第80話 台湾住民投票 過去

――台湾 牛男 過去

 1941年10月頃に台湾の住民投票案が国会で可決され、台湾へ住民投票を行うよう政府から台湾へ通達が出されたが、実施は三年以内とのことだった。

 しかし台湾総督府は年明け早々、台湾を独立か日本へ編入かの住民投票を実施すると発表し日本政府からの通達直後に住民投票の準備を始める。

 

 牛男は住民投票で盛り上がる街の様子を眺めながら年明けを迎える。牛男が街に出て聞こえてくる声はどれも日本への編入を望む声で、台湾独立を唱える者には出会っていない。

 牛男が台湾へ来た頃には台湾独立派のデモがあったりしたが、彼らは台湾と日本本土の同権を唱えていた部分が多く、台湾が独自で収益をあげれるようになり台湾と日本本土の権利が同等になっていくにつれ独立派の集会も無くなっていった。

 

 しかし年明けの忙しい時期にこれほど盛り上がれるものなのかと牛男は感じていたが、牛男やその家族はやはり日本国籍であるということが大きい。台湾在住の日本国籍を持つ者は今回の住民投票に投票権が無い。

 住民投票をそっと見守るだけの立場だから、一歩引いた目線で見ているからそう感じるのだろう。

 牛男一家は年明け早々初詣に毎年行っているが、今年も恒例の初詣に繰り出す。街は年明けということで様々な祝い行事が行われており、牛男達の目を楽しませてくれる。

 街自体は年明けにも関わらず、住民投票のことで話題がもちきりになっているものの、治安はいつもと変わらない様子だ。

 

 神社の鳥居をくぐり、手を清めた後賽銭箱へお金を放りなげた牛男達は手を叩き、目をつぶる。

 

 家族全員が今年一年健康に過ごせますように……牛男は心の中で願い事を念じると目を開く。


「お父さん。何をお願いしたのー?」


 娘のひまわりが牛男のコートの裾をひっぱり無邪気に訪ねて来る。


「ん。みんなの健康を祈ったんだよ」


「ふーん。ひまわりはいつも元気だよ」


 ひまわりは自身の名前の由来になった満面の笑みを浮かべ、牛男へ「元気だ」とアピールする。あまりの可愛さに牛男は思わず彼女の頭を撫でる。


「もー。ひまわりはいつまでも子供じゃないんだよ」


 頬を膨らませ不満を言うひまわりだったが、目を細め気持ちよさそうに牛男に撫でられている。


「まあまあ。ひまわりは何をお願いしたんだ?」


「んー。秘密!」


 あははと笑うひまわりを牛男は片手で抱き上げると、空いた手で妻の手を握る。妻も牛男とひまわりの様子を見て微笑ましい気持ちになったのか、満面の笑みを浮かべていた。

 中国大陸はまた荒れていると聞いていた牛男であったが、台湾にいると平和そのもので外国の戦争の様子など彼には全く想像ができなかった。

 

 たまには新聞をちゃんと読むか……牛男は新聞好きな友人の顔を思い浮かべながら妻の手を引き歩き出す。

 


――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! お正月といえばこたつにミカンだよな。あー。寒いったらありゃしねえ。

 腰が痛い。ん? もう引退しろって? いやいや待て待て。俺はまだまだ元気だぜ! 毎朝ジョギングするくらい元気だから。大丈夫? ん? 毎朝ってことはないだろうって? 細かいなほんと。

 

 さあてじゃあまずは東南アジアから行ってみようか。東南アジアのイギリス植民地はイギリスとイギリス連邦内での自治権を認める条約を締結した。事前の取り決め通りシンガポールだけはイギリスの拠点として直轄地となったんだぜ。

 フランスが先だってフランス領インドシナで行った内容と似通っているから、フランスもイギリスの自治権を認める条約締結を歓迎する。独立の住民投票を行うことを決定していた日米も、イギリスの対応を称賛したんだ。

 

 フランス領インドシナの北部トンキンを実効支配し独立したベトナム社会主義共和国以外は、これにて一件落着となったのかというとそうではない。

 分かっているだろ? 東南アジアに広大な植民地を持つオランダが対応に苦慮しているんだよ。オランダ領東インド(インドネシア)は、錫などの鉱石資源に加え、プランテーションによるゴムなど農作物があり、オランダにとって無くてはならない植民地なんだ。

 いくら英仏日米に自治権を与えることでも利益は出るとさとされても、今持っているものを手放すには抵抗があり、オランダの世論も許さない。

 オランダ領東インドは日本の五倍ほどの面積を持つ巨大な植民地で、各地でバラバラに反乱が起こっている。イスラム原理主義、共産主義、民族主義と主張する内容は異なるが、全ての組織は独立を目標にしている。

 オランダ軍は反乱組織を各個撃破していっているが、次から次から噴出してくる反乱勢力に手が追い付いていない情勢になっている。叩いても叩いても、反乱勢力が新たに生まれては制圧のしようがないよな。

 対応に苦慮したオランダはティモール島を東西に分けたポルトガルとティモール島だけでも共同作戦を行おうと誘うが、ポルトガルは拒否。ティモール島東部を支配するポルトガルは軍事出動を行い反乱を鎮圧している。今後反乱が起こる可能性があるがポルトガルは独力で鎮圧できそうな情勢にある。

 

 というわけでオランダは孤立無援でオランダ領東インドの反乱軍との戦いを続けているというわけだ。いずれオランダが根を上げそうだが、その時にはオランダ領東インドが荒廃しているだろうな。

 今でも生産量は半分以下になっているというのに。オランダにはぜひ冷静な対応をしてもらいたいね。

 

 話は変わって満州とモンゴルの国境交渉だが、満州側が実行支配地域で国境を画定させるよう譲らず交渉は決裂した。一方的な満州の態度にモンゴルと中華ソビエト共和国の二か国を始め中国大陸にある共産党政権を持つ二か国も合わせて四か国で非難声明を出した。

 それでも満州の硬化した態度は変わらなかったため、ソ連も満州へ妥協案を出すよう提案を行うが、満州はソ連の提案を黙殺した。

 余りに強気な満州の態度はアメリカが望んだのか、満州自らの方針なのかは不明だが、満州と周辺の共産党政権を持つ国との衝突は時間の問題となってきたぞ。ソ連が参戦すれば日本もアメリカと協力して参戦義務があるから人事じゃ済ませられない。

 自身に参戦義務がある日本は満州に妥協案を出すよう提案したが、満州は拒否する。そのため日本は満州防衛についてアメリカと協議にはいる。

 俺の見解では、日米が満州へどのような対応を取るか決定したら戦争が始まると見ている。果たしてどうなることやら。

 

 最後に東欧に目を移そうか。東プロイセンの共産主義者摘発はほぼ完了したとドイツが制圧宣言を出した。この結果をもってオーストリア連邦とドイツはルーマニアの国王派を支援するため最終協議を行う。

 結果、ルーマニアはこのまま支援だけを続け、ソ連が占領したポーランド東部地域へ侵攻することが決定した。オーストリア連邦と隣接するルーマニアを放置することは確かに後ろから攻撃される恐れはあるが、ルーマニア南部には友好国ブルガリア、さらに南にはトルコもあり、ルーマニアの共産党政権が勝利したとしても、国王派との戦いで疲弊しているから脅威にならないと判断した。

 独墺がルーマニアに攻め寄せたとしてもソ連赤軍がくればポーランドと同じことなので、補給線が短いポーランドでの決戦を望んだというわけだ。

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