第113話 外伝18.ミレニアムジャパン
――1999年 とある小学校
彼自身、子供の時から宇宙に憧れ宇宙飛行士になったので、夢を持つ子供に向けて講演することには積極的だ。子供の為の講演となると彼はギャラを貰っていない。もちろん、今回の講演もギャラは無しだ。
正直なところ、彼は公の場でギャラをもらって講演するより、こういった小学校で子供の質問を受けながら講演するほうを好ましく思っている。
日本の宇宙開発は世界最先端をずっと走っている。日本独自開発の分野もあるが、多くの事業はドイツと共同開発を行っている。日本が月へ人類を送り込む計画「竹取計画」においてもドイツの協力があってこそ実現できたと言えよう。
日本の宇宙開発関連の開発予算は世界トップをひた走り、国民の支持を得ている。宇宙開発事業の最先端は日本、次に続くのがドイツ、少し離れてソ連で、その後ろがアメリカといったところだ。
アメリカの世論は宇宙開発より他のことに予算をさくことを要求しており、日本ほどアメリカ国民の関心が宇宙にはない。アメリカが本気で開発に取り組めば日本とてうかうかしていられなくなるかもしれないが、現状はアメリカが日本に追いついて来ることはないと見られている。
ソ連は社会主義国の強みを生かし、きっちり宇宙開発に予算を割いているが技術力で日独二か国にまだまだ追いつけていないといったところだ。この四か国が単独で人類を宇宙空間へ送ることが可能である。
彼は一番元気よく手をあげた小学校高学年の男の子を指さす。
「月面都市フォン・ブラウンの様子を聞かせてください!」
子供の関心は月面都市フォン・ブラウンにあるようで、質問をした子供の目はキラキラと輝いていた。
月面都市フォン・ブラウン建造計画は1990年からプロジェクトが開始され、日独が計画を発表すると計画に参画したいと手をあげる国が殺到し、潤沢な予算が集まる。
月面都市の名前はドイツの偉大なるロケット開発で貢献した学者の名前から取られた。彼は自身の名前が選ばれたとき、日本人の名前にするべきだと主張したが、日本側はそれを謝辞し月面都市フォン・ブラウンの名前が決定した。
こうして1990年から宇宙船で資材の運び込みが始まったわけであるが、とにかくコストがかかり資材搬入は困難を極めた。しかし湯水のように資金を投入し人類が居住可能な月面ドームが1998年にようやく一つ完成したのだった。
ドームワンと名付けられたこの施設は、最大十人の人類を抱え込むことが可能であるが、低重力による健康被害が懸念されるため滞在期間が決められている。
ドームワンには遊び心で牛丼チェーンの看板とハンバーガーチェーンの看板が設置されている。もちろん、看板を提供した企業からは資金援助を受けている。月面の様子はテレビでも良く放映され、人気番組になっている。
最近は国だけでなく、企業からタイアップの依頼が多くなっており、目下ドームツーの建造を推進しているところである。
「……といった感じで進んでます」
「宇宙ステーションと軌道エレベーターについて教えてください!」
宇宙ステーションは地球軌道上を回る人口建造物で、最大五名の宇宙飛行士を収容することができる。ここでは、宇宙でしかできない研究や様々な測定、観測が行われている。将来的に軌道エレベーターが完成すれば役割を終える予定になっている。
軌道エレベーターは南洋諸島沖で建築を行おうと研究開発が行われており、2020年までには建造を開始する予定の長期プロジェクトになる。軌道エレベーターはその名の通り、地球から地球の静止衛星軌道までを繋ぐエレベーターで、完成すれば宇宙空間へ手軽に出ることが可能になるし、地球から物資を宇宙へ送るコストが大幅に軽減される。
軌道エレベーターが完成すれば、月面都市が急速に拡大し、人類を宇宙空間で居住させるスペースコロニーも建築可能になるかもしれない。
軌道エレベーター建築計画は次世代に多大な影響を与える巨大プロジェクトなのだ。軌道エレベーターが人類に与えるインパクトは月面都市の比ではないだろう。
「……そういう理由で、軌道エレベーターは私達人間にとって大きな可能性を秘めています」
子供たちの興味は尽きる事を知らず、予定された時間を大幅に過ぎても子供たちの手がたくさんあがっていたという……
そうか……もう来年なんだな……彼は心の中で独白し、来年開催されるオリンピックについて思いを馳せる。
2000年、20世紀最後の年のオリンピックは東京で開催される二度目のオリンピックとなる。オリンピックを来年に控え、東京ではオリンピック熱が高まっている。街のそこかしこでオリンピック関連の広告が並び、自販機のドリンク類にまでオリンピックの字が躍る。
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