第119話 外伝24.1954年 南米 ブエノスアイレス
――1954年 アルゼンチン ブエノスアイレス 日本のとあるスカウトマン
アフリカの一部地域を除き世界的に平和を
日本のとあるプロサッカーチームのスカウトマンは、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れていた。
経済的になかなか立ち直れていないアルゼンチンだが、世界恐慌前だと経済力があり、非常に優秀な国だった。世界トップテンに入るほどの経済力を誇っていたアルゼンチンは、世界恐慌で大打撃を受け政治的な混乱がそれに拍車をかけ転落していく。
世界恐慌から抜け出すために、イギリスのブロック経済圏に入ることを模索したアルゼンチンの代償は大きかった。多大な代償を払い、イギリスの属国のようになってまでしてイギリスのブロック経済圏に入ったのは良かったが、アルゼンチンの目論見は淡くも崩れ去る。
イギリスのブロック経済圏に入っても自国経済のモノカルチャー化した産業が変わることが無く、競争力のある商品を輸出できなかったため、アルゼンチン経済の立て直しは大失敗に終わる。
これにはイギリスのブロック経済圏の立ち直りが早かったことも原因の一つではあるが……イギリスに譲歩をしブロック経済圏に入れてもらったアルゼンチンは、ブロック経済圏の余りにはやい立ち直りについていけず、商品の国際競争力がつく前にイギリスが立ち直ってしまい、逆にアルゼンチン国内はイギリス製品の氾濫で不況に拍車をかけてしまったのだった。
一方、イギリスは東南アジアやインドに資本投資を注力していたため、アルゼンチンに対し大きなアクションを取ることも無かった。イギリスは自国の植民地に対しては注力したが、そうでない国を援助する余裕は当時なかったのだ。
こうして混迷を極めたまま世界恐慌から十年の時が過ぎ、元軍人の大佐が政権を握るとようやく政治は安定を見せ始める。とは言え……強権的な軍事政権の様相が強かったが……
大佐の政権は経済復興計画を実施し五年が過ぎようとしているが、目に見えた効果はあがっていない。相変わらずモノカルチャー経済を抜け出せておらず、他国に比べ品質で劣っているから輸出が不調のままだった。
ブエノスアイレスは南米でも屈指の規模を誇る都市だが、治安が非常に悪い。銃声の飛び交わない日が無いと言われ、強盗や殺人も日常茶飯事である。
そんな都市に日本のプロサッカーチームのスカウトマンは訪れたわけだが、目的はもちろんサッカー選手のスカウトなのである。ブエノスアイレスには世界的に有名なサッカークラブがあり、世界各国から有力選手を見にスカウトマンが訪れる。
治安が非常に悪いブエノスアイレスであっても、サッカーのユニフォームを着たスカウトマンとなると話は別だ。
ブエノスアイレスではサッカーが超人気で、ブエノスアイレスをホームに置くサッカークラブも同じくブエノスアイレスに住む人にとっては世界へ自慢する誇りと認識されていた。その素晴らしい選手が世界に出るきっかけになる他国のスカウトマンはギャングでさえ手を出してこない。
スカウトマンの方も自身の所属するチームのユニフォームを着ることで、ブエノスアイレスの市民に一目見て自分たちの立場が分かるように配慮した。今ではすっかりユニフォームを着た外国人はスカウトマンという認識が広まり、治安の悪いブエノスアイレスでも比較的安全に行動することができるようになったというわけだ。
日本のスカウトマンは通訳と共に空港から直接タクシーでサッカークラブに向かう。日本の千葉県にあるサッカークラブのユニフォームを見た運転手は興味津々といった様子で日本のスカウトマンに話かけてくる。
「どのポジションの選手を見にきたんですか?」
運転手の問いかけに、日本のスカウトマンは即答する。
「ユースの選手を探しに来たんですよ。若い素質のある選手をうちのクラブで囲みたいんです」
「おお。ユースですか。アルゼンチンの選手は若いうちから活躍する選手が多いですからね!」
運転手は自慢げに自国のサッカー選手を誇る。
日本のサッカークラブには外国人枠があるのだが、円経済圏の国……サッカーの強い国に絞るとドイツ、オーストリア連邦、トルコの三か国については外国人枠が無い。最近ではイタリアも外国人枠から外れてしまった。
日本のサッカークラブではこの四か国の選手が溢れ、凌ぎを削っている。国別のサッカーレベルを比較すると……現在は「マジックマジャール」擁するオーストリア連邦がトップだろう。
次に続くのはドイツ……南米諸国も上位に数えられていてブラジル、ウルグアイが強国と認識されている。
アルゼンチンはどうか? 正直ブラジルやウルグアイに比べると劣るが、スカウトマンはアルゼンチンにある熱狂的なサッカー熱に目を付けたのだ。これだけ国民的にサッカーが愛される国ならば、必ず強い選手が生まれてくるはずと彼は思う。
しかし、成熟した選手では現状他国に比べて劣るだろう。ならば、若い選手から発掘しようというわけだ。
彼のクラブは独墺だけでなくトルコの選手ももちろんいる。しかし、南米選手というのは欧州の選手と体の動かし方が違うので、外国人枠の限り確保しておきたいというのが本音だ。
他のクラブではスペインやカタルーニャ、フランスなど欧州諸国の選手で外国人枠を埋めるチームももちろんいるが、毛色が違うという点で彼は南米選手を推している。
さて、我がクラブの将来を担うユースの選手はいるだろうか? 彼は期待に胸が高鳴りながら今か今かとサッカークラブに到着するのを待っていた。
「着きましたよ! 必ずいい選手はいますよ。なにしろブエノスアイレスのクラブはアルゼンチンで一番ですからね!」
運転手はウインクして、車の扉を開ける。
日本のスカウトマンは運転手に礼を言うと、通訳と共にクラブハウスに向かう。
スカウトマンがクラブハウスの前に来ると十代半ばほどの少年とコーチが彼を待っていた。
コーチが語るに、この少年は日本へ行きたいと強く望んでいるとのことだった。しかし、クラブの総監督はこの少年を手放すことを渋っているらしい。
スカウトマンが少年の体躯を一目見たところ、彼はすっかり気に入ってしまい、実際に少年のプレイする姿を見せてもらった。
ますます少年に惚れ込んだスカウトマンは、クラブの総監督と交渉を行いレンタル契約という形で日本に三年間放出することで折れてくれた。
こうしてこの少年は千葉のサッカークラブのユースチームでプレイすることになったのだった。彼は後にアルゼンチン代表まで登りつめたという。
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