第112話 外伝17.サファリパーク
――1952年 富士山付近 牛男
牛男は静岡県庁の職員に招かれ、動物園建設の相談を受けていた。この頃になると牛男は動物園や水族館といった生き物を扱う環境産業界ではちょっとした有名人になっており、南洋諸島や沖縄……そして今回は静岡県庁に招かれている。
県庁の職員から褒められると彼は非常に微妙な気持ちになってしまう。余り大っぴらに言うわけにはいかないが、水族館の建築を提案したのは自身の「美しいサンゴと魚を飼育したい」という欲望からだし、動物園にしてもリクガメを飼育できる環境が欲しかったからだ。
その後、ハインリヒに連れられて様々な動物を日本へ輸入したが、これも牛男は自身の功績だとは思っていない。
最大の功労者は牛男を誘ってくれたハインリヒであり、輸入にお金を出し交渉してくれた日本のスタッフだと彼は思っている。
そういった事情があるから、牛男は手放しに褒められると自身で少し納得できないところがあるというわけだ。何もしてこなかったわけではないが……そこまでの実績をあげているわけではないから、彼は少しモヤモヤするといったところだろうか。
静岡県庁から牛男が受けている相談とは、富士山付近にサファリパークを建造する計画があり、アフリカへ行ったことのある彼に意見を求めたいということだった。
「牛男さん、アフリカのサバンナを再現できればと思っているんですよ」
県庁の職員は熱っぽく牛男に構想を語るが、牛男は正直難しいとも感じている。大規模なパークの整備をしなければならないだろうなあ……と彼は考える。
「サバンナのような環境をつくるのは大変ですよ。林を生かして東南アジアの熱帯雨林の再現も良いかもしれません」
「なるほど……子供に人気のキリンと象をぜひ飼育したいんですよ」
「キリンならある程度狭いところでも飼育可能ですので、柵で囲って飼育すれば大丈夫と思います。象はアジア象でどうですか?」
「さすが牛男さん! 生態を良く分かっていらっしゃる」
「アジアの熱帯雨林でしたら、虎やヒョウがいますね。あ……」
「どうされました?」
「高地に生息する動物になりますが、ユキヒョウとかカッコいいですよ」
「おお。環境と相談してユキヒョウも視野に入れてみます」
静岡県庁の職員は相当な動物好きなようで、話出すと止まらない様子だった。牛男も彼と同じく動物が大好きなので、二人は長時間熱っぽく語り合っていたという。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 久しぶり! 引退したエッセイストの叶健太郎だぜ。飛行機や電車が整備されて、手軽に遠くまで観光に行けるようになったよなあ。
そのせいか、日本国内で観光客を取り込もうと、郊外では観光産業が盛り上がってきているんだぜ。
都市部に近い地域では車や電車で手軽に行くことが出来るのが強みだな。水族館や動物園、プラネタリウムなんかが人気だな。都市部だって負けちゃあいないぞ。映画館や博物館が人を集めている。
そうそう最近の家族連れに人気なのは、複合施設と呼ばれる巨大な郊外型の専門店街だ。日用品から食品、衣類に至るまで様々な専門店が集まって一つの施設になっている。併設された子供向けのちょっとした施設も人気の理由だ。
ポニーに乗れたり、ゴーカートがあったり、ウサギなどの小動物と触れ合いができたり……と各地で工夫を凝らしているようだ。
ここ数十年で科学技術の発展が目覚ましいんだが、観光施設にも技術革新の影響が如実に出てきている。目覚ましいのは水族館だな。飼育できる魚の種類も増えて、長期飼育も可能な種類も増えて来た。イルカなどの海生哺乳類の人気も手伝って人気施設になってきたよな。特に台湾の水族館は人気があるぜ。
俺の好きな施設? ああ。屋内型プールは好きだな。寒い冬にも水着でプールに入れるし、海のように波が押し寄せるプールがあったり、ジェットスライダーっていう大きな滑り台みたいなのが目玉施設になるんだ。
え? ジェットスライダーで滑ったりするのかって? いやいや、もう俺は歳だしさ。腰の調子もよくないから、プールサイドで寝そべって冷たいドリンクを飲みながら、ゆっくりした時間を過ごすのがいいんだよ。
冬に夏の気分が味わえるって最高じゃないか? 水着が見たいだけだろうって? 失礼な。そんなわけないだろう。全くけしからん。
話変わって、今年は国際地球観測年になっているのは知っているか? 北極の観測所や各国の気象台が協力して地球の地磁気、大気、氷、オーロラなどの観測を行った。地球環境の観測に世界中の注目が集まる。
地球環境に注目が集まったことで、地球環境と生物についても関心が高まったんだ。乱獲や開発による自然環境の破壊によって、いくつかの種が生息数を減らしているとの調査結果もあがってきて、世界各国で環境保護や生息数が激減している生物の保護活動が活発化してきている。
便利な社会になってきたが、地球は俺達人間だけのものじゃないと考え直すきっかけになったようだな。
日本でも化学物質や化石燃料がどれほど環境に影響を与えるのか調査を行っていて、既に定められている環境基準の見直しを検討していると発表があった。自動車排出規制とか記憶に新しいが、新しく規制が入るのは確実だろうな。
※おまけ
この磯銀新聞のエッセイを読んだ遠野は叶健太郎に会った時に尋ねる。
「叶さん、ブールが好きなんですか?」
「ああ。そうだけど?」
「海も好きでしたよね?」
「ああ。そうだな」
「今度、取材も兼ねてご一緒してくれませんか?」
「プールに?」
「はい! そうです。ジェットスライダーというのを試してみたいです」
「そ、そうか……俺はプールサイドにいるから、楽しんでくれ」
叶健太郎は遠野に言えないでいた。一人で行かないプールなんて、行く意味がないと。遠野はけしからん体をしているが、元同僚だから楽しめないのだ。
彼は遠野に付き合うことはそれほど嫌なわけではないのだが、一人で楽しむところは一人で楽しみたいと彼は考えている。
張り付かれると、彼の大好きな観察ができない! いっそジェットスライダーでポロリでもして、二度と行かないとか言ってくれないものかと叶健太郎は少しだけ願うのだった。
そんな暗い気持ちがあったからか、「そろそろ、いい男見つけてそいつと行けよ」と叶健太郎は喉元まで言葉が出かかってしまったが、慌てて口を塞ぐ。
「どうかしましたか?」
何も気がついていない遠野が叶健太郎に首を
「い、いや何でもねえから!」
危なかった……もう少しで血を見るところだったぜ……叶健太郎は心の中で独白し、ホッと胸を撫でおろすのだった……
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