第114話 外伝19.1953年 上海共和国

――1953年 上海共和国 とある大学

 中国大陸は清朝が崩壊し、国民党が指導する中華民国が成立する。しかし、国内は国民党の安定政権にはならず軍閥、中国共産党が入り乱れる群雄割拠の時代に突入した。

 日露戦争が起こり、日本から満州利権を受け継いだアメリカが満州へ影響力を持つことになった。中国大陸でソ連、アメリカ、イギリス、フランスがパワーゲームを行った結果、ソ連共産党の影響を強く受けた内蒙古ソビエト共和国、東トルキスタン、中華ソビエト共和国が成立する。

 対するアメリカ、イギリス、フランスの三か国によってチワン共和国、チベットが成立し、中華民国も米英仏の支援を受けることになる。

 

 この後いくつかの戦争が行われ勢力範囲は変化していくものの、最終的に1944年に引かれた国境線で、中国大陸では九年間紛争が起こらずようやく安定を見せている。

 

 モンゴル社会主義共和国ではソ連の穏健社会主義政策の影響を受け、ソ連だけでなく、ロシア公国との結びつきも強め、規模は大きくないものの少しずつ経済力をつけてきている。

 元中華民国から分離独立した内蒙古ソビエト共和国と東トルキスタンは機械化が進んでおらず、天候に恵まれなかったり災害が起きたりすると深刻な食糧不足に陥ることがある。1930年から1950年にかけて都合三度の食料危機に陥ったが、全てソ連の援助によって乗り切っていた。

 そういった事情もあり、この二国はソ連の強い影響下にある。

 華北を支配する中華人民共和国は首都北京を中心に経済発展を続けているが、都市部以外は舗装道路もほとんど整備されていないくらいであり、満州国に追いつくにはまだまだ時間がかかりそうな見込みである。

 

 満州国は元中華民国系国家としては一番のGNPを持ち、軽工業と原油の輸出が基幹産業となっている。アメリカの影響が大きく、首都長春にはアメリカ企業のビルが軒を連ねる。満州国は建国以来複数政党制の民主主義国家であるが、国内で暴動が起きることも無く非常に安定していることが、トップのGNPを持つに至った大きな理由の一つだろう。

 来年イギリスから独立を予定している香港は面積が狭いながらも、二番目のGNPを持つ国になった。特に金融業が盛んで、中国大陸では例外的に日本企業も多く進出している。

 華南という一番条件の良い領土を保有している中華民国は、民国党の一党独裁体制を廃止し、複数政党制を採用する民主主義国家となった。戦乱も多くあったが、1944年以降内戦も起きていない。

 この九年間でようやく安定を見せ始めていたが、長い戦乱の爪痕は大きく、英仏米の支援を受けつつ低賃金を活かした輸出産業が基幹産業となり、四番目のGDPを持つまでになった。

 その中華民国にGDPが僅差ではあるが上回る国が、1944年に成立した上海共和国であった。 沿岸地域の強みを活かし、狭い地域ながらも中国大陸で唯一重工業まで発展している。急速な発展を遂げた為、アメリカとイギリスから公害に対する甘さを指摘されている。

 上海共和国は米英の強い影響下にあるので、今後、公害対策をきっちり行っていかざるを得ないだろう。

 

 チワン共和国は南部にあるベトナム社会主義共和国を警戒していたが、統一ソ連が成立し穏健路線に転換すると、ベトナム社会主義共和国も態度を軟化させチワン共和国との国交が開かれることになった。

 内陸部のチベットは資本主義国家中最下位のGDPではあるが、国境問題も抱えておらず非常に安定し、平和を謳歌おうかしている。

 

「いかかがでしょうか? 教授?」


 上海共和国の大学の一室で、生徒はお伺いをたてる。教授は彼のまとめた中国大陸のここ数十年の概要を記載したレポートを静かに読んでいる。

 

「うん。良く書けていると思います。先進国との関わりをもう少し付記した方が分かりやすいと思いますよ」


 教授は柔和な笑みを浮かべ、生徒にレポートを返却する。

 

「先進国との関係性ですか……なるほど」


 自身の書いたレポートに目を落としながら、生徒は中国大陸と先進国の関係性を思い浮かべる。

 日本は日露戦争以降、満州に大使館を置いてはいたが、結局中国大陸に対し何ら政治的な発言をすることが無かった。満州と上海共和国に影響力を持つアメリカは、日本の南にあるフィリピンにも強い影響力を持つ。

 日本は東南アジアの諸国と強い関係性を持っているので、勢力圏だけを見るとアメリカと日本は衝突する可能性を持っているように思える。

 しかし、現実は全く異なり、日米関係は非常に良好だ。アメリカは広い国土と世界トップの農業技術を持ち、高品質、低価格の食料品が世界を席捲せっけんしており、工業品においても日独に技術力は一歩劣るものの、一つ型落ちの工業製品に絞り込みそれを大量生産することで、日独に比べ格段に安い価格で世界に工業製品を輸出している。

 

 日米の主力輸出品は一部の項目で競争関係にあるものの、両国は深刻な輸出競争とは無縁であり、むしろお互いに足りない部分を輸出入し合っている。

 香港、チワン、チベット、中華民国に強い影響力を持つイギリスは日米と良好な関係を築いており、日本とは東南アジア、アフリカ、中東と世界各地でパートナーシップを結び、脱植民地政策を推し進めて来た。

 中国大陸北部の共産圏国家群はソ連と良好な関係を築き、ソ連の穏健な社会主義政策を模倣し周辺諸国と融和する政策を取っている。

 

 改めて中国大陸事情を顧みてみると、平和、共存の体制が出来上がっているのではと彼は思う。

 

「さっそく考えているんですね。感心感心。中国大陸はかつてないほど平和安定の時代を迎えています」


 考え始めた生徒に声をかける教授。

 教授の前で考えにふけってしまったことを恥じて赤くなる生徒であったが、教授の言う通り中国大陸は近年まれにみるほどの平和な時代を迎えていることは確かだ。

 

「不思議なものですよね。一国が支配するより多国に分裂し平和な時代になるなんて」


「そうですね。過去の歴史を振り返ってみても、分裂した国家群は中国大陸を統一しようとお互いに争ってきましたからね」


「先進国間の押し合いもありましたが、結果的にいい方向に流れましたね」


「このまま各地が発展して行き、二十一世紀を迎える頃には中国大陸がどうなっているのか楽しみですね」


 教授はそう締めくくると、生徒は彼に礼をし教授の部屋から立ち去る。生徒の目には将来の中国大陸への希望が溢れていたのだという。

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