第151話 外伝56.1983年 日本 南洋諸島

――1983年 日本 南洋諸島 宗近むねちか

 宗近むねちかが月へ降り立ってから十五年がとうとしている。彼は四十歳を越えるまで数度に渡り宇宙へと出た。月に行ったことも五回を数え、彼は現時点で最も月に行った回数が多い宇宙飛行士である。月に滞在した日数では別の宇宙飛行士に譲るが、同僚の友人である響也きょうやと共に今でも一番知名度の高い宇宙飛行士と言われている。


 1968年からの十五年間で日本は単独または日独二カ国合同を合算すると、他国へ抜きん出て宇宙へ人を送り出した回数が多い。

 また、ドイツは単独で有人宇宙機を送り出したことはないが、日独合同での回数だけでも世界第二位になっている。


 これ以外の国となると、国家単位で宇宙へ人を送り出せた国はアメリカとソ連だけである。アメリカは一度だけ月まで人を送ったが、ソ連は地球軌道を周回しただけに過ぎなかった。

 その他の国は人工衛星を発射した国がいくつかあるものの、有人宇宙探査の計画さえない。

 とはいえ、この四カ国以外の国に宇宙飛行士がいないのかというとそうでもない。欧州を中心に日独米の有人宇宙機に乗り宇宙へ出た者はちらほら存在した。


 というのは、日本とドイツの呼びかけで先進国が投資を行い、地球を周回する国際宇宙ステーションが建築されたためだった。国際宇宙ステーションはその名の通り国を越えた協力関係が結ばれ、ここへ日独の有人宇宙機を使い各国の宇宙飛行士が訪れているというわけだ。


 しかし月に関して日独は他国の宇宙飛行士を乗せることが無かった。将来的にはどのようになるか不明ではあるものの、少なくとも今後二十年間は日独の独占が続くと予想されている。

 かといって日独は月へ来る他国の存在を拒否しているわけではない。日独の協力を得ずに自力で月へ来る国に関しては、月基地の使用も許可していた。現にアメリカが月に訪れ月基地に滞在している。

 

 話を宗近むねちかに戻と、現在彼は南洋諸島のとある島に家族と共に住んでいる。この島は昨年ロケット発射基地と宇宙開発研究所などの宇宙開発関連施設が新設され、種子島に変わるロケット発射基地として運用を開始していた。

 宗近むねちかは日本の宇宙開発の中核組織であるJAXA(宇宙航空研究開発機構)の幹部として半年前、この地に赴任してきた。

 

 彼は日本の極秘プロジェクトの会議に出席すべく、研究所の会議室に足を運んでいた。

 扉を開き中に入ると著名な宇宙関連の科学者だけでなく、素材や化学の専門家の姿も見える。集まった者は科学者だけに見えるのだが、自身のような学者ではない者が出席するような会議なのか……と彼は疑問に思う。

 そんなことを考え少し固まっていた宗近むねちかの肩をポンと叩く者がいた。彼が振り返ると、「よお」と笑顔で挨拶をした同じくらいの歳の男……響也きょうやだ。

 

響也きょうやか。何にやら学者さんばかりなんだけど……俺達が会議に出て意味あるのかな?」


 宗近むねちか響也きょうやに尋ねると、彼は肩を竦め応じる。

 

「いやあ、正直なところよくわからないな。でもな、宗近むねちか。ものすっごく興味を引かれる内容なんだよ」


 響也きょうやは手にもつ資料を宗近むねちかへ投げ渡す。

 落としそうになりながら、なんとか手に掴んだ宗近むねちかはどれどれと資料のタイトルの目を通す。

 

『軌道エレベーターの建設について』


 タイトルを見た瞬間、宗近むねちかは年甲斐もなく目を輝かせ響也きょうやを仰ぎ見る。

 

「興味ある内容だろ?」


 響也きょうやは鼻を鳴らし、彼にニヤリと微笑む。

 

「ああ。これは興味深い。実現可能なのかな?」


「どうやら素材の問題がクリアできそうだと聞いてるんだけど、実際のところはこれから何度も検討を重ねるんだろ」


「俺達が出席できたのは何でだろ?」


「さあ……宇宙空間のベテラン? としてかな?」


「どうだろうな」


 二人はお互いに笑い合うと席に着く。

 

 会議は最新の素材についての説明から始まる。研究中の新素材は軌道エレベーターの長さであっても切れずに十分な耐久力を誇ることがグラフによって示されたが、問題は量産化であるそうだ。

 生産の行程や技術的な難易度をなんとかしなければ、軌道エレベーターに必要なだけの素材量を作り切ることは難しいだろうと説明した学者はそう締めくくった。

 次に軌道エレベーターの昇降設備や技術について検討が行われ、意見交換が交わされた。

 

 会議が終わると、とある学者が宗近むねちかへ声をかけてくる。


宗近むねちかさん、お会いできて光栄です。あなたと響也きょうやさんがいる席でこのような話をできるとは……みんなテンションが上がっていますよ!」


「そ、そうなんですか。それで『軌道エレベーター』へのモチベーションがあがるのでしたら喜んで会議に出ますよ! 実現可能なんですか?」


 宗近むねちか宗近むねちかで、軌道エレベーターの建設を本気で考えている彼らの熱気を見て興奮していた。

 

「私の見解では2025年頃までに『軌道エレベーター』は完成すると踏んでいます」


「あと四十五年ですかあ。生きてるうちに見られれば……ですね」


「私も完成を見たいです! 『軌道エレベーター』ができれば、人類は次のステージへ進むことになるでしょうね」


「そうですよね!」


 宗近むねちかは軌道エレベーターが完成した世界を夢想する。軌道エレベーターが完成すれば、地上から発射する有人宇宙機はなくなり、月基地か新しく完成しているであろう宇宙コロニーより発着することになるだろう。

 軌道エレベーターのお陰で特別な訓練をしなくとも人類は宇宙にでることができるようになり、物資の運搬も低コストかつ大量に運ぶことができるようになる……まさに夢のような世界だな……宗近むねちかは想像すればするほど顔がほころぶのであった。

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