第105話 外伝11.1952年頃 オセアニア

――1952年頃 南洋諸島 牛男 過去

 牛男は南洋諸島のパラオまで足を運んでいた。パラオは台湾以上に観光産業に力を入れていて、ホテルが立ち並び、海の上にコテージを建てたりと南国リゾートを演出している。今のところ台湾のように水族館や動物園はないが、ビーチサイドが最大の強みだろう。

 牛男はハインリヒから誘われパラオに来たのは良いが、肝心のハインリヒは仕事だかでまだ到着していない。ハインリヒが居ないのはいつものことで、牛男はせっかく素敵な南国のビーチがあるんだから楽しもうと、シュノーケルを持って海に繰り出すことにした。

 

 海に潜ると、色とりどりの魚やサンゴが牛男の目を楽しませる。サンゴ礁はやはり素晴らしいと牛男は心の中で独白し、日が暮れるまでシュノーケリングを楽しむ。

 夜になり、ホテルに戻ると白人男性のグループが英語で会話をしながら牛男の前を通り過ぎる。イギリスの観光客だろうか……牛男はあまり気にも留めずホテルの食堂へと移動する。

 食堂はバイキング形式になっており、地元の魚介を中心に地元の郷土料理が並ぶが南洋諸島も日本領なので、味噌汁や納豆など牛男がいつも食べている食品も並んでいた。

 日本以外の観光客も多いため、それ以外にも洋風の料理も準備されていて、牛男は全種類制覇するつもりだったが、とても全種類食べれそうにないなと料理を睨みながらため息をついた。

 

 とりあえず食べられるだけとりわけてテーブルにつくと、向かいの席にさきほどの白人男性グループが真剣な顔で彼らが取り分けた料理を見つめている。

 彼らは真剣に議論を交わしているらしく、時に白熱している様子だった。牛男は彼らはホテルか観光業の同業者なのかなと何となく感じつつも、食事がおいしかったのもあり、すぐに彼の意識は食事に向く。

 

――翌朝

 牛男が朝食を食べた後、ハインリヒから昼頃到着すると連絡が入る。牛男は昼までならと岩礁を散策し、カニやイソギンチャクを眺めホテルに戻る。

 戻った時、ちょうどハインリヒが到着しておりホテルのロビーに通訳と一緒にいたので、牛男は声をかける。

 

「ハインリヒさん。今回もありがとうございます」


 牛男はお金を出してくれたハインリヒに礼を述べると、ハインリヒは首を振り口を開く。

 

「いえいえ。牛男さん。毎回お待たせしてすいません」


 牛男としては、一人でも充分楽しめているので不満はないから、逆に恐縮してしまう。

 ハインリヒは牛男をホテルのカフェに誘い、二人と通訳はコーヒーブレイクをすることになった。

 

「牛男さん。さきほど白人男性のグループを見かけましたけど……」


「ああ。俺も昨日の晩御飯の時に食堂で見かけましたよ」


 ハインリヒも白人グループを見たのか。彼らはきっとホテルか観光産業の人達だよなあ。牛男は昨日彼らを見て感じたことを思い出す。

 

「彼らはおそらく……オーストラリアの人達ですね」


「ええ。オーストラリアですか! それは珍しい」


 オーストラリアといえば、白豪主義? という政策を取っているらしく日本と疎遠だったはずだけど……国交断絶しているわけではないから渡航許可は出ると思うが、わざわざ仲の悪い日本に来ることはないと思うんだけどなあ。

 白豪主義政策は確か……白人を優遇してその他の民族を差別する政策だったっけ……日本人は白人ではないから、相容れないのかな? などと牛男が考えているとハインリヒが口を挟む。

 

「オーストラリアは来年から白豪主義を少しづつ改善していく方針を打ち出したんですよ。まあ、経済的なものを狙ってと思いますがね」


「なるほど。そんな動きがあるんですか。だから、視察にでも着ていたんでしょうか?」


「そんな感じだと思います。オーストラリアが民族平等をうたえば、いい取引相手になると思いますよ。広大な土地がありますしね」


「おお。ハインリヒさんはビジネスチャンスを見逃しませんね」


「いえいえ。それだけではありませんよ。牛男さん。この写真を見てください!」


 ハインリヒが懐から出した写真に牛男は目が釘付けになる。

 こ、これは……確かコアラとカンガルーか! そういえばオーストラリアだけに生息する動物のはずだ。オーストラリアへ気軽に行けるようになり、取引が出来るようになればコアラとカンガルーを日本の動物園に招くことが出来る!

 牛男は俄然がぜんオーストラリアに興味が出て来る。

 

「ハインリヒさん! コアラですよ! カンガルーも!」


「牛男さんは本当に分かりやすいですね。あと数年すれば、白豪主義も完全に放棄していると思いますし、行きましょう。オーストラリアに」


「ぜひお願いします!」


 牛男はコアラとカンガルーが映った写真を手に取り、じっと見つめるのだった。さ、触りたい……牛男は心の中で独白する。まだ見ぬコアラに向けて。

 

「嘆かわしいことですが、南アフリカは未だアパルトヘイトを維持すると強硬に主張してますね」


 牛男のコアラへの思いを断ち切るようにハインリヒが暗い声で彼に語り掛けた。

 アパルトヘイトもオーストラリアの白豪主義と同じで人種差別の政策だったはずだけど……

 

「そうなんですね。アフリカかあ。アフリカのサバンナは素晴らしかったですよ!」


 牛男は気持ちを切り替え、アフリカのサバンナへ行った時のことを思い出す。象やキリン……あれは忘れることができない感動だった。

 

「ははは。発想が牛男さんらしい。南アフリカもきっと近くにをあげますよ」


 ハインリヒは暗い顔から途端に笑顔になり、声をあげて笑う。牛男は頭をポリポリかきながら、肩を竦める。

 

 数年後、ハインリヒと牛男はオーストラリアへ渡り、コアラを直に観察しオーストラリア政府と交渉しコアラを日本へ輸出することに合意する。数か月後、カンガルーの輸出も許可され、日本の動物園にコアラとカンガルーが飼育されることになった。

 日本でコアラとカンガルーは大人気となり、これがきっかけとなってオーストラリア産の牛肉なども好意的に受け止められるようになったという。

 こうして、輸入牛肉のアメリカ一強時代は終わりをつげ、輸入牛肉を巡ってアメリカとオーストラリアの熾烈しれつな競争が始まるのだった。

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