第98話 外伝4 1950年 過去

――1950年 東京 藍人 過去

 日本でサッカーワールドカップが開催されるとあって日本中でサッカーブームが起きていた。藍人は余りサッカーに興味が無かったが、この機会に過去二回……1942年ドイツ、1946年ブラジルのワールドカップの記録映画を見て以来サッカーの虜になっていた。

 野球と違って、途切れることのないダイナミックな動きとシンプルなルールが魅力的だと藍人は感じていた。

 

 サッカーはプロ野球と同じプロ化されたスポーツであり、欧州と南米で盛んなスポーツで日本にも独墺から多くのサッカー選手が来日しプレイしている。

 日本サッカー協会はプロ野球と同じで、レギュラー選手の「外国人枠」を定めている。しかし、1946年からドイツ、オーストリア連邦、ロシア公国、トルコの選手について「外国人枠」と別にカウントするというルールが出来た。

 その結果、日本人選手のレギュラーがいなくなるチームが出て来る可能性があったので、日本人選手のレギュラーを最低二人はいれるようルール改正が成された。

 

 外国人選手が増えたことによって日本サッカーのレベルがあがり、1946年以来サッカー人気はうなぎのぼりだ。そこに来てサッカーワールドカップの日本開催……盛り上がらないわけはない。

 今やサッカーの人気は野球を追い越しているが、一過性のものかもしれないと新聞記事に書いていたことも印象的だ。

 

 ワールドカップ熱でものすごい人気になっているが、ワールドカップが終了すれば人気も少し落ち着いて来るだろうと藍人も新聞記事の言うことはもっともだと思っている。

 少し前の日本の人気スポーツといえば、野球、プロレス、ボクシング、相撲であったが、最近ではサッカー、野球、モータースポーツが三大スポーツと言われるようになってきている。

 

 モータースポーツは藍人自身も鈴鹿サーキットに足を運んだこともあり、あれは人気が出るだろうなあと感じていたがここまでの人気になるとは思ってもみなかった。

 定期的に開催される国際レースは自動車だけでなくバイクレースもあり、自動車レースも耐久レースに始まり、スピードを競うレースなどレギュレーションが様々だ。


「父さん。準備が出来たよ」


 リビングから藍人を呼ぶ息子の声がしたので、藍人はカメラを掴み息子と共にスタジアムへ向かう。

 

 スタジアムに到着したが、試合開始までまだ三時間以上ある……少し気合を入れ過ぎて早く出過ぎたようだ。

 さんざん急かした息子は呆れた顔で肩を竦めている……ち、父の威厳が……

 

 息子は座席に座ると宇宙な本を鞄から出し、試合開始までこれを読むようだ。

 

響也きょうやは本当に宇宙が大好きだな」


 藍人は息子の頭を撫でながら、息子が読む宇宙の本を覗き込む。既に藍人には理解するのが難しい本を息子は読んでいた……

 

「うん。俺の夢だからね。ずっと応援してくれている父さんと母さんには感謝しているよ。本だって高いのにさ」


「……響也きょうや。お金のことは気にするな。父さんこれでもなかなか稼いでいるんだぞ」


 息子の言葉に不覚にも感動で涙が出そうになった藍人はグッと堪えなんとか息子へ言葉を返した。

 藍人は誤魔化すように競技場へと目を向けると、巨大なスクリーンに髭のドイツ人らしき人物が何かを語っている。

 

 どうやら洗濯機のCMらしいが、彼のことを知らない日本人はほとんどいないんじゃないだろうか。CMで熱弁しているこのドイツ人らしき髭の中年は、オーストリア連邦の超有名実業家で、彼の手がけたCMの商品は必ず売れると言われている。

 隣国ドイツの……たしか用宗もちむねの友人……名前はヨーゼフと組んで日独墺で手広くCMを手掛けているそうだ。

 

 確かに彼の熱弁は人の心を惹き付けるものがあり、ついついこの商品を買いたくなってします。彼らは世界制覇をすると豪語し、次はアメリカへ進出するらしい。まあ、彼らなら成功するだろうなあ。

 


――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 久しぶり! 引退したエッセイストの叶健太郎だぜ。いやあ。引退してからというもの、俺の続投を願う声が後を絶たなくてな。

 磯銀新聞から依頼されてたまには書こうと思ったわけだよ。え? 嘘をつくなだって? い、いやそんなことなないはずだ。ないはずだよな? え? 

  

 サッカーワールドカップが日本で開催されているが、とんでもなく盛り上がっているなあ。この日の為にスタジアムで巨大なテレビが設置されてさ。見たか? あの巨大なテレビ。凄いよな。なんと実験放送になるがカラーで表示可能だってんだよ。

 最近話題になっているオーストリアの髭の旦那のCMがカラーで放送されるみたいだぞ。一度見てみるといいぜ。すごいぞカラーは。これぞ未来って感じがする。

  

 そうそう。サッカーワールドカップで盛り上がっているが、日本の名古屋でオリンピックの開催が決定した! めでたい。またオリンピックのあの感動を日本で味わえるなんてな。

 俺も観戦したいが、1964年の開催決定なんだよ。いくつになってんだ俺。いや、生き残って見せるさ。人類が月に行くまで俺は頑張るって決めてるからな。

 

 毎年開催される日本主催の円経済圏協力会議にイタリアが乗り込んで来たんだが、要求が斜め上だった。円経済圏協力会議は日本と特に繋がりの深い、最初期の友好国であるドイツ、オーストリア連邦、ロシア公国を招待して開催される会議なんだが、イタリアが参加させてくれと言ってきたからオブザーバーとして参加したんだ。

 そこで経済の話をするのかと思ったら、全然違ったから会場が騒然となったんだよ。イタリアの要求はサッカーの「外国人枠」からイタリアを外し、独墺ロと同基準にして欲しいというものだった。

 

 慌てた日本側は日本サッカー協会へ連絡を取り、イタリアと協議するように取り計らったんだけど、どうなることやら。経済会議が何か分かってるのかなあ。イタリアは。

 どうもイタリアではモータスポーツとサッカーが大人気らしく、日本でもてやはされる独墺選手を悔しい思いをしていたそうだ。イタリア国民の熱意に後押しされてこのまま何も日本に提言しなければただではすまない状況になってしまったんだとさ。

 戦争や紛争ではなく、スポーツに熱意を持つイタリア国民は素晴らしいと思うが、ちょっとやりすぎじゃないかな。

 

 クレームと言えば、学者連中も凄いぞ。サッカーワールドカップの開催時期が例年開催されている国際的な学者のフォーラムと時期が被っていて、今年は中止にする見込みだったんだよ。

 そうしたら、自費で日本まで来るからなんとしてもフォーラムを開催して欲しいと各国の大学が躍起になっていてさ。招待される人数がだいたい決まっているらしくて、各大学の学者連中は日本行きの席を争って毎年血走った目をしているそうだ。

 そんな中、日本から開催中止の連絡と来たものだから後はご想像に任せる。

 結局、時期をずらしてフォーラムは開催されることになったんだ。そういえば、日本の大学には外国人が増えすぎたから、枠を絞る大学も出て来たとか聞いたことがあるな。一部大学だけらしいけどな。 

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