牛男もスタジアム中央のシャチが泳ぐ巨大プールに目をやり、固唾を飲み開始を今か今かと待つ。
シャチのパフォーマンスが始まると、イルカと違いシャチがジャンプして着水した後、海水が飛翔する量が段違いだった。イルカでは考えられないことだが、シャチがジャンプし着水するとプールの海水が容赦なく観客席まで飛んでくる。
事前に「観客席中央くらいまで海水が飛びます」と告知はされていたが、「大げさに言っているだけだろう」と思っていた多くの観客は驚き、ずぶ濡れになる。それでも、濡れたことに文句を言う観客などおらず皆歓声をあげてシャチに拍手をする。
牛男も他の観客と同じようにシャチがジャンプするたびに大きな拍手を送る。
「いやあ、すごいな、これは!」
牛男は隣の妻へ笑顔で声をかけると妻も微笑み頷きを返すのだった。
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