第88話 1945年初頭 国際連合成立 過去

――マダガスカル島 牛男 過去

 牛男は動物大好きなドイツ人実業家ハインリヒに誘われ、台湾から遠く離れたマダガスカル島へ来ていた。牛男が興味あるのは海の生物だったが、マダガスカル島に住む生物は他にない固有種がたくさんいると聞いて彼は地上の生物も観察することを決めていた。

 ハインリヒに誘われマダガスカルまで来たものの、彼は仕事で三日後に合流となる。牛男の滞在期間は五日しかないので、彼が手配してくれた通訳と一緒にまず海へ潜ることにした。

 海の生物は海水温や海流によって住む生物が異なっているがその地域だけに住むという固有種はとても少ない。なぜなら海は全て繋がっていて地理的に隔離されることが無いからだ。海の生物に対し逆に淡水生物は地域ごとに固有種がたくさん存在する。淡水湖といえばロシア公国と東ソ連の国境沿いにあるバイカル湖に行ってみたいと思っていたことを牛男は思い出す。

 ロシア公国と東ソ連の仲が悪いと聞いているから、国境沿いにあるバイカル湖に外国人である牛男は立ち入ることが難しいのだ。いつか平和になれば行ってみようと牛男は思っている。

 

 翌日、陸の生物を観察に行くと牛男は衝撃を受ける。彼の興味を惹きつけて止まなかった生物はリクガメ類であった。牛男は海の生物以外でこれほど興味を持った生物は他になく、リクガメ類をなんとか台湾で展示できないものかと考え込む。

 マダガスカルは台湾よりさらに暖かく熱帯気候に属するが、台湾も亜熱帯なのでそれほど気温差は大きくない。冬場に暖房さえ入れてやれば飼育できるんじゃないかと彼は思う。

 その後、通訳の勧めでマダガスカルに多く生息する固有種メガネザルの見学をさせてもらうが、牛男はその間もリクガメが気になって仕方なかった。

 

 三日目は通訳と現地住民へ聞き込みを行う。リクガメの飼育を行っている人がいないか捜すためだ。飼育している者は都合よく見つけることは出来なかったが、幸いリクガメの生態に詳しい人に話を聞くことが出来た。

 牛男は彼に質問を交えながら真剣に聞き込みを行い、メモを取る。牛男は聞き込みが終わったあと、日が暮れるまでずっとリクガメを眺めていた。日が落ちる後ほどなくしてハインリヒが牛男の元まで到着し、一緒に食事をとることになった。


「牛男さん、通訳から聞きましたよ。リクガメが気に入ったとか」


 ハインリヒはワインを口に含みながら牛男へ笑顔を見せる。

 

「はい。リクガメがとにかく気に入ってしまいまして、台湾でもマダガスカルのリクガメをお披露目したいと考えてます」


「それは良い事ですよ。リクガメも個体数が減っています。生き物の素晴らしさを伝えていければいいですね」


 ハインリヒは丸眼鏡を輝かせながら、牛男に動物のすばらしさを伝える。ハインリヒはメガネザルがお気に入りらしく、メガネザルのことになると話が止まらないそうだ。


「誘っていただいてありがとうございます。お陰でリクガメと出会えました」


「いやいや。私はあなたのような人に出会えてよかったと思ってます。日本人は個より家を大事にすると聞きます。それは私の理想ですから。最初は日本人となら上手くいくと思ってたんですよ」


 日本人全てがそうではないんだけどなあと牛男は突っ込むか迷ったが、黙っておくことにする。日本の旧武家である貴族は確かに家の為なら切腹してでも家を護る。武士にとって大事なのは個ではなく家であり血筋なのだ。


「私もハインリヒさんに会えてよかったです」


「きっかけはあなたが日本人で水族館を立ち上げたからでしたけど、今はあなたが日本人だからという理由でこうして話をしているわけじゃないんですよ」


「私もです。ハインリヒさん」


 ハインリヒは牛男のことを相当気に入ってくれているようで、リクガメを台湾で飼育する計画を実行するなら協力は惜しまないと言ってくれた。またハインリヒはリスザルも飼育してみたらどうか? と何度も牛男に聞いて来たのだった……

  


――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! 最近自動販売機の数が増えたと思わないか? 昔はタバコの自動販売機を見るだけで驚いたものだったが、今はドリンク類やチョコレートの自動販売機まで見かけるようになったな。

 そのうち、食事まで出て来る自動販売機が出て来るんじゃないかと俺は思ってる。まさかなあ。レーションが出て来る自動販売機とかありそうで怖いな。その場合、お湯はどう調達するんだろうなあ。

 

 各国の思惑が激しくぶつかった新国際連盟がようやく形になったぞ。新国際連盟の名前は国際連合。余り名前は変わっていないが、重要なのは名前じゃないからな。国際連合が成立したことはめでたいことなんだけど、妥協の産物といえるものになってしまったんだよ。


 酷いもんだぞこれは。常任理事国は八か国――イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、オーストリア連邦、イタリア、日本、西ソ連になった。これは予定通りだよな。常任理事国は議題に対しそれぞれ一票づつ投票を行うことができる。

 イギリス、アメリカ、日本、西ソ連の四か国は拒否権を持つ。拒否権を行使した場合、その議題はどれだけ賛成を集めていても拒否される。


 拒否権を行使できる国について最も反発したのがフランスだった。フランスは拒否権をあきらめる代わりに国際連合の憲章へ「人種差別撤廃条項」「全ての人種は平等である」との文言を盛り込むことを提示した。

 フランスは「人種差別撤廃条項」が盛り込まれようが、フランス国内に問題は無い。しかしフランスはイギリスとアメリカが「人種差別撤廃条項」を受け入れることはできないとの目論見から提案したと噂されている。要は拒否される提案を行うことで、拒否権の話を白紙に戻そうとしたわけだな。

 

 この提案に対し、民族平等を唱えるオーストリア連邦はフランスを称賛し賛成する。日本、ドイツ、西ソ連、イタリアも異議はなく賛成を投じた。意外だったのはイギリスだ。オーストラリアや南アフリカ共和国といった白豪主義を取る国家を連邦内に持つイギリスは、「人種差別撤廃提案」を受け入れることはできないだろうと他国は見ていたが、イギリスは提案に賛成する。

 アメリカは即座に賛成も否定もできず、一週間後にフランスの提案に賛成することを各国へ伝えた。

 この結果、フランスは拒否権について賛成せざるを得ず。国際連合は成立したというわけだ。

 

 反対すると思われていたアメリカとイギリスは無理を通した結果、反発を受けることになったんだ。イギリスはオーストラリアと南アフリカ共和国がイギリス連邦から脱退し、独自路線を歩むことになった。

 オーストラリアが管理し、自治権を獲得したニューギニア島はイギリス連邦に残ることになったが、南アフリカ共和国から北にある南ローデシアなどの白豪主義国家は南アフリカと行動を共にした。

 

 イギリスはある意味想定内の動きだったんだが、アメリカは予想以上に荒れることになる。アメリカの南部諸州は人種差別法を制定していたが、アメリカが「人種差別撤廃」を受け入れたことに不快感を示す。


 これに反発したのが、南部諸州に住むアフリカ系アメリカ人やアジア系住民と人種差別法に反対する白人達だった。彼らは南部諸州で人種差別を撤廃すべく公民権運動を大規模に行い、暴動にまで発展する。これを鎮圧するため南部諸州では警察を動員する騒ぎにまで発展した。

 アメリカ連邦政府は表向きにしろ、「人種差別撤廃条項」を受け入れたので公民権運動を行う市民に圧力をかけることは難しい情勢だ。今後の動きに注目だな。

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