第108話 外伝13.オーストリア連邦 過去

――1950年 オーストリア連邦 ウィーン 用宗もちむね 過去

 用宗もちむねはヨーゼフに誘われオーストリア連邦へ来訪していた。

 前皇帝は自らの権限を放棄しオーストリア連邦を成立させたことで高い人気を誇っていたが、健康状態が優れないこともあり、1920年に退位したのだった。退位の際にはオーストリア連邦中で惜しむ声が溢れだしたが、最後まで地位にしがみつくことがない前皇帝を称える声も多く聞かれたという。

 現皇帝が即位してから今年でちょうど三十年がたとうとしている。そのため、世界各国からオーストリア連邦皇帝在位三十周年を祝う祝電が届いている。

 用宗もちむねは在位三十周年記念式典を見にオーストリア連邦のウィーンまでやって来たというわけだ。

 

 オーストリア連邦は欧州大戦の敗戦から誕生した国家になる。前皇帝が前面に立ち分裂の兆しを見せていた旧オーストリア=ハンガリー帝国領内の在りようを一新することで、オーストリア連邦として生まれ変わった。

 当たり前ではあるが、オーストリア連邦の成立に働きのあった者は前皇帝だけではない。前皇帝は自ら「民族平等」「連邦制」「皇帝は国の象徴であり実権を持たない」ことを真っ先に宣言したのだった。

 

 前皇帝の説得にあたった人物ももちろん存在する。オーストリア連邦外で最も連邦成立に積極的だったのは日本だったのだが、オーストリア連邦成立前の両国はそれほど親密な関係ではなかった。両国が親密になるきっかけは、欧州大戦後のパリ講和会議からであった。ここで日本はオーストリア=ハンガリー帝国の解体についてアメリカ、イギリスを巻き込み強硬に反対する。

 この動きに呼応するように前皇帝をはじめとした連邦派が動き、オーストリア連邦が成立したのだ。その後も日本は積極的に経済協力を行い、数年たつころに両国は非常に親密な関係となる。

 

 オーストリア国内には用宗もちむねも関わった日本語学校の数が年々増えており、オーストリア連邦内の日本語学習者の数も同じく増大している。

 オーストリア連邦は第一外国語、第二外国語を学校で選択するのだが、日本語は第二外国語ではトップ、第一外国語では英語についで二位になっていた。

 欧州系の話者が日本語を学ぶことはそれなりに困難であることを加味すると、オーストリア連邦で日本語は相当な人気を誇っていることが明白だ。

 余談ではあるが、ドイツでもオーストリア連邦と同じで第二外国語では日本語がトップ、第一外国語だと第二位となっている。しかしながら、ドイツ語と英語は近い言語であるから、外国語習得にかける学習時間だけに目をやると、日本語に費やす時間がトップになる。


 オーストリア連邦の特徴を語る上で外せないことが「民族平等」で、国の成立以来過剰なまでに「民族平等」を唱えてきた。多数の民族がひしめき合い、オーストリア=ハンガリー帝国時代には民族差別があったこともあり、そのことが原因で帝国内で独立運動が起こったこともあった。それゆえ、国の分裂をさけるためにも「民族平等」を死守する必要があったというわけだ。

 「民族平等」は法律で定められているのはもちろんのこと、教育の分野でも人権教育をきっちりと行っている。

 「民族平等」の恩恵は国外に住む民族にも影響を与えた。代表的な民族はユダヤ人だ。欧州内で宗教の違いと選民意識から敬遠されてきた歴史を持つユダヤ人は、欧州大戦後オーストリア連邦が成立すると多数のユダヤ人が移住した。その結果、ユダヤマネーがオーストリア連邦の経済を後押ししたことは想像に難くない。

 近年オーストリア連邦は白豪主義を掲げる南アフリカを激しく批判しているし、アフリカの民族問題をはじめ世界各国で起こる差別問題に対して首を突っ込んだりと差別問題には非常に敏感な対応を見せている。国の存在意義を揺るがす問題だから、オーストリア連邦も必死なのだろう。

 

 用宗もちむねとヨーゼフは皇帝在位三十周年記念式典を街路脇から眺めた後、近くのバーで余韻に浸ることにした。

 

「ヨーゼフさん。陛下の人気に圧倒されましたよ」


「オーストリア連邦皇帝は国民人気が絶大ですからね。熱狂する市民の熱気はものすごいものがありましたよね」


 用宗もちむねとヨーゼフはビールで乾杯し、先ほどのパレードに思いを馳せる。


「そういえば、ヨーゼフさん。モンテネグロがラブコールを送っているようですね」


 モンテネグロはセルビアモンテネグロとして一つの国となっていたが、モンテネグロは十年ほど前にセルビアから離脱し、オーストリア連邦へ参加したいと打診してきたことがある。

 しかし、セルビアとの関係性を配慮し、セルビアの合意が取れなければ交渉には応じないとオーストリア連邦はモンテネグロへ回答を行った。

 今年になってセルビアとモンテネグロは分裂し、セルビアへ配慮する必要がなくなったモンテネグロは再度オーストリア連邦へ参加を表明したというわけだ。

 

「モンテネグロはセルビアの支配を受けていましたからね。彼らは脱植民地の流れを受けてセルビアと分裂しましたから」


 ヨーゼフはビールを口に運びながら、用宗もちむねへ朗らかに応じる。

 

「モンテネグロはオーストリア連邦になるんでしょうかねえ」


 用宗もちむねはモンテネグロがオーストリア連邦に加入することによって、セルビアが騒ぎ出さないか心配だった。平和が乱れるのはオーストリア連邦にとって望ましくないだろうと彼は思う。

 

「セルビアはオーストリア連邦に手を出せませんよ。国力差が隔絶してますし」


 全く問題ないと言った様子でヨーゼフは肩を竦める。

 オーストリア連邦の経済規模はフランス本国と並ぶほどにまで成長している。フランスはフランス連邦圏として元植民地と経済圏を形成しているが、オーストリア連邦は世界で最も大きな円経済圏に所属しているのだ。

 日独墺の三か国を中心とした円経済圏は押しも押されぬ世界最大の経済圏で、セルビアと比べるのも馬鹿らしいほどの差がある。

 

 セルビアがオーストリア連邦に手を出すことは難しいと言わざるを得ない。心の中で腸が煮えくり返る思いでも、表面上はオーストリア連邦と友好的に付き合うしかないのがセルビアの状況だろう。

 

「そうですね。日独墺のパートナーシップは堅調ですしね」


「そうですよ! 日独墺はこれからもずっと親密な関係を築いていきますとも」


 ヨーゼフは力強く日独墺の親密な関係を強調し、二人は笑い合って再び乾杯をするのだった。

 

 翌年、モンテネグロはオーストリア連邦に加わることとなる。

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