第110話 外伝15.宮様と軍制改革 過去
――日本 某所 宮様
賢者の生霊? が去ってから数日がたとうとしている。賢者の生霊を直接見た軍幹部は宮様のノートに記載される言葉の数々を納得できないながらも信じる姿勢になっている。陸軍の宮様と同じ宮家の一人もこの会議に出席していたから、彼ら二人でに陛下の元を訪れノートのことを奏上した。
陛下をはじめとした皇族は彼の言葉を信じてくれたようで、ノートに記載された内容を充分検討し事に当たるよう、彼は陛下よりお言葉をいただく。
ポーツマス条約はノートの内容を反映した条約となり、日本はこれまでの対外政策を捨て方針転換することとなる。驚いたことに、諸外国の動きがノートが予言した通りに動くのだ……彼はうすら寒くなりながら、推移を見守っていた。
アメリカがイギリスが……思ったとおりに動く……全てノートの手のひらの上で……彼は驚きより恐怖を感じていたが、時は彼に止まることを許さない。
方針転換後の日本の国是に合わせる為、陸軍と海軍に所属する全ての幹部が一同に会し、防衛計画の変更について協議が行われることになった。軍幹部は「賢者の生霊」に直接あっており、ノートが示す防衛計画に反対するものは皆無だった。
出席した者全てが、ノートにある種の畏敬の念を抱いており、ノートの言に従おうという態度が見て取れる。
これから議論されることは、「ノート前」では及びもつかなかった内容で、集まった幹部全ての顔がこわばり、緊張が部屋全体に伝わっている。
宮様は全員を見渡すと、日本の軍体制を根本から変革する案を議事進行役の中将へと手渡した。
「では、始めさせていただきます――」
中将の説明が始まると、集まった全ての人間が息を飲む。
陸軍大臣と海軍大臣を廃止し、軍全体を統括する国防大臣を内閣に置く。国防大臣の選出は内閣に一任し、現役軍人からは抽出しない。
「ご意見のある方はいらっしゃいますか?」
中将自身も余りにも衝撃的な内容の為、表情が固まっている。
宮様は冒頭でここまで疲労していて大丈夫かと少し心配になってきたが、誰も意見を述べようとしないので、中将に続けるように促す。
「では……続けさせていただきます。次に日本の防衛計画の大幅な変更……へ、変更に伴う軍組織のか、改革になります……」
書かれている文面を読んだのであろう中将は、宮様から預かった書類を取り落としてしまう。それを見た宮様は肩を竦め、落ちた書類を自ら拾い上げると壇上に向かう。
恐縮した中将は不敬を謝罪し処罰を受けることを宮様に告げるが、宮様は「不問に処す」と彼に返答し壇上から下がらせた。
宮様だって分かっているのだ……この案がどれほど衝撃的なものなのかを。ノートの言葉でなければ、皆激高し嘲笑っただろう……彼にはそれが良く理解できる。
だからこそ、幹部が全て集まったこの場で中将は、動揺し書類を取り落としてしまったのだ。誰も彼を責めることができないと宮様は思う。
壇上に立った宮様は改めて、全員を見渡し書類を手に取り読み上げる。
「日本の防衛計画は洋上防衛に徹する。洋上は哨戒と護衛を大幅に強化し、陸については樺太防衛に人数を割く。陸軍は樺太防衛軍以外は本土防衛に当たってもらうが、
事前に内容を知っていた宮様でさえ、言葉を紡いでいるとやたらと喉が渇く。その為、ここで一旦言葉を切り、コップに入った水を一気に飲み干した。
一方軍幹部は全員固唾を飲んで宮様を見守っている。
「軍は四軍制とする。従来の陸軍、海軍に加え、新たに空軍と海兵隊を設置し四軍の軍内における権限は同格とする。軍への命令は内閣総理大臣が握り、有事の際は国防大臣の統括の元、軍を動かす」
「文民統制ですか……?」
陸軍大将はあっけにとられたように言葉を発する。
「いかにも。陸軍は大幅に削減になるが、海兵隊と空軍に削減分を当てる。海軍は大型艦の数を抑え、哨戒船、小型艦、潜水艦を増強する」
「宮様。現状の人数では不足するかと存じますが……」
海軍大将は懸念点を述べる。
「大将の言う通りだ。軍全体の数は増えることになる。特に海兵隊は精鋭をもって構成したい」
この後は具体的に誰が責任を持ってそれぞれの組織構築に当たるかが協議され、朝から始まった会議は深夜にまで及んだという。それでも会議は終了せず、さらに二日かけてようやく概要が決定する。
軍の方針を内閣へ伝達し、内閣でも軍制改革案に驚きを隠せない様子であったが、「例の情報」だと告げると皆納得した様子であった。
仕事がひと段落した宮様は、落ち着いた雰囲気の料亭で、供の者を誰も連れずに一人、酒に口をつける。
「賢者殿、日本は生まれ変われますぞ。貴殿の案に誰一人反対意見を述べるものは最後まで出なかった……」
彼は軍幹部や内閣とは違う意味で
一番割を喰う陸軍であってもだ……彼は会議前に軍制改革を実現させるためにどれだけの説得が必要かと頭を悩ませていたが、思った以上に「ノートの情報」は信頼されているのだと改めて感じ入った。
「賢者殿、予言者殿。貴殿らの描いた日本の素晴らしい未来……私も見るのが楽しみだ」
宮様は窓から見える月に一人乾杯し、酒を口に運ぶ。今宵の月は満月で日本の今後の行く末を明るく照らしているようだった。
こうして日本の軍の在りようを抜本から変えてしまう軍制改革が粛々と実施されることとなる。この改革が吉と出るか凶と出るかこの時点では誰にも分からないが、改革した者たちは「必ずうまくいく」ことを確信していたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます