第102話 外伝8. 1950年冬 イタリア

――1950年冬 ドゥーチェの実績を振り返る

 1950年夏、イタリアだけでなく国外にも衝撃が走る。なんとドゥーチェが高齢を理由に1951年末を持って引退すると宣言した。ドゥーチェはまだ六十代だと言うのに引退すると宣言したものだから、特にイタリア国内で全国民が酷く動揺した。

 ドゥーチェは自らの引退後、イタリアは一党独裁体制を終了させ、新たな独裁者はおかない国家体制に変更すると発表した。

 

 翌年よりドゥーチェは新国家体制の構築を始め、1951年末を持って引退し翌年からは隠居しつつもいざという時には意見を出せる立場へと退くということだ。

 ドゥーチェは自分だからこそ独裁者として辣腕らつわんを振るうことが出来たが、権力の集中を行う国家運営を任せるに足る人物はいないと見ているそうだ。誰が後継者となっても今より良くならないとドゥーチェは主張する。

 ドゥーチェは例としてソ連をあげる。ソ連は初代指導者から二代目指導者になり、東西に分裂する事態となった。最終的にソ連は統合されたが、二代目の意思を継ぐ者は現在のソ連に存在しない。このことから分かるように、独裁者は一代で終わるべきなのだとドゥーチェは言う。

 

 ドゥーチェの実績は国内外で非常に評価が高い。独裁体制を嫌う国家群もイタリアの政治に対して一定の評価をしているくらいだ。

 国内ではラテラノ条約をローマ教皇と結び、長年のローマ教皇との問題を解決したことを始め、国内マフィアの撲滅作戦や福祉体制の確立、貧困対策など枚挙にいとまがない。

 特に評価されているのが、恐慌対策だろう。ドゥーチェは日本が恐慌の影響を受けていないと判断するとすぐに日本の恐慌対策を調査し、日本と結び円ペッグを採用した。

 

 日本への配慮からかエチオピアに対し譲歩した姿勢を見せたが、これは結果的に正解だったと言えよう。ドゥーチェはこの時既に独墺と日本の関係を見抜いており、独墺に手厚い支援を行った日本がどれだけの経済的恩恵を受けていたのか理解していたと言われている。

 後年になり、フランスやイギリスが植民地に対して行った「植民地を経済発展させ影響力を残し利益を得る」手法の先達となる手法をこの時エチオピアに対しイタリアは行っていたのだ。

 

 エチオピアに対する処遇をドゥーチェが決定した当時こそ多少の批判はあったが、後年になるとドゥーチェのエチオピア対策は高く評価される。

 対外政策として、北アフリカのリビアについて諸外国に先駆けて独立させたことや、アルバニアへの経済支援なども特筆すべきものだろう。

 

 細かいことだが、1950年の春……つまり今年の春に日本の経済会議に突如参加し、サッカーの取り決めを勝ち取ってきたりもしている。

 

 ローマに住むとある実業家もドゥーチェの早すぎる引退に嘆く一人である。彼はワインを扱う取引で名をあげた実業家で、日本にも多くのワインを輸出している。

 次は日本の商社と協力し、イタリアのピッツアを売り込もうと画策しているという。

 

 ピッツアといえば良質なチーズが必要なので、彼はチーズの選定を行うべくチーズ職人のもとを訪れていた。

 

「いやあ。ドゥーチェの引退は非常に残念ですね」


 陽気なチーズ職人でさえも、開口一言目がそれであった。イタリア国民の挨拶になるほど、ドゥーチェの引退は国民全員が残念に思っているのだ。

 

「そうですねえ。非常に残念です」


「うちのチーズはピッツア向けだよ。試食してみてくれ」


 実業家はチーズ職人に促され、チーズの欠片を手に取り口へ運ぶ。

 二度咀嚼そしゃくし、実業家の顔がニヤリと微笑む。

 

「ほう。これは良いですね。日本人も驚きますよ」


「日本向けだったんですか。いやあ。息子が日本の大学に行きたがっていましてね。日本ではピッツアは無いんですか?」


「ピッツアは売っていましたが、あれはピッツアじゃない! 私が日本で食べたピッツアらしきものはなんと……」


 実業家は頭を抱えため息をつく。

 

「なんと……?」


「イギリスの会社が輸出していたのだよ!」


「それは……酷いですね……それをピッツアと言われて日本人が食べていたとは……」


「ええ。嘆かわしい事です。ワインの様子を見に日本へ行った際に、そのピッツアらしきものを見つけましてね……これはいかんと思ったわけですよ」


「そういうことでしたか! それはぜひともピッツアを輸出したいですね」


「そうですよ。ピッツアの輸出と言っても、日本にピッツアとパスタの専門店を三店舗ほどまず作ります。そこからですよ」


「なるほど。料理は調理も大切ですからね。ぜひうちのチーズを使ってください!」


「ぜひこちらからもお願いしますよ」


 二人は笑顔で握手を交わし、あのピッツアらしきものは必ず日本から駆逐すると心に誓うのであった。

 そのあと、チーズ職人から日本の大学について尋ねられた実業家は苦い顔になる……


「日本の大学は大人気なんですよ。お、そうだ。息子さんはチーズ造りも出来るのでしたっけ?」


「ええ。一通り仕込んでます。まだまだですけどね」


「なるほど。イタリアのチーズを伝える名目で農業系の学部へアピールするといいかもしれません。彼らはそういったことに敏感です」


「おお。アドバイスありがとうございます!」


「その際はぜひ、私の出資するイタリア料理店でアルバイトをお願いしたいですな」


「それは助かります! この後、息子にさっそく伝えますよ」


 二人はチーズの取引に関する契約を取りまとめ、実業家は満足した顔でチーズ職人のもとを去っていったという。


――半年後 日本 東京 叶健太郎

 叶健太郎は先日できたばかりの本格イタリア料理店の前で一時間も待っていた。この店は本場イタリアの料理を出すとあって開店以来大人気の店でいつも長蛇の列ができている。

 遠野に誘われてこの店に並んでいる叶健太郎であったが、もうイライラの限界に来ていた。

 

「料理でこんなに待つなんてやってられねえよ! 俺は駅前のラーメン屋に行くぜ」


 叶健太郎は一緒に待つ遠野にそう告げると、列から出て行こうとする。

 しかし、彼女は叶健太郎の服の袖をしかと掴み、彼を押しとどめる。

 

「待ってください! 叶さん! 絶対、絶対、満足しますから!」


「そうはいってもなあ。ピザってそこまで旨いもんじゃないじゃねえか……パスタってやつもよお……」


 文句を言いつつも結局遠野に押し切られ並び続けた叶健太郎は、入店まで待つことになり、本格イタリア料理のピザに満足していたという。


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