第152話 外伝57.1967年 上海共和国
――1967年 上海共和国 リーツェン
1967年時点で中国大陸において上海共和国のGDPは三番目で満州と香港の下につけていた。しかし成長率に目を向けると上海共和国が圧倒しており、1980年までには上海がGDPトップに踊り出ると言われている。
上海共和国は満州と同じでアメリカの支援を受けて独立した国家という事情から、アメリカとの繋がりが非常に強い。英語を話すことができる者も多く、アメリカ資本も多数流入していた。
上海共和国は華北の沿岸部からおよそ二十二パーセントを領域とし、華北の残りは中華人民共和国の領土となる。両国間は成立以後平穏な状態を保っているが、民間交流はともかく企業間取引は活発ではなかった。上海共和国の主要貿易相手国は圧倒的にアメリカで次に満州、それに続くのが華南の中華民国や香港である。
国内で主に働く者にとっては、世界一のGDPを誇るアメリカとの取引で概ね満足しているが、アメリカ以外の先進国へ目を向けた者からするとアメリカが広くて狭い国だと思い知ることになる。
それは、アメリカ資本もアメリカ本国と繋がりがあることは心強い。しかし、アメリカから他の主要先進国へ広がろうとするとなかなか困難だったからだ。
上海共和国のとある貿易会社で働くリーツェンはとある喫茶店でライバルの香港について同僚と会話を交わしていた。
「リーさん、会社の利益は順調に伸びてますけど、上海はGDPの割に中国大陸内での存在感が薄いと思いませんか?」
同僚はコーヒーを手に、良く口にすることをリーへ述べる。
「そうだよなあ。十年後に上海共和国はきっと経済力ではトップになるに違いない。今は香港より下だけど、あっちは土地が無いからな」
香港では製造業を始めとした生産設備を作る土地が無い。そうなると伸び率の限界からいずれ上海と逆転するだろうとリーツェンは考えている。このままの経済成長率で推移すれば十年もたたず逆転するだろう。
「経済力でトップになっても中国大陸の代表都市といえば、香港と言われそうですよねえ」
「あちらは、イギリス連邦の一員だからな。租界地時代からイギリスを通じて日本と多少繋がりがあったのも大きいだろうな」
そうなのだ。リーツェンは同僚の意見に深く同意する。日本は隣国でありながら中国大陸との取引量が少ない。あれほど巨大な輸出額を誇りながら、対中国大陸貿易量はオーストラリアや東南アジアと比べものにならないくらい低い。
知っての通り、日本の世界における影響力は絶大だ。世界四大証券取引所は東京、ニューヨーク、ベルリン、ロンドンであるが、この中でも日本の東京証券取引所の取引額は圧倒的に差をつけてトップに君臨し、長らく世界一を誇っている。
先進国唯一のアジア圏の国ながら、日本が世界経済の中心地といっても過言ではない。上海共和国はアメリカとの繋がりは深いが、日独墺英と疎遠である。世界経済を動かすこれらの国と一番縁が深いのが香港。
口惜しい事に、何十年たってもこのままでは中国大陸の中心地は香港と言われ続けるだろうと彼は思う。
「アメリカ繋がりでそのうち円経済圏やポンド経済圏の国との取引量も増えますかね?」
「どうだろうな。アメリカと取引量がトップの国を君も知っているだろう?」
「あ、ああ。確かに……」
そう、アメリカにとって貿易額がトップの国は日本なのだ。そして、意外なことだが、日本にとってもアメリカが貿易取引額で他国を抑え僅差ながらも第一位となっている。それほど両国の経済的な繋がりは深い。
にも拘わらず、上海と日本の貿易は振るわない。
「いやでも、ワン君、ここは我が社でチャレンジしてみてもいいと思わないか?」
リーツェンの同僚のワンは察しがいかない様子で首をかしげる。
「ええと、どういうことなのでしょうか?」
ワンの問いかけに、リーはコーヒーを一口飲んだ後、説明を始める。
「日独墺英……いやここは日本かイギリスと我が社が積極的に商品を売り込みに行かないかということだよ」
「なるほど。アメリカ流に言うと、上海共和国にとって日英の市場はフロンティアですよね」
「そうなんだよ。国内のライバル社で日英へ積極的にアプローチを行っている会社はほとんどないんだ。どこもかしこもアメリカってね」
「確かにライバルは多いですよね。僕としてはイギリスも日本もどちらにも利点を感じます」
「どんな利点かな?」
「ものすごく単純なことなんですけど、イギリスだと言葉の問題がありません。日本は近いので輸送料金が安く済みます」
「あはは。それくらい軽い考えで行くのがいいかもな。よし!」
リーツェンは残ったコーヒーを飲み干すと、ポンと膝を叩き立ち上がる。彼の動きに合わせて、ワンも慌ててコーヒーを飲みカバンを掴む。
上海共和国のビジネスマンである二人の奮闘はまだ始まったばかりだ。
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