第146話 外伝52.1960年 著 「日本が日露戦争後大陸利権に固執していたら?」 その2

――1960年 東京 某所 叶健太郎

 叶健太郎は池田壱が持ってきた「日本が日露戦争後大陸利権に固執していたら?」を気が進まなかったが、池田壱が読めというのでざっと流し読みをしていた。

 お茶を飲みながら読みふけっていると、池田壱の手持ち無沙汰な様子が見えたので叶健太郎は声をかける。

 

「あ、池田くん、冷蔵庫を開けてお菓子を勝手に食べていいからな」


「も、もう甘い物はいいっす……叶さん、甘い物好きでしたっけ?」


 池田壱は叶健太郎邸の冷蔵庫の中身を思い出しげっそりとした顔になる。何であんなに甘いお菓子ばかり詰まっているんだろう……もう少しバランスってものがあるじゃないかと嘆きながら、池田壱は頭を抱えた。

 

「あー、あれは全部遠野が持ってきたんだよ」


「食べましょうよ……僕はもう要らないです……」


「いや、あいつな……自分が食べる量と同じだけ土産に持ってきてくれるんだけどよ……最近は冷蔵庫に入らないからあいつに食べてもらってる」


「遠野さん……自分で持ってきて自分で食べてることに疑問を覚えないんでしょうか」


「まあ、遠野だしなあ……」


 叶健太郎の言葉へ妙に納得する池田壱であった。た、確かにあの人なら本当に不思議に思ってもいないかもしれない……池田壱は恐怖におののくのだが、さすが叶さんだと感心してしまった。


「遠野さん、そろそろご結婚とかしないんでしょうかねえ」


「池田くん、それは禁句だ。本人の前で言っちゃあだめだぞ……」


「はい……」


 叶健太郎と池田壱は背筋に寒いものを感じ両腕で自身を抱えこむ。

 こんな会話があった後、叶健太郎は再び池田壱の持ってきた書籍に目を通していく。

 

 池田壱がお茶を二回おかわりする頃に叶健太郎は本を読み終わり、池田壱に目を向ける。

 

「読み終わったんですか?」


 池田壱が尋ねると、叶健太郎は無言で頷きを返す。

 

「いや、これ、何だっけ? リアリティのあるシミュレートだっけ?」


「そうです」


「リアリティを重視したのはいいが、史実とあんま変わらないじゃないかよ。小説ってのはもっとこう、ほら、ダイナミックに」


「アメリカ人の著者が書いたものですので、アメリカ寄りになってるはずですけど……戦争も史実より規模が大きいじゃないですか」


「いや、これさ。アメリカを中心に書いてるけど、正直アメリカって脇役だよな?」


 池田壱は自身が思っていることを叶健太郎に指摘されてドキっとする。

 

「そ、そんなところは少しあったりなかったり……でも、叶さん、アメリカの記述が多いじゃないですか」


「うーん、確かにずっとアメリカ視点なんだけど、何ていうか、ほら、主人公の活躍を横目で見るモブ視点というか……どうせやるならアメリカが中国大陸も欧州も全部戦って勝ったぜ!くらいやって欲しいわな」


「いや、それだと本格シミュレートにならないじゃないですか!」


「本格よりエンターテイメント重視のが好みだわ俺は……モブ視点とか見てても面白くねえよ」


 池田壱は内心叶健太郎の言う通りだと思っていたが、口に出すことはできなかった。

 その時、玄関の呼び鈴が鳴ると、家主である叶健太郎の応答も聞かずに玄関の横開きの扉がガラガラと開く音がした。

 

「叶さん、鍵をしめてないんですか?」


 池田壱は家主の了解も得ずに扉を開けてきた客に驚いたが、鍵をしめていない叶健太郎にも同じくらいビックリしていた。


「あー、うん。まあ、泥棒が入ったこともないし」


「不用心過ぎますよ! 勝手に誰か入ってきましたよ!」


「勝手に入って来るとしたら遠野か孫くらいだな。心配しなくても大丈夫だよ。池田くん」


 叶健太郎の言葉通り、彼を呼ぶ女性の声が聞こえる。

 

「叶さーん。いますかー?」


 叶健太郎の名を呼びながらも、二人がいる居間の扉が開き声の主が顔を出す。やって来たのは叶健太郎の予想通り遠野だった。

 彼女は相変わらずのスーツ姿でけしからん太ももがスカートから見えた。

 

「あ、池田さんも! こんにちは!」


 遠野は池田の姿を見とめると、叶健太郎と池田壱へ挨拶をする。手にはビジネスバックとお菓子屋のロゴが入った紙袋。男二人が気になるのは紙袋のサイズだ。

 手提げが付いた紙袋であったが、サイズが……なんというか。

 

「遠野、その紙袋……」


「叶さん! 食べましょう食べましょう。今日もたくさん買ってきましたよ」


 遠野は紙袋から白い箱を一つ取り出すと中を開ける。箱の中身は苺が乗ったホールケーキだった。

 

「ケーキっすね」


 池田壱が見たまんまのことを言ってしまうが、甘い物はさっき叶健太郎の勧めで食べられるだけ食べたから見たくないというのが本音だった。

 だから、そんなそっけない言葉が池田壱の口から出たのだろう。

 

「切り分けるか?」


 叶健太郎が立ち上がろうとすると、遠野が何やら言いたそうなので彼は顎で彼女へ話すように促す。

 

「叶さん、一人一つですよ! あ、すいません。池田さんの分が」


 ホールを一人一つっておかしいから! と池田壱は突っ込みを入れたくて仕方なかったが、叶健太郎が黙っているので口をつぐむ。

 

「あー遠野。俺達の分は気にしないでいいから自分の分を食べてくれ。俺達は半分でいいよ」


「そうですか……せっかく叶さんにこの苺のホールケーキと、もう一つ抹茶のホールケーキを買って来たんですけど本当に半分でいいんですか?」


 遠野の言葉に池田壱はコケた。座っているのにコケた。もう、おかしいからいろいろと。と池田壱は頭を抱え、左右に思いっきり振る。

 

「あー、気にせず食べてくれ。俺達の分は冷蔵庫に入れておいてくれよ」


 叶健太郎は慣れた様子で遠野をあしらっていた。

 

「あ、叶さん。今日は本を持ってきたんですよ。アメリカで流行ってたとかいう」


 遠野はビジネスバックから一冊の本を取り出すと、叶健太郎に見せる。

 本には「日本が日露戦争後大陸利権に固執していたら?」というタイトルが書かれていた。

 

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