第83話 1942年冬から1943年夏 ソ連騒乱計画 過去

――某国 某所 密室 過去

 痩せた長身の男――チョルーヌイは自身を見張る者がいないことに細心の注意を払い、とある場所へ向かっている。彼の機密を護る為に彼の部下も彼を監視する者がいないか遠巻きに見守っている。

 寂れた酒場に入ったチョルーヌイは、裏手にある扉を開けると地下へと足を運ぶ。地下は天井が低く、彼の身長では頭が天井につくほどだった。

 

 狭い地下室にはテーブルと椅子が二脚。すでにピエールイが一人座しており、軽く手をあげる。

 

「同志チョルーヌイ。情報は掴めたか?」


「同志ピエールイ。はい。掴めました。アメリカは戦争をやりたがっている様子です」


 チョルーヌイはピエールイに自身が掴んだアメリカの情報を伝え始める。アメリカは軍需産業の突き上げと長引く不況からの脱却の為、戦争によって需要創出を望んでいる節があるとの情報を掴んだ。

 政治とは常に金の力が影響する者だ……チョルーヌイはアメリカが「適度な戦争」はきっかけがあれば行うと確信する。アメリカが戦線に出て来たとなれば、ソ連赤軍は東方へ防衛の為ある程度移動せざるを得ないだろう。

 ポーランド戦線も膠着こうちゃくしているため、引き抜きはできない。

 

「同志チョルーヌイ。近く動く可能性が高い。心して待て」


「同志ラートゥガへ連絡を入れますか?」


 チョルーヌイの問いにピエールイは静かに頷く。ラートゥガの意味は虹。我らは全て「色」を使った仮称で呼び合うが、色の全てを束ねるという意味でラートゥガ(虹)という名前が決まったのだ。彼はソ連から追放されたが、我々の指導者であることは変わらない。

 ラートゥガはマールシャル(元帥)と共に反撃の機会を伺っている。日本とロシア公国の協力を得ることも出来た。さらに先日、ドイツとオーストリア連邦とも協議が成功裏に終わったと情報が入ったのだ。

 ソ連国外での準備は整い、ソ連国内の軍は東部へ少なからず移動した。確かにこれは我々にとって大きなチャンスに違いない。


「同志ピエールイ。それではこれにて……」


「同志チョルーヌイ。ご苦労だった。追って連絡する」


「了解しました」


 チョルーヌイは部屋を辞した後、ソ連国外とソ連国内の同志の集合地点は何処になるのか考えにふける。東欧ならば、旧バルト三国付近だろうか。マールシャルらが東プロイセンから侵入し、旧バルト三国の同志と合流。

 ポーランド占領地を守備するソ連赤軍を後ろから撃滅し、革命の波を広げていく……我々が力を見せればソ連国内で市民も我々革命軍を支持するだろう。そうなればあとは現指導部と指導部に従う軍隊を打倒できれば勝利は見えて来る。


 極東からならロシア公国を起点に革命の波を拡大していくことになるが、モスクワを押さえない限り現指導部を解散させることは難しい……となると、東欧からが有力か……チョルーヌイは自らの考えをまとめたものの、優れた指導力を持つラードゥガ(虹)が自身の浅はかな考えでは及ばない作戦を実行するだろうと確信する。

 

――五日後

 チョルーヌイはラードゥガからピエールイに伝えるべき情報を入手すると感動に打ち震えていた。ラードゥガの手はどこまで伸びているのか彼の政治的調整能力は疑う余地がない。ラードゥガが列強諸国との調整に成功していたと聞いていたが、彼らを確実に協力させるための餌までラードゥガは既に提示していたのだった。


 日本とイギリスへは東南アジアにおけるオランダ領及びイギリス領植民地の共産党指導者を支持しないと約束を行う。ドイツにはバルト三国の独立を約束し、東プロイセンの安全確保の餌とした。オーストリア連邦とトルコへはルーマニア社会主義共和国の共産党政権へ軍事派遣を行わず傍観することを約束した。


 バルト三国へ独立の約束はバルト三国が我々革命軍が立ち上がった際に協力してくれることでもある。ラードゥガはウクライナについては保留としているが、苦戦するようであればウクライナの独立までも確約し、革命軍の増強を行うかもしれない。

 極東については保留となっている。というのはラードゥガとマールシャルは東プロイセンから侵入を行う事が決定したため、極東は遠い。


 ソ連が東プロイセンから撤退する際に「置き土産」として共産主義者を大量に残していったが、彼らはほぼ全てマールシャル指揮下の革命軍としてこれからはじまる戦いへ参加する。彼らが革命軍としてソ連赤軍と戦うことを決意させたのはもちろんラードゥガの指導力のたまものだ。

 

 ソ連指導部がドイツの動きを鈍らせるために残した「置き土産」が我々の兵力に取り込まれるとはソ連指導部からしたら強烈な皮肉だろう。共産主義者が別の共産主義に取り込まれるのは愉快でならない。

 

――二週間後

 ついにマールシャルを総指揮官としたソ連革命軍は東プロイセンからバルト三国へ侵攻をはじめる。なんとドイツ陸軍の支援部隊と共に彼らはバルト三国へ侵入したのだった。


 バルト三国へ到達したマールシャルらソ連革命軍はバルト三国の独立を約束し、瞬く間に兵力を拡大する。それに呼応するように我々反指導部派もバルト三国で決起し、ポーランドのソ連占領地に向かう。

 ポーランドソ連占領地では西から独墺軍、東から我々革命軍に挟み撃ちにされるような形になりあっさりと敗北する。ラードゥガは敗北したソ連赤軍を取り込み、さらに兵力を拡大していく。


 我々ソ連革命軍はモスクワに向けて進撃を開始したのだった。ソ連革命軍は独墺日の支援を受けて快進撃を続ける。この分だとウクライナの支援は必要なさそうだ。しかし、独墺日がこれほど協力してくれるとは思ってもみなかった。

 さすがラードゥガだ。彼こそソ連の指導者に相応しい。

 指導部を叩き落し、我々革命軍がソ連の新政権を担う日もそう遠くないとチョルーヌイは思うのだった。

 

 ソ連革命軍はソ連赤軍にくさびを打つことに成功する。ソ連から追放されたマールシャルは元は偉大なるソ連赤軍の元帥だった。今でも赤軍からの尊敬は絶大なものがあり、マールシャルが率いる革命軍へ参加したいと申し出る部隊は日に日に増えてきている。

 これもラードゥガのもくろみ通り進んでいる。いくら東プロイセンに残された共産主義者やバルト三国、我々反指導部の兵力をかき集めても、ソ連赤軍の兵力とは隔絶している。ポーランド占領地で取り込んだ兵を始め、ソ連赤軍からの兵力の取り込みは必須事項だ。

 

 モスクワ侵攻までの道が見えた時……なんとソ連指導部は連れていけるだけの赤軍と共産党幹部らと共にモスクワから脱出し、ウラル山脈を越える。こうなれば残された僅かなソ連赤軍や共産党幹部らはソ連革命軍を支持せざるを得ず、ソ連革命軍はモスクワを占領することに成功した。

 モスクワを占領したソ連革命軍は、ウラル山脈より西側のソ連を自己の勢力圏に取り込むことに成功する。ラードゥガは約束通りバルト三国は独立を認める声明を出した。

 

 逃げ出したソ連指導部はノヴォシビルスクに新拠点を起き、ソ連革命軍へ反攻を行う声明を出した。お互いにソ連と名乗っているが、ソ連革命軍が占領したウラル山脈西側を西ソ連、旧ソ連指導部が支配を続けているウラル山脈東側を東ソ連と各国は呼称するようになった。

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