第116話 外伝21.1951年 先進国会議
――イギリス ロンドン 田中外務大臣
イギリスのロンドンで先進国が集まり外務大臣級会談が行われていた。参加国はイギリス、フランス、ドイツ、オーストリア連邦、イタリア、ソ連、ロシア公国、日本、アメリカ、トルコの十か国になる。
先進国はトルコへオブザーバーとして参加してもらうよう要請を行い、トルコが快く引き受けたため十か国での開催となった。
トルコを招いた理由は今回の議題にある。世界各国に植民地を持っていたイギリス、フランスをはじめとした元列強諸国は、各地の植民地を独立させてきた。その際に被植民地諸国へ独立の条件として提示し、譲らなかった条件が一つある。
それは、「世俗化」である。
独立に際し宗教的な身分制度や習慣を法律に取り入れることを英仏は許さなかった。この背景には英仏だけでなく、他の先進諸国もこれを強く求めたという事実があったからだ。
人権や倫理の問題を先進国は声高に主張しているが、どの国家も「裏の事情」のことはもちろん理解している。それは、宗教による私刑、女性参政権の阻害、身分制度、民族差別は国の平和的発展を阻害し、「経済活動」に影響を及ぼすことである。
トルコの協力もあり、イスラム教が多数派である国家については思ったよりスムーズに「世俗化」を達成することができた。東南アジアの元オランダ領インドネシアもイスラム教徒が多数派の地域であり、トルコの影響度が全くない地域だったが、こちらもあっさりと目的を達成することができた。
イギリスが苦労したのはインドで、長きに渡る宗教観による身分制度の壁は厚く、イギリスは相当な強権を振りかざし法制度を整備し独立した現在においてもイギリスは、インドに法律が守られているのかを監視するために監視委員会を設置し経過を見守っている。
インドは一区切りがついたが、先進国の悩みは尽きない。彼らが頭を悩ませる地域とは、西アフリカ、中部アフリカである。これらの地域は長期に渡り、教育、インフラを整えて行くことを各国で再確認する。
初日の会議終了後、日本の田中外務大臣は英国保守党の外務大臣と会食を行っていた。
「お招きいただきありがとうございます」
田中外務大臣は招かれた高級ホテルのレストランの前で迎えてくれた英国の外務大臣と握手を交わす。
驚いたことに、英国の外務大臣は田中外務大臣と握手を交わす前に「お辞儀」を行う。慌てて田中外務大臣も「お辞儀」をしてから、お互いに握手を交わすことになった。
「ようこそおいでくださりました」
洗練された仕草で田中外務大臣を中へ案内する英国の外務大臣。
「まさか、伯爵が自ら出迎えていただけるとは思ってもみませんでした。それにさきほどのお辞儀、正直驚きましたよ」
「上手くできていましたか? 我が国の経済学者が存命中にやり方を聞いたんですがね」
「かの経済学者殿は我が国でも人気なんですよ。亡くなられたのは非常に残念です」
田中外務大臣はかつてロンドンで会食を行ったイギリスの経済学者のあのときの様子を思い浮かべ、口元に笑みが浮かぶ。
あの時の経済学者殿の喰いつき方は凄まじい物だった……田中は過去を懐かしむ。
「もう五年になります。彼が亡くなってから……」
「寂しくなりましたね……」
二人は少ししんみりした気持ちになりながら、席につく。
先に口を開いたのは田中外務大臣だった。
「伯爵、イギリス連邦は好調なようで何よりです」
「いえいえ。これも日本の協力があったからこそですよ。東南アジアから始まり、今はアフリカでも協力いただいてますからね」
二人はお互いに褒め合い、なごやかに紅茶を楽しむ。
二口ほど紅茶を飲んだところで、田中外務大臣の顔が少し曇る。敏感に彼の表情を見て取った英国の外務大臣は彼に声をかける。
「どうされました?」
「いえ、南米の政治状況をふと思い出しまして……」
田中は世界の紛争の縮図と言われる南米大陸を思い出し、ため息をつく。南米大陸は欧州大戦以前から独立を達成しており、列強が強権を振るえる環境ではなく南米の国家はそれぞれ独自路線を歩んできた。
しかし、国内の治安が安定する国は少なく、隣国と戦争をはじめる国も後を絶たない。戦争にまで発展せずとも、常に隣国との国境線問題を抱えており、対立が深刻化している国もある様子なのだ。
アメリカのすぐ南にある中米地域はアメリカの影響力が強く、南米ほど酷い対立構造になってはいないが地域全体が平和共存できているとは言い難い。
「南米は独立国家の集まりですので、手を出すにも慎重に行く必要がありますね」
英国の外務大臣も南米の状況に暗い影を落とす。彼は南米大陸の混沌とした様子を人事だと思うことはできない。欧州だって欧州大戦が勃発し戦争を行った。ヴェルサイユ条約のかじ取りを一歩謝っていれば、欧州は南米以上の戦乱の時代になっていたかもしれないと彼は考える。
英国が欧州の平和へ貢献したことは間違いないが、最も貢献した国となると……日本だろう。
ドイツとオーストリア連邦だけでなく、日本経済圏に組み込まれた国の経済発展を横目で見ていた英仏は、自国の植民地政策へ日本のやり方を応用しようと考え始める。
そして、英仏は植民地政策の大幅な政策転換を行い、新たな利権構造を作り上げたのだった。植民地政策の転換は英仏の思惑どおり、以前の搾取型植民地政策より遥かに多くの利益を回収できている。
「南米、中米、南アフリカ……少しづつ良くなってきてくれればいいんですが」
「そうですね。いずれ……そういえば田中さん! 日本の宇宙開発について聞かせてください」
英国の外務大臣はあからさまに話題を切り替えるが、田中もこれ幸いとばかりに彼の話に乗っかる。
「日本は月に人類を送りますよ!」
「それは剛毅ですね。日本の夢を追う姿勢を私は大好きです」
今は夢物語と言われることでも、日本なら本当に実現しそうだ……英国の外務大臣は日本とのパートナーシップを強化するべきだと強く思う。
彼らの宇宙ビジネスは近いうちに形になるはず。実現してからでは遅い……今から手を打っておかないとな……英国の外務大臣はそんな考えを露ほども見せず田中に笑いかけるのだった。
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