第87話 1944年 夏 東京オリンピック 過去

――東京 藍人と用宗もちむね 過去

 藍人と用宗もちむねは数年ぶりに東京某所で再会していた。二人はおいしい焼き鳥を出す居酒屋に入り、久しぶりの再会に会話が弾んでいた。

 最初はこれから開催されるオリンピックの話題で盛り上がっていたが、次第に藍人は息子のことを用宗もちむねは孫のことに話が移っていく。

 

用宗もちむねさんのお孫さんはおいくつなんですか?」


「孫の宗近むねちかは今年で十二になるんですよ」


「おお。私の息子の響也きょうやの二つ上ですかあ。来年は中学生ですね」


「そうなんですよ。もう中学生になるっていうのに未だ小さな子供みたいな夢を持ってるんですよ」


 用宗もちむねは孫が子供みたいな夢を持つと言ってはいるが、顔が緩みっぱなしだ。彼にとって「子供みたいな夢」を未だに孫が持っていることが嬉しいんだろう。


「夢を追いかけるって素敵じゃないですか。私の息子もそうですよ」


「ほうほう。どんな夢なんですか?」


「大人になったら月に行くといってはばからないんですよ。人類は未だ宇宙に出たこともないというのに」


「ほう。奇遇ですな。宗近むねちかも同じことを言ってるんですよ」


「ええ。そうなんですか! 本当に奇遇ですね」


 用宗もちむねの孫が息子と同じ趣味を持つと知って藍人は急に彼の孫に親近感が出て来る。藍人は息子が幼い時から宇宙へ興味を持ちづつけているので、彼を喜ばせるために宇宙関連の書籍は大人向けも含めて集めている。

 藍人が宇宙の本を持ち帰るたびに、息子は飛び上がって喜んだから、藍人も宇宙の本を読むようになった。藍人が世界各国の宇宙開発を調べた結果、日本とドイツだけが本気で宇宙へ行くことを考えているように思えた。

 特に日本は宇宙開発に予算を多く割いており、ドイツの研究者も呼び寄せて開発、研究に当たっている。この調子で行けば宇宙に最初に到達する人類は日本人になるに違いないと藍人は思っている。

 

 日本が強く推進しているといっても、宇宙までの道のりはまだまだ遠いのが現実だろう。日本のロケットはようやく地球の成層圏を越え、今年になってようやく上空八百キロを越えるまでになった。もっと高く打ち上げないと周回軌道に乗せることさえできないだろう。

 周回軌道に乗せられるようになってからもまだまだ壁が多数立ちはだかる。生物を乗せて、周回軌道まで打ち上げ、生存した状態で地球に帰還させる。ここまで出来て初めて人類が宇宙へ挑戦できるスタートラインに立つことになるのだから……まして月となると地球から遠く離れた位置にある……

 子供の夢と言われても確かに仕方ないんだろうなあ……藍人はそう思うも。息子の夢はきっと叶うと信じているのだった。

 

「そういえば、用宗もちむねさん。オリンピックを観戦しにくるドイツの友人とかいらっしゃるんですか?」


「はい。ドイツでテレビの普及で名を上げた実業家の友人が来てくれるんですよ」


「おお。どんな方なんですか?」


「ヨーゼフという名前なんですが、彼は日本の街頭テレビをドイツで普及させて、広告で大儲けしているみたいなんですよ」


「それは凄いですね。テレビもやっと一般家庭に入り始めましたし、今後ますますテレビ広告は伸びますよ」


「何やら、演説が上手い実業家を見つけたとかで、私の帰国後にその人に会いに行ってるみたいなんですよ。ひょっとしたらその人も一緒に来るかもしれませんね」


「それはますます楽しみですね。演説の上手い人ですかあ。映画スターみたいなカリスマを持った人なのかもしれませんね」


「それが聞いたところ、見た目はそれほど印象的な人ではないらしいんですよ。髭が特徴とか」


「髭ですか……どんな人なのか想像もつきませんね」


「いずれ日本のテレビ広告にも登場するかもしれませんね」


「それは楽しみです」


 藍人と用宗もちむねはビールに口をつけると、焼き鳥を手に取り口に運ぶ。彼らの談笑はまだまだ続いていく。


――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! 頑張れ日本! 一度中止されたから東京オリンピックの開催はよけい嬉しいよな。連日大盛り上がりで日本人選手の活躍に俺も大興奮だよ。

 レスリングと競泳が特に頑張っているよな。なんと金メダルまで出たんだから素晴らしい。しかしアメリカと西ソ連は強いよなあ。頑張れ日本!

 

 スポーツの祭典オリンピックが東京で開催されているが、アメリカのワシントンで第二回先進国首脳会談が行われている。前回議題にあがった国際連盟に代わる組織について各国の激しい議論が繰り返されているが、今後の発言力に大きく影響する内容だからどの国も必死だ。

 自国の発言力を強めたい、新国際連盟での権利を他国より多く持ちたいことは各国の思うところではあるんだが、発言力が強い国が実力以下の権利しか与えられなかった場合、現在の国際連盟のように簡単に脱退してしまい、有名無実化するだろう。

 国際連盟は日米が参加しておらず、ソ連やイタリアが脱退したりして大国間の紛争解決に何ら効力を持たなかった。


 常任理事国や拒否権について議論が交わされた時が最も紛糾したそうだ。常任理事国は議題に対する投票権と拒否権を持つ形にしたらどうかと提案があったが、一国でも拒否権を行使してしまうと議題は流れてしまう。

 それだと紛争解決案を議題として提出しても、一国が拒否権を行使すると未決となる。これでは解決力を発揮することができない。

 では、多数決にしたら解決じゃなのかと思うかもしれないが、そうなると大きな力を持つアメリカやイギリスの権利が相対的に低くなってしまうんだよなあ。

 

 整理しようか。先進国首脳会談に出席している国が常任理事国候補なわけだが、出席国はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア連邦、日本、西ソ連、イタリアの八か国になる。

 多数決にした場合、日本が圧倒的に優位に立つと思わないか? 日本はドイツとオーストリア連邦と切っても離れぬ関係性を持つから、日独墺の三票を持つわけだ。日本が反対した場合、残り五か国が全て賛成しないと議題は通らない。

 イタリアと西ソ連はアメリカやイギリスと政体が異なるから意見調整が大変だろう。な? 多数決じゃダメだってなるだろ?

 

 新国際連盟の成立を各国が急ぐ理由の一つがエルサレム問題なんだ。エルサレムを含む周辺地域は国際連盟の統治領となっているが、現地のユダヤ人とアラブ人の対立が激しく解決力の無くなった国際連盟では対応が難しくなってきている。

 現状イギリスが苦慮しつつ治安維持に当たっているが解決の目途が立っていない。

 

 東南アジアでオランダは変わらず独立勢力の鎮圧に当たっているが北アフリカにも脱植民地の動きが始まっている。先手を切ったのは意外にもイタリアだった。イタリアはリビアの自治権を認め、イタリア連邦下での独立を認めた。また、イタリアはアルバニアからも手を引き友好条約を結ぶ。

 続いてフランス、イギリスも北アフリカ諸国の自治権を認め、両国連邦下での独立を承認した。スペインとポルトガルは植民地と協議を始めている。両国が自治権を認めるかはまだ不透明なところだな。

 イギリスは南アジアや中東イスラム地域の自治権付与について国内で議論をしているが、いずれ独立を認めるにしても独立直後に隣国と戦争を始めてしまいかねないこの地域については、慎重な姿勢を見せているようだぜ。

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