第89話 1945年 夏 エルサレム問題 過去
――千葉県 とあるビーチ 叶健太郎 過去
叶健太郎はマイカーで千葉県の房総半島にあるとある海水浴場へ向かっている。海水浴場へ向かう叶健太郎であったが、目的は海水浴ではない。マイカーに同乗した孫二人とビーチボールで遊ぶためだ。
孫は小学校六年生と二年生の男の子で元気いっぱい過ぎて叶健太郎の手に余っていたが、息子から「もう歳なんだから」と言われたため、勢いで孫二人を「海水浴に連れて行く!」と言ってしまったことが、海水浴場へ彼が向かうことになった原因だ。
叶健太郎は腰に消炎鎮痛剤を貼りつけ、肩に磁気で肩こりを取るという新商品を張りつけ、ようやく海水浴場へ辿り着く。着いて早々浜辺へ向かおうとする孫二人を彼は押しとどめ、パラソルと折りたたみ椅子を車から取り出すと、孫と手分けして荷物を浜辺まで運び込む。
孫二人が泳ぐ姿を彼らが見える位置に腰かけた叶健太郎は頬を緩めながら見守る。叶健太郎といえどもやはり孫は可愛いと思っているらしく、彼は孫の成長した姿を見るたびにニヤニヤとだらしない笑みを浮かべていた。
しかしビニールは便利だな……叶健太郎は浜辺をあるく若い女性二人組の水着をチラチラ見ながらそう思っていた。パラソルは水を弾くし、水着はすぐ乾く。全く便利な世の中になったものだ。
先ほどの女子二人はけしからん胸と尻をしていたなとぼーっと考えていると、孫二人が海から戻って来る。
「じいちゃん、お腹減った」
二年生の孫が腹を押さえながら、無邪気に叶健太郎に声をかけるが、六年生の孫は
「じいちゃん、けしからんって何が?」
どうやら六年生の孫は叶健太郎の独り言が聞こえていたようだ。彼は無意識にけしからん胸と尻に「けしからん」と呟いていたようだったのだ。
コホンと咳を一つした後、叶健太郎は「なんでもない」と六年生の孫へ誤魔化すと、二人を連れて「海の家」へと向かう。海の家で軽食を取った後、孫二人にコーラを買い与えた叶健太郎はレモン味の炭酸水を飲みながらほてった体を冷やす。
「じいちゃん。ビーチボールで遊ぼうよ」
二年生の孫にせかされた叶健太郎は、嫌そうな顔をしながら、ビーチボールを六年生の孫に取りに行かせる。
遊びだして二分もしないうちに叶健太郎は
俺もいい歳だよな……叶健太郎はため息をつき、自身の痛む腰をさする。医者は毎日歩けというから、頑張って歩いているが歩くだけで精一杯だよ……
叶健太郎は孫の様子を眺めるフリをしながら、時折けしからん胸と尻をさがしていたという。「全く最近の若い者はけしからん。実にけしからんぞ」と呟く叶健太郎はこの場の誰よりも不気味だった。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! 夏だ。海だ。ビールがうまい。いや、俺の腰は相変わらずなんだけどな。ナイロンがすっかり民間でも使われるようになったよな。
ん? なんで突然ナイロンなんだって? それはな、海と言えば何かわかるか? そう水着だよ。水着の生地にナイロンが使われているんだぜ。すぐ乾くし泳いだ後そのまま歩いていたら乾いてしまう。素晴らしい。
泳ぐのかって? いや、もう歳だからな。エアコン欲しいぜ。
国際連合が立ち上がったから、国際連盟が廃止され国際連合に受け継がれることになった。常任理事国八か国以外にも様々な国が国際連合に参加している。ロシア公国とかタイとかだな。
エルサレム問題ももちろん引き継がれ、議論が交わされることになった。エルサレムは長らくアラブ人の支配下にあったわけだが、ユダヤ人にシオニズムって思想があってエルサレムに多数移住してきたんだ。移住の原因は純粋に宗教的な物もあったんだけど、多くは欧州で住みづらくなってしまったからだな。
ユダヤ人は欧州各国に多いキリスト教徒と異なるユダヤ教を信仰し、ユダヤ教は選民思想的なところがあるからキリスト教徒とぶつかることが多かった。その結果、少数派の彼らは差別を受けることもあったんだ。
生活が苦しくなったユダヤ人はアメリカへ渡ったり、エルサレムへ移住したりしたわけなんだけど、欧州大戦の結果オーストリア連邦が誕生すると様相が変わってくる。
オーストリア連邦は連邦内に多数の民族を抱えるため、民族と宗教の自由は国是としたんだよ。だから、ユダヤ人であろうと差別意識を持たれるかもしれないが、法律上差別は厳しく禁止していた。
その結果、欧州のユダヤ人はエルサレムよりオーストリア連邦へ移住することが多くなったんだ。経済力を持つユダヤ人ももちろん多くいるから、オーストリア連邦の経済発展の一部はユダヤ人も貢献していることは確実だぜ。
オーストリア連邦と緊密な関係を持つ日本だと、そもそもユダヤ人の差別問題さえ知っている国民はおらずユダヤ人だからといって構える国民はいなかった。日墺でそんな感じだからドイツも法整備を行い、民族平等を掲げることになる。
独墺にユダヤ人が移住し、中にはエルサレムから欧州に戻るユダヤ人も出てきて、エルサレムに住むユダヤ人の数は減っていく。
しかしながら、エルサレム近辺ではユダヤ人とアラブ人の衝突は後を絶たないことも確かだ。現在はどこの国にも属さない国際連合管理地になっているが、いつまでも国際連合管理地にしておくわけにはいかないので議論が持たれているってわけだよ。
協議の結果、エルサレム周辺の国際連合管理地は周辺地域を領土に持つトルコ領内の特別区とし、アラブ系とユダヤ系の居住地を明確に分けることが決定した。衝突を避ける為、トルコ警察が治安維持にあたることとした。
話変わってアメリカの公民権問題を見てみようか。アメリカ南部各州が国際連合の「人種差別撤廃項目」に反発した結果、逆に南部諸州の人種差別に反対する市民の反発を受けて暴動にまで発展していた。アメリカ連邦政府は動くに動けず、南部諸州の警察組織が取り締まっていたが、アメリカの南部諸州以外の州も南部諸州の対応に非難声明を出す。
アメリカの他の州にまで反対された南部諸州は窮地に陥り、アメリカから南部諸州を脱退させるかの議論にまで発展する。議論が交わされている間にも公民権運動は過熱し、ついに南部諸州は治安を保つことも出来なくなってしまった。無法地帯となってしまった南部諸州へアメリカ連邦政府も重い腰をあげ鎮圧部隊を送ることを南部諸州に提議する。
アメリカ連邦政府の治安維持部隊を受け入れることは、公民権運動を認めることに繋がるとみた南部諸州は、連邦政府の提案を拒否し南部諸州は自身と似た
事ここに至っても公民権運動を認めようとしない南部諸州に対し、アメリカ連邦政府と他州は南部諸州の州知事と議員の再選挙を求める。選挙の結果、公民権を拒否すると言うならば、公民権運動の扱いについて再考すると提示した。
また、再選挙を認めるならば治安維持部隊を連邦政府より出すことも併せて南部諸州に伝える。
一方、支援を求められた南アフリカ共和国はアメリカ連邦政府の判断を支持するとして、南部諸州の協力要請を拒否したんだ。
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