第84話 1943年 夏 第二次民共内戦 過去
――台湾 牛男 過去
牛男はドイツからやってきた実業家の訪問に対応していた。この資本家は動物が大好きで、環境保護と動物愛護活動が長じてサファリパークや水族館の経営に興味を示していた。
台湾水族館で泳ぐ美しい色とりどりの南国の魚達や鮮やかなサンゴに魅せられいたく感動したらしく、水族館を立ち上げた牛男とぜひ会話したいということで牛男と台北市内のとある料亭で雑談をすることになったのだ。
牛男が料亭で暫く待っていると、例のドイツ人実業家が通訳を伴いやって来たので、彼は立ち上がり挨拶をする。ドイツ人の実業家は、丸顔に丸眼鏡をかけた知的な顔をした中年の男だった。
「はじめまして。牛男です」
「はじめまして。ハインリヒです。このたびは無理なお願いを聞いてくださりありがとうございます」
丁寧に日本式のお辞儀をしたドイツ人実業家――ハインリヒに牛男は少し驚くも、彼と同じようにお辞儀をする。お辞儀の後はお互い固い握手をしてから座布団の上に腰かけた。
「あなたがプロデュースしたという水族館は素晴らしいですね。何より魚もサンゴも長期間に渡り生存している」
「南国の魚を多くの人に見てもらいたいのは一番なのですが、それで魚たちが犠牲になることは俺の思うところではありませんので」
牛男はハインリヒの言葉に少し嬉しくなっていた。これまで水族館に生きる魚たちの美しさを褒められたことは多数あったが、長期飼育について言及してくれたことは皆無だったからだ。
牛男は水族館を立ち上げるにあたって一番頭を悩ませたのは、いかに魚たちを飼育するかだった。長期飼育できなければ、水族館を作る意味がないとさえ彼は考えていたからだ。
切り花のように水槽へ魚たちを入れることに牛男は断固として反対している。なかなかうまくいかないが、水族館で魚やサンゴの繁殖にも挑戦している。牛男としては海の資源をなるべく採取したくないのだ。
魚はともかく、サンゴの中でも石サンゴは成長速度が遅い。飼育の目途がたっていないから導入していないが、宝石サンゴになるとさらに成長速度が遅くなる。乱獲すれば海の中のサンゴが居なくなってしまうこともあるだろう……
「牛男さん。あなたの考え方は素晴らしい。日本には胃痛の治療に来たのがきっかけだったんですが、あなたに会えてよかった」
「胃が悪かったんですか?」
「ええ。ずっと胃痛に悩まされていたんですよ。日本の大学病院で診てみらったところ完治可能だと診断がでましてね。今は治療の最中です」
「それは良かったですね! ドイツも優れた医療を持つと聞いてますが」
「確かにドイツの医療も世界最高水準といって良いと思います。日本の大学病院に行って驚いたのが、ドイツ人医者が多数いたことですね」
「無学なものですいません。ドイツと日本の医者が一緒になって医療の発展に努力してるってことでしょうか」
ドイツ人のハインリヒに日本の大学病院のことを聞くのもおかしな話だと牛男は思ったが、つい口をついて出てしまった。
「私も詳しくは分かりませんが、日独共同で最先端医療の開発に当たってるようでした。素晴らしいことです」
「ドイツの方に聞いてしまってすいません」
「いえいえ。あなたは実直で気持ちのいい方だと、今のやり取りで私はそう思いましたよ」
ハインリヒから突然褒められた牛男は照れのため頭をかく。この後、ハインリヒとの雑談は続くが、彼は独特の思想を持っているのだなあと牛男は感じた。ハインリヒは自身が尊ぶものは脈々とつながる血だと説明し、日本の武士が血脈を尊んでいたことにいたく感動したそうだ。
それが高じてハインリヒは自身の民族を至上と見る向きがあったが、どんな人でも多少なりとも自国民を他国民より下に置く傾向があるから、それほど特別ではないのかなとも牛男は思う。
人間についてはそんな感情を持っているハインリヒは動物となると全く様相が異なる。熱っぽく動物の素晴らしさを語るハインリヒは本当に楽しそうだった。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! 暑い! 暑いぞ。エアコンが欲しい。このまま気温が上がっていったら焼け死んでしまうぞ。いやまあ、秋になったら気温が落ちるって分かってるんだが、気温が落ちずにそのまま上がっていったらとか想像したことないか?
ないって? ええ。一度くらいはあるだろ? ロケットが成層圏を突破するまで飛ばすことが出来たんだが、地球を周回させるにはまだ推進力が足りないらしいな。これはあと数年で地球を周回できるロケットが完成しそうだよなあ。楽しみだ。
いやあ。ソ連の動きは驚いたな。少し振り返ってみようか。東プロイセンにソ連が「置き土産」として残した共産主義者の大半は、ソ連共産党の指導部争いの政争で敗れロシア公国に匿われていたソ連革命派に吸収される。
ソ連革命派は赤い至宝と呼ばれた軍人などソ連を追われるまで世界に名を轟かせた人物が数人いて、革命派を指導する指導者もソ連の前指導者の右腕のような人だったんだぜ。
とまあ、ソ連の現指導部が残した「置き土産」はソ連を追放されて結成されたソ連革命派の肥やしになったってわけだ。ソ連革命派は東プロイセンからバルト三国へ侵入すると、ソ連内部革命派と合流しソ連の現政権の批判を行う。
この批判の中でバルト三国の独立を約束したことで、バルト三国はソ連革命派へ協力し、ソ連と局地戦を行えるだけの兵力を確保する。
次に革命派は独墺と協力し、ソ連ポーランド占領地にいるソ連赤軍を左右から挟撃し戦争を勝利に導いた。この結果、ソ連革命派を支持する者が相次ぎ、ポーランド占領地で敗れた赤軍の半数以上は革命派へと味方する。
こうして勢いにのったソ連革命派は、独墺日の支援を受けながらついにモスクワの占領に成功する。
現指導部はウラル山脈を越え、ノヴォシビルスクに遷都したことでソ連は東西に分裂することになった。
革命派政権が誕生した西ソ連は独墺日と講和条約を結び、長く続いたドイツとオーストリア連邦の戦争は終結する。西ソ連は約束どおりバルト三国の独立を認める。オーストリア連邦へはルーマニアの支援を行わないことを約束する。
残念ながらポーランドのソ連占領地はそのまま西ソ連領となったが、独墺の西ソ連に対する見返りとの見方が強い。ポーランドは割を食った形になるが、元々ポーランドがドイツに戦争を仕掛けたことで始まった戦争だからなあ。ドイツにも思うところがあったんだろ。
ソ連が左右に分裂したことで、極東に動きがあった。旧指導部が指導する東ソ連は西ソ連との戦争に備え、極東軍の多くをウラル山脈方向へ引き戻した。今の東ソ連には極東で戦争を行うより西ソ連に対する復讐戦を仕掛けることが急務なんだろうな。
ソ連の圧力が消えた満州国境線問題で対立するアメリカと共産系三か国は再度国境線について交渉するも、決裂する。
モンゴル、内モンゴル、中華ソビエトの三か国は前年から動員令をかけ、アメリカに押し返された国境線を取り戻すべく動いていており、元々ソ連指導部の支持は得ていなかったからだ。ソ連が東西に分裂したからといって彼らの方針は変わらなかった。
これを好機と見たチワン共和国に逃げ込んでいた、中華民国の民国党亡命政権はアメリカとイギリスの後押しを受けて中華ソビエト共和国に占領された華南へ侵攻を開始する。
こうして再び中国共産党と民国党の内戦が始まったんだ。
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