第103話 外伝9.1940年頃 イギリスの経済学者

――1940年頃 カタルーニャ共和国 イギリスの経済学者

 日本で一番有名な経済学者と言えば、イギリスの偉大なる経済学者ジョン・メイナード・ケインズであることに異論を挟む人はいないだろう。彼は世界大恐慌前からケインズ経済学を主催し、イギリスの経済改革を強く唱え金本位制をとにかく攻撃した。

 ケインズ経済学の優秀さはケインズ本人だけでなく複数の経済学者に支持されていたが、実行に至る国はなかなか現れなかった。

 

 そんな折、ケインズが提唱する経済学を理想的に実現した国家が出現する……日本だ。日本の経済政策を耳にしたケインズは、居てもたっても居られず日本の経済政策を詳しく調査し始める。

 調査すればするほど日本の経済政策はケインズ経済学に沿ったもので、彼は日本経済に自国の経済状況よりも注目するようになる。

 

 アメリカに端を発した恐慌は世界へ波及していくが、日本と日本の円ペッグを採用した「円経済圏」は恐慌の影響を受けず、逆に経済発展するほどだった。

 ケインズの主張する通り、日本は金本位制の弱点を把握したようで、欧州大戦後に他国が次々に金本位制に復帰していったが、日本が金本位制に復帰することはなかった。それでも通貨は安定し逆に日本円の価値は上昇を続けたのだ。

 マネーサプライ――通貨供給量、金融政策による金融緩和と金融引き締め、公共投資の増減によって需要と供給のバランスを整えた日本の政策は、ケインズから見ても完璧だった。

 

 「完璧な経済政策」を実施した日本は恐慌の影響を受けず、逆に成長した。ケインズは歓喜で体が震える。自身の理論が列強国の一角であった日独墺で試行され、ケインズ経済学が正しかったことを証明してみせたからだ。

 ケインズは日本で開催された経済会議にはもちろん参加したし、日本の噂を聞きつけて興味をもった経済学者を始めとした学者たちも積極的に誘い、日本に連れて行った。

 

 その結果、イギリスの学者たちは日本を好きになり、多くの学者が日本で教鞭をとることになる。中には日本の大学に移籍する者まで出て来たのだ! ケインズ自身も日本の大学に籍を置くことを真剣に考えたこともある。

 しかし、彼はイギリスの経済学者の中で最も著名な学者であり、大学のエースだったため、大学側が彼を必死で慰留する。その結果、彼は日本への移籍を断念することになってしまう……


 彼が日本に惹かれ熱狂したきっかけは日本の経済政策だったのだが、日本好きが高じて今ではすっかり日本文化の虜になっている。彼の自宅にはなんと「茶の間」がある。日本の友人を招待して彼らに頼み、自宅へ「茶の間」を建設し、さらに「茶の間」から覗く庭に「枯山水」までつくってしまったのだ。

 ケインズは週二回、知人や学者仲間の日本好きを呼んで「お茶会」を行っている。今ではすっかり「茶の間」の作法も身に着けたほどなのだ。

 

 1930年代に入ってから、イギリスの学者仲間に彼は良く相談を受けるようになる。経済学のことではない。何故なら、相談に来る学者は科学や化学、工学系の者がほとんどだったからだ。

 何を相談していたのかというと、日本と交流の深い彼に日本の大学へ行く為の相談していたのであった。日本の大学は1930年代に入ると独墺の学者が大挙して押しかけたため、外国人向けの講師席がほぼ全て埋まってしまったのだ。

 日本は研究費を惜しまず出すことで有名で、研究施設にかける予算も諸外国に比べると段違いだった。その為、日本の大学は世界中の学者から注目の的になっているのだった。

 

 競争率は年々高くなり、ケインズのつてを頼ろうとする者が後を絶たない……

 最初に日本に目を付け、日本へ行く学者ブームの火付け役だと信じていたケインズは、この状況に誇らしい気分になっていたという……

 

 今、彼はカタルーニャ共和国で講義をして欲しいと依頼を受け、カタルーニャ共和国の首都バルセロナに来ている。カタルーニャ共和国でイギリスの人気は非常に高い。

 カタルーニャ共和国はイギリスと日本の支援を受けて、スペイン内戦が起こると独立を宣言し、内戦で疲弊するスペインと異なり、内戦の影響を受けず順調に経済発展してきた。

 元々高い経済力を持つ国だったが、もし戦禍に巻き込まれていたとしたら良好な経済力は無残にも崩壊していたことが予想される。


 ケインズはカタルーニャ共和国が気に入っている。イギリス人気が高いのも、もちろん理由の一つだが、イギリスと日本双方の人気が高い国はそうそうないからだ。

 

 彼はバルセロナ大学を始め複数の大学で講義を行う中、バルセロナの街の様子を見るにつけ、他国と戦争を行わず、支援する国が内戦もない平和な状態で経済発展をすることこそ、支援した側……この場合はイギリスと日本の利益につながるのだと実感する。

 イギリス国内では植民地政策の論争が盛り上がりを見せている。これまでのように分断し搾取することと、日本が台湾に行ったように現地を経済発展させ利権と影響力を残した場合の利益はどちらが多いのかということが焦点だ。

 ケインズはバルセロナの様子を見るに、後者こそ利益が大きいと確信している。

 

 さあて、イギリスに戻ったらまた奴と白熱した議論を交わすことにしようか。バルセロナを見て来た私の方が今回は優勢になるだろうな……ケインズは心の中で独白するとついつい笑みがこぼれたのだった。

 

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