第85話 1943年 秋 先進国首脳会議開催 過去

――ドイツ ベルリン 用宗もちむね 過去

 ドイツとポーランドの対ソ連戦争が落ち着いたので、日本はドイツに派遣していた人員を削減する方針を打ち出した。高齢の用宗もちむねは帰国者リストに選ばれたので、日本へ帰国の準備を行っていた。

 そんな最中に日本にいる息子から連絡が入る。なんと用宗もちむねの帰国に合わせてドイツへ孫と一緒に観光に来るというのだ。

 久々に会う息子と何より孫に用宗もちむねは大喜びで、息子たちがドイツへ来るのを待つことになる。特に孫と一緒に用宗もちむねの愛するドイツを観光できることがことさら彼には嬉しかったのだ。

 

 息子達がドイツのベルリンへ到着する前日ではあるが、用宗もちむねはいつものようにお気に入りのバーへと足を運んでいた。彼が入店して十分もしないうちに、友人のヨーゼフが顔を出す。

 いつもながら、足を引きずった歩行が気になる用宗もちむねであったが、この小柄な友人はそんなことを気にした様子もなく用宗もちむねの隣へ腰かける。

 

「明日は息子さんとお孫さんがいらっしゃるんでしたよね。用宗もちむねさん」


 用宗もちむねの小柄な友人――ヨーゼフは少し残念そうな顔で彼へ声をかける。ヨーゼフは用宗もちむねが帰国することをもちろん彼から聞いていて、彼の息子たちと観光をした後日本をけることを知っているからこの表情なのだ。


「ヨーゼフさん。私もあなたと会えなくて少し寂しくなります」


「来年は日本でオリンピックが開催されますよね。その時に日本でお会いしましょう」


「おお。来ていただけるんですか。東京オリンピックは一度中止されてますから今度こそ開催されると良いのですけど……」


「開催されずとも東京へ行きますよ。もう家族と日本へ行く話をしていたんです。妻たちは日本へ行くことを楽しみにしてまして……」


「なるほど。中止になったとしてもヨーゼフさんの家族が中止を許しませんか」


 「そのとおりです」とヨーゼフが答えると、二人は笑い合いビールを口につける。

 二人の前にジュウジュウと音をたてるソーセージが置かれ、用宗もちむねは喉をごくりと鳴らす。ビールとソーセージの組み合わせは歳をとっても用宗もちむねの好物であり続け、彼がドイツを去ることの寂しさの一つでもあった。


「ヨーゼフさん。来日の際はぜひ私に通訳をさせてくださいね」


「助かります。ぜひお願いいたします」


 用宗もちむねはソーセージを口に運び、噛みしめるとソーセージから勢いよく肉汁が溢れる。すかさず用宗もちむねはビールを手に取りゴクリと一口飲み干す。

 このビールとソーセージのハーモニーは至福だよなと用宗もちむねは思うのだった。

 

「そうそう。用宗もちむねさん。すごい実業家と知り合いになれたんですよ」


「ほうほう。どんな方なんですか?」


 二人の会話は続いていく。

 

――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! フリーズドライって知ってるか? 食品を急速に冷凍しながら真空状態にすることで水分を飛ばして乾燥させる技術のことだ。軍隊のレーション(携行食)の味を改善することと軽量化を目的に開発が進んでいるらしいが、味や風味の調整が難しいみたいだな。

 試作品ができたら取材に行ってみるから楽しみにしておいてくれよ。フリーズドライって高野豆腐とか寒天みたいなもんなのかな。高野豆腐は水で戻して食べれるけど、持ち歩いてお湯を沸かし、元に戻すのか。水分が無い分軽くなる? あと腐らないなら良いよな。

 非常食にも向いてそうだぜ。

 

 中華ソビエト共和国が支配する華南へ侵攻した民国党は中華ソビエト共和国が満州から軍を戻す前に華南南部の沿岸地域の占領に成功する。中華ソビエト共和国は国境問題に対し、満州国境のアメリカ妥協案を認め、モンゴルと内モンゴルもそれに同意し満州国境問題を終結させる。

 中華ソビエト共和国は次にポルトガルとフランスに再三要請していた租借地の返還要求を十年間は凍結することを発表。こうして中華ソビエト共和国は他で発生していた抗争について妥協することで解決し、民国党軍を壊滅すべく満州に張り付いていたモンゴル軍と内モンゴル軍と共に華南へと軍を進める。

 

 兵数で圧倒的不利に立たされた民国党軍へアメリカ艦隊が沿岸部から艦砲射撃と航空支援で援護し、アメリカとイギリスの陸軍が民国党軍と合流する。それでも数の上で中華ソビエト共和国の連合軍が勝るが、装備に優れる英米軍の火力に対抗できず戦線を後退させていく。

 アメリカとイギリスが本格的に陸軍を中国大陸に上陸させたわけだが、西ソ連は「局外地域」として取り合わず、東ソ連は支援を行う余裕が無かった。そもそも、中華ソビエト共和国はソ連共産党の指示をまもらず動いてきたので、余裕がなくなっている東ソ連の支援は望むこともできなかったんじゃないだろうか。

 東ソ連がもし中華ソビエト共和国と親密な関係を築いていたとしたら、苦しい状況下であったとしても、武器弾薬の追加支援くらいは最低行っただろう。中華ソビエト共和国もソ連に救援要請をしていないことから、両国の関係は冷え切っているものと推測される。

 

 アメリカとイギリスは東ソ連の情勢を見て動いたことは確かで、彼らは東ソ連が陸軍を差し向けることがないと判断し軍隊を上陸させたんだ。現に目論見どおり進んでいるしな。

 

 華南の沿岸地域を占領下に置いた民国党軍は華北の沿岸部の占領へと駒を進め、ついに満州国境までの沿岸部の支配へ成功する。沿岸部は航空支援と艦砲射撃を受けることができるので、中華ソビエト共和国連合軍では歯が立たなかったというわけだ。

 快進撃を続ける民国党軍であったが、占領地を維持するための人員が不足してきたため沿岸部の占領が完了した後進撃を止める。対する中華ソビエト共和国は華北内陸部へと退却を行った。

 

 アメリカとイギリスが戦争を続けているが、ドイツのベルリンで先進国首脳会談が開催された。西ソ連の成立を受けて大国全てが一同に会する機会が訪れたため、開催されることになった。

 列強という表現を使わず、先進国という表記に代わっているが、列強という呼び名も過去のものになりつつあり、列強と呼ばれていた国もアメリカや日本はそれほど変化していないが、西ソ連やオーストリア連邦は国そのものが様変わりしている。

 そういった事情もあり、列強から先進国って呼び名に変えたらしい。

 

 集まった国は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア連邦、西ソ連、日本、イタリアの八か国になる。他にもカタルーニャ共和国など経済力を持つ国はあるが、この八か国は経済規模と世界への影響力が抜きんでている。

 会議では機能していない国際連盟について議論が交わされ、新しい国際調停機関の設立が提案された。日本は国際連盟設立時と変わらずアメリカが参加しなければ無意味なものとなると主張した。


 アメリカは国際調停機関の設立に向けて前向きな回答をしているから、国際連盟に変わる新組織が立ち上がるかもしれないな。

 国際調停機関に求めることは、軍事衝突などの紛争はもちろんのこと、公害や環境保護、経済支援などについても協議の場が持たれるように議論が進んでいるようだぞ。

 確かに環境保護や公害は一国でなんとかしても、隣の国から汚染された空気が流れてきたり、国境沿いの山が破壊されたりすると意味がなくなるからな。世界的に調整を行うってのはいい案だと思うぜ。

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