第100話 外伝6 1949年夏 けしからんビーチ 過去
――千葉県 某海岸 叶健太郎 過去
叶健太郎はお気に入りのビーチサイドでパラソルと寝そべることができるビーチチェアとビーチデスクを設置し優雅にビールを飲んでいた。
しかし、彼の隣には半袖のブラウスにタイトスカートを履いた二十代半ばほどの女性がパイプ椅子に腰かけている。彼女の姿はビーチに全くそぐわずかなり浮いている。
「叶さん! 大失敗でした……」
女性はうつむき、悔しそうに叶健太郎に言葉を投げかけるが、彼は「けしからん」と呟き彼女の方を全く見ていない。
「叶さん! 叶さん! 聞いてます?」
女性は叶健太郎の反応が全くないことに気が付き、彼を二度呼びかけると彼はようやく彼女の方へ顔を向ける。
「あ。ああ。聞いてねえわけないじゃないか。何言ってんだよ。遠野くん」
叶健太郎は明らかに挙動不審な動きで女性――遠野に応じる。
遠野はため息をつき、叶健太郎から渡された冷えた水を受け取ると一気にそれを飲み干した。
ダン! と叶健太郎ご自慢のビーチデスクに空になったコップを勢いよく置くと遠野はぶつぶつ文句を言い始める。
「叶さん、この前書いた磯銀新聞の記事……うあああん」
「待て待て。こんなところでそんな叫び声をあげるんじゃねえ。まるで俺が悪い事をしているみたいじゃないか!」
「私だって、頑張って記事を書いたのに……」
「頑張ってるから! 遠野くん! だから叫ばないでくれえ!」
遠野の声にビーチで遊んでいる群衆から少し注目を集める。ただでさえ、ビーチサイドでフォーマルな恰好をしている彼女は目立つ。それが叫び声をあげているのだ。注目を引かないわけがない。
叶健太郎はこの状況にかなり参っていた。せっかく「けしからん」ものをゆっくりと観察しようとビーチまでやって来たのに、磯銀新聞の記者が押しかけて来た。
何やら先日書いた記事の受けが余りに悪かったようで落ち込んでいると遠野は言っていた。そんなこと俺に言われても困るというのが叶健太郎の偽りのない気持ちだ。
そういえば現役時代にも何度か美人記者に記事を書かせろって意見が磯銀新聞に舞い込んで来たことがあったっけ……叶健太郎は遠い目で過去を思い出す。
確かに何度か女性記者に書いてもらおうと実際に記事を書いてもらったことがあった。しかし、叶健太郎のスタイルと余りに違い過ぎて合わなかったのだった。今回は叶健太郎が引退し、彼がチェックすることも無かったからそのまま世に出てしまったのだろう。
叶健太郎は自身が引退したのだから、磯銀新聞のコラムも性質を変えていくべきだと思う。いつまでも叶健太郎の色を守る必要なんてないと彼は思っている。
遠野がコラムを書いたことはそのいいきっかけになると彼は好意的に見ていたのだが、世間は違ったらしい……全く困ったものだよ……何がって? 俺に泣きついてくるところだよ! 叶健太郎は心の中で独白するが、状況は変わらない。
「叶さん。すいません。ご迷惑でしたよね……」
叶健太郎が遠い世界に行って妄想している間に遠野は落ち着きを取り戻したようだった。
「いや、まあ。へこむことは俺にだって何度もあったさ。気にするなよ……」
「ありがとうございます。もう少しだけ頑張ってみます」
「そうかい。頑張ってくれよ。応援してるぜ」
叶健太郎は遠野に手を振り、ビールを口につけるとまた「けしからんもの」の観察に精を出し始める。
「おお」「これは」と叶健太郎はブツブツ言っているが、彼は忘れていた。まだ遠野が彼の元から立ち去っていないことを。
「叶さん……そんなに水着女性が好きなんですか?」
「え? ええ? まだいたのかよ」
この後、お礼にと言って遠野がビキニに着替えて来てくれたが、さすがに同僚……元居た会社の後輩に「けしからん」を行う気持ちにもなれず、かといって遠野は実に「けしからん」体をしていたので、叶健太郎はものすごい微妙な気持ちになってしまったのだった……
遠野がようやく叶健太郎の元から立ち去ってくれた時には、もうすぐ日が暮れそうな時間になっていた……叶健太郎は至福の「けしからん」タイムをほぼ全て奪われてしまったのだった。
また来るか。叶健太郎は心に強く誓ったという。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 久しぶり! 引退したエッセイストの叶健太郎だぜ。いやあ。毎日暑いな。エアコン。エアコンを来年購入することにした。
毎年エアコン、エアコンと言っていたが冬になるとすっかり夏の気分を忘れてしまうからな、今から購入資金を積み立てることにしたってわけだよ。来年の夏は快適なはずだぜ。
ん? やはり磯銀新聞のコラムは叶健太郎だって? そう言ってくれるのはとても嬉しいんだが、俺ももう引退した身だ。新しい記者も応援してくれよな。ん? 俺らしくないって? 何言ってんだよ!
俺は後輩を大事にする男気のある奴なんだよ。え? 昔、更迭されないかビクビクしていただろうって? そ、そんな昔のことなんて覚えてないぜ。
元イギリス領インドだが、イギリス派の政府高官が伝統的な宗教習慣維持派を圧倒し、憲法制定に決着がついたんだ。元イギリス領インドは世俗憲法を制定し、市民全ては生まれながらに平等であることと信教の自由。政教分離が原則として定められた。
国土についてはかなりもめたが、元イギリス領インドは再構築されることとなった。仏教徒が多いセイロン島、イスラム教がほとんどを占める西部。仏教と地元アミニズムとヒンドゥー教が入り混じる北部山岳地帯。
そして西部を除く他の地域にはヒンドゥー教が多数派となる。
イギリスの元で完全自治を認めることには変わりがないが、西部を別の国として分けた場合には必ず紛争に発展すると見たイギリスは、イギリス領インドを一つの連邦国家として成立させることを提案する。
オブザーバーにはオーストリア連邦を据えて、国名は南アジア連邦と名称が決まる。
今後十五年間はイギリスが積極的に支援を行い、国が軌道に乗るように鋭意努力するってことだ。この動きには日独墺仏も協力姿勢を見せており今後、南アジア連邦にはこれらの国から積極的に投資が行われることになる。
ようやくイギリス領インドも落ち着いて来たなあ。
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