第109話 外伝14.世界一選手権 過去

――1950年頃 叶健太郎 過去

 叶健太郎は元後輩の遠野から誘いを受けていた。何やら食べ物の「世界一決定戦」を行うから来てくれというのだ。彼女は世界中のうまい食べ物を集めたから一緒に食べましょうと彼を誘う。しかし、「決定戦」という割には、叶健太郎と遠野しかいないわけだが……

 叶健太郎は磯銀新聞本社の会議室に心を躍らせながら向かっていた。一体どんなおいしい食べ物が集まっているのか彼は楽しみにしていた。

 

――楽しみにしていたのだ……

 遠野はウキウキした様子で叶健太郎を会議室に迎え入れ、彼も同じ気持ちで会議室に入った……

 

 机に所狭しと並んでいた食べ物は……全て、全て甘い物だったのだ! 叶健太郎は甘い物が嫌いなわけじゃない。しかし、世界からおいしい食べ物を集めたと聞いていたから、まさか甘い物だけだとは思ってもみなかった。

 

「叶さん! 食べましょうか」


 遠野は上機嫌で叶健太郎に並べられたお菓子を指さすが、既に叶健太郎のテンションはガタ落ちである。この大量に並んだ甘い物を全部食べるのかよ……彼は戦々恐々としながらも椅子に腰かける。

 叶健太郎は考える。この量を半分に分けたとしても……途中で胸やけすることは確実! ならばどうするか……

 

「これ、全部食べるのか?」


「はい! 全部食べましょう。どれから行きますか? 日本のものはいくつか準備してますよ」


 上機嫌の遠野は京都名産と書かれたメモが乗った皿を手に取る。よく見てみるとお菓子は全て皿に乗っており、全てどこのお菓子なのかメモが記載されているのだ。


「遠野。これ全部一人で集めて準備したのか?」


「はい! そうですよ。叶さん」


 何でもないことのように遠野は言うが、この量を一人でとなると……どれだけの時間を費やしたのか。彼はここまでされたら食べるしかないと達観しまずは京都名産の抹茶風味の羊羹から食べることにした。

 

――三十分後


 叶健太郎は後悔していた……何故俺は先に日本のお菓子から食べたんだろうかと。外国のお菓子は甘い! 日本とは比べものにならない!

 彼はホワイトチョコレートのたっぷり乗ったバウムクーヘンをほおばり、遠野の様子を見る。彼女は変わらずニコニコと笑顔でバウムクーヘンをほおばっているじゃないか。

 

 残りはあと二つか……アメリカの毒々しい青色をしたショートケーキと、オーストリア連邦のザッハトルテというチョコレートをチョコレートでコーティングしたようなケーキ。

 

「と、遠野。もう限界だ……」


 見るだけで胸やけしそうな二品に叶健太郎はため息をつく。

 

「またまたあ。これくらい大丈夫ですよ」


 遠野はけしからん胸をそらし、叶健太郎の肩を叩く。こ、この女……底なしか……彼はまたしても戦慄してしまった。

 遠野に笑顔で迫られた叶健太郎は意を決して、青色のケーキを食べる。

 

「あ、甘い! こいつは今のところトップの甘さだぜ……」


 遠野も青色のケーキを口に運び、「んー」と嬉しそうな声を出している。いや、これはおいしいとかの問題じゃねえだろ……叶健太郎は遠野の様子を横目で眺め、彼女の舌が理解できなくなっていた……

 最後にザッハトルテを無理やりのみこんだ叶健太郎は無糖のブラックコーヒーを数度おかわりし、なんとか舌を落ち着かせた。

 

「叶さん。トップスリーを決めましょうよ!」


 ウキウキしている遠野だが、叶健太郎は正直もう帰りたかった……

 

「そうだな……遠野はどうだったんだ?」


「そうですね……全部おいしかったですけど……」


 全部おいしかっただと! 叶健太郎は心の中で絶叫する。あの青いのもいいのか? 遠野の舌は大丈夫なのか心配だ……

 

「おいしかったけど?」


「和菓子が一番でしたよ。あんこの入った饅頭です。叶さんはどうでした?」


「んー。そうだな。たこ焼きかな」


「たこ焼きはここに無かったじゃないですか!」


 甘い物はしばらく見たくもない……叶健太郎は再びコーヒーを口に運ぶのだった。遠野はこれだけ食べて太らないのか不思議に思った叶健太郎は、つい聞いてしまおうと口を開きかけたが、あと一歩のところで思いとどまることができた。聞いたら大変なことになるのはいくら陽気な彼でも容易に想像はつく……


――叶健太郎の素敵なコラム

 よお。磯銀新聞番外編だ! 叶健太郎の素敵なコラムと称して磯銀新聞のスペースを少し借りてお届けするこのコーナー。一回限りで続かないからな! 

 日本は円経済圏を築き上げ、世界に名だたる経済大国となったわけだが、日本人は味の探求が好きな人が多いこともあって商社が先頭に立ち外国の料理や食材がたくさん輸入されている。

 日本でレストランをオープンさせる外国人もたくさんいて、ドイツ系のビールやソーセージが一時期流行したよな。最近は人気が無かったイタリア料理が盛り上がりを見せてきている。

 

 イタリア料理のレストランや既製品のパスタなんかはイギリスから輸入していたんだけど、イタリア人が「これはイタリア料理じゃねえ」って言って、イタリア人によるイタリアンレストランを始めたんだよ。

 これがもう評判でな。日本人もイタリアンレストランをオープンさせて、タラコやシソを使った和風パスタなんかも一般的になってきたんだよ。

 

 俺も遠野が集めてくれた世界各国の食材の食べ比べをしてみることになったんだけど、集まったのは全部甘いお菓子だったんだ。

 え? 何が良かったのかって?

 

 そうだな。三位はおでん、二位は焼き鳥、一位は味噌汁だ。

 お菓子じゃないじゃないかって? いや、もうな。舌が甘さで馬鹿になってしまって判定はできなかった。甘い物はほどほどが一番だよ。

 俺は無糖のブラックコーヒーがこれほどおいしいと思ったことはなかったぜ。一番衝撃的なお菓子はアメリカだろうな。青色なんだぞ。青色のショートケーキ。

 何入れたら青色になるんだよ! アメリカ人はまさかこれをいつも食べてるわけじゃないよな。そうだと言ってくれ。

 調査してくるから、調査結果が出たらまた報告するからな。

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