第124話 外伝29.1951年頃 エクアドル事情 過去

――1951年頃 ガラパゴス諸島 牛男

 牛男はハインリヒの誘いを受け、エクアドルのガラパゴス諸島まで来ていた。ガラパゴス諸島は南アメリカの太平洋側北部にある諸島で独特の生態系があることで有名であった。

 ガラパゴス諸島はかの有名なダーヴィンも訪れたこともあると牛男は聞いていた。しかし、彼は学術的なことや著名な生物学者のことに関心が無く興味が余りわかなかったが、ハインリヒの次の一言で即座にガラパゴス諸島へ行くことを決めた。

 「牛男さん、ガラパゴス諸島はゾウガメ固有種の宝庫ですよ」とハインリヒは牛男に囁いたのだった。彼は南国の海にいる色とりどりの魚とサンゴの次にゾウガメを愛している。ゾウガメ好きが高じて台湾動物園を企画したくらいなのだから……

 牛男がゾウガメと聞いて飛びつかないはずがない……

 

 いつものごとくハインリヒは後から合流することになっていたので、牛男は通訳を伴ってハインリヒが来るまでの間、ガラパゴス諸島を巡ることにした。ゾウガメの観察を中心に……

 ガラパゴス諸島と一言で言っても諸島の分布する範囲は広く、一日や二日ではとてもじゃないが回ることはできない。牛男は全部を巡ることは最初から諦め、時間の許す限りゾウガメを見て行こうと決めていた。

 

 牛男がガラパゴス諸島に滞在してから二日後、ハインリヒが合流して彼と夕食をとることになる。

 

「牛男さん、いつもながら後からの合流ですいません」


「いえいえ、ガラパゴス諸島に誘ってくださりありがとうございます! ここは素晴らしいです!」


 牛男はここに来てからみた二種類のゾウガメについてハインリヒへ熱く語る。ハインリヒは牛男の話を微笑しながら、時折頷きを返し牛男の話を静かに聞いてくれる。

 自分が話し込んでしまったことに気が付いてハッとなった牛男は、バツが悪そうにボリボリ頭を掻く。

 

「すいません。つい、熱くなってしまって……」


「いえいえ。いいんですよ。牛男さんはガラパゴス諸島を領有するエクアドルはご存知でしたか?」


「いえ、正直言って……俺は国のこととか全く分からないんですよ」


「私はね、牛男さん。エクアドルという国に少しばかりの親近感を持っているんですよ」


 今度はハインリヒが語り始める。エクアドルは周辺国家との戦争に負け続け、領土がどんどん縮小していっているとハインリヒは言う。

 最近ではペルーに侵略戦争を仕掛けられ、アマゾン地域の二十万平方キロとも二十五万平方キロとも言われる広大な領土を奪われたそうだ。

 

「二十万平方キロですよ。牛男さん!」


「広さの想像がつきません……」


 牛男は数字で言われても分からないと正直にハインリヒに述べる。

 

「日本の本州が二十二万平方キロくらいなんですよ」


「そ、それは広大な領土を奪われてしまったんですね!」


 本州と同じくらいの領土を奪われたと言われると牛男でも想像がつく。奪われてしまったエクアドルの国民の感情を牛男は想像ができない……


「牛男さん、ドイツは日本やアメリカのお陰で失う領土が減少したのですよ。領土を喪失してしまったエクアドルの気持ちに少し親近感を覚えたというわけです」


「なるほど……」


 牛男は詳しく覚えていないが、彼の曖昧な記憶だとドイツは欧州大戦で敗れて、西プロイセンを全て喪失するかもしれないところを、日本やアメリカの反対があって西プロイセンの南半分をポーランドに譲渡という形になったような……そうでないような……

 牛男は曖昧な記憶をほじくり出すが、やはりうまく思い出せないでいた。

 

「牛男さん、私個人としてはドイツの領土喪失についてもはや思うところはないんですよ。むしろ日本とここまで親密になれてお釣りがくると密かに思ってます」


「は、はあ」


「このことは秘密ですよ」


 ハインリヒはお茶目に舌を出して牛男に釘をさす。牛男はハインリヒの気遣いに感謝しつつ、笑顔で彼に頷きを返すのだった。


「日本とチリのパートナーシップが結ばれて、南米の太平洋側の諸国は戦々恐々としているようですね」


 微妙な空気になってしまったことを感じ取ったハインリヒは話題を変え、日本とチリについて牛男に話題を振る。


「ええと、親しくすることに問題があるんですか?」


 牛男は何故太平洋側の南米諸国が沸き立つのか良く分からないでいた。みんな仲良くすればいいだけじゃないかと彼は首を傾げる。

 

「牛男さん、南米諸国は隣国同士で戦争を繰り返してるんですよ。ペルーとエクアドルのように」


「なるほど……日本の支援を受けてチリが巨大化すると他の南米諸国に襲い掛かるかもしれないってことですね」


「ええ、そうです。日本ならチリの戦争行為を許しはしないでしょうが」


 ハインリヒは日本と関わった諸国に思いを馳せ、日本は戦争を許さないことが容易に想像がつく。チリが不用意な動きを行えば……即座に日本が抑え込むだろう。

 日本がもしチリを叩いたとして、他の南米諸国はチリに手を出せるのかというと……不可能だとハインリヒは結論つける。

 チリが弱った隙に攻め込もうと画策したとしても、彼らに協力する大国が存在しないからだ。日本はこれまで世界中で平和共存へ尽力してきた。大国間の協調にも日本は率先して行動を起こして来たから……日本に敵対しようとする大国は現れないだろうと彼は確信している。

 もし、日本と他の大国との戦争になったとしたら……独墺は確実に日本につくだろうし、イギリスも日本寄りだろう。アメリカは日本と太平洋における防衛パートナーシップ、巨大な対日貿易額……満州とアメリカの間には日本があるという地理的問題などで日本と敵対するより友好的に接する道を選ぶだろう。

 フランスはアフリカ地域で日本を抱き込んで植民地の独立政策を実施している。巨大な費用をかけたアフリカ独立プロジェクトをフランスが水泡に帰すことを選ぶとは思えない。

 ソ連はどうか……ソ連は今の政権が成り建てたきっかけが日本とロシア公国にあり、日本と敵対したとしたら孤立無援になる。勝ち目がない勝負を彼らはしないだろう。

 

 ……ここまで考えてハインリヒは笑い出してしまう。日本と他の大国と考えたが、他の大国が無いじゃないか。

 

「どうしたんです? ハインリヒさん?」


 突然笑い出したハインリヒへ牛男は心配そうに声をかける。

 

「いや、牛男さん。チリと日本のことは心配することはありませんでした。私の杞憂です。忘れてください」


 ハインリヒの言葉に牛男はなんのことか全く分かってない様子だったが、ハインリヒがそう言うので牛男も気にしないことを決めたのだった。

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