第71話 フランス領インドシナ 過去
――台湾 牛男 過去
牛男が働く水族館は順調に客足を伸ばしており、観光目的で航空機を利用する人が増えて来たのもあって台湾へ観光に訪れた本土の人達にも人気の施設となるまで成長していた。
牛男が青年期から夢みたカラフルな魚やイソギンチャクが収容された水槽は特に人気になっており、水族館で販売している色とりどりのスズメダイが群泳する写真が乗せられた絵葉書は販売数トップを記録している。
ここ数年で街の雰囲気が変わって来たと牛男は感じている。台湾へ来た頃たまに見かけた台湾独立派や共産党系のデモはすっかりなりを潜め、市民は現在の暮らしを謳歌しているように思える。
今年になって電波塔も完成し、街頭テレビが置かれるようになり市民に好評を博している。台湾住民の特別減税も無くなり、本土並みの市民権が与えられるようになったことも台湾系住民の融和に役立ったのだろう。
台湾は今や暮らしの上では日本本土と変わらぬ生活を送れるようになっており、街の風景も本土の中堅都市と変わらない。
台湾空港からは電車が街まで走り、街には電車だけでなく路線バスも縦横無尽に走り、車も増えて来た。街には百貨店や会社のオフィスビルが立ち並び、年々ビルの数が増えて行っている。亜熱帯性気候を活かした農業も隆盛を極め米だけでなく、南国独特のフルーツなども本土へ輸出されているほどだ。
そんな台湾では情報に疎い牛男でさえ耳に入る話題がある。それは「台湾の今後の所属を決める住民投票」に他ならない。
牛男は仕事帰りに同僚と居酒屋で飲みながら談笑していたが、話題は住民投票に移る。
「牛男さん。住民投票ってどうなんだろうねえ」
「俺は本土出身だからその辺よく分からないんだよ。台湾出身の君はどう思う?」
牛男の同僚は台湾出身の台湾人。彼は生まれた頃から日本語教育を受けているので日本人と変わらぬ日本語を話す。
「あくまで俺の意見だけど……」
そう前置きして台湾人の同僚は語り始める。彼が言うには、中華民国に戻ることは選択肢として無いとのこと。これはほぼ全ての台湾系住民でそうらしい。
一番多い意見はこのまま日本の一部となること。二割ほどの台湾系住民は独立してもいいと考えているようだ。
彼個人の意見としては、経済上、防衛上、心理上全て日本の一部になれると良いと思ってると牛男に告げた。多分にリップサービスが含まれてるかもしれないと牛男は考えたが、政治的なことに詳しくない牛男はうんうん頷くのみであった。
「なるほどねえ。しかしなんで突然住民投票だって話が出て来たんだろう?」
牛男の疑問に同僚はあきれたように肩を竦める。
「なんでって牛男さん……ニュースも新聞も見てないのかな」
「一応見てはいるけど、余り頭に入ってないよ」
「あれだよ牛男さん。きっかけはロンドン講和条約からだよ」
ええと確か。ロンドン講和条約ってドイツとフランスの講和条約だっけか。日本やベルギーも絡んでいたような……
「ロンドン講和条約かあ」
曖昧な牛男の言葉に同僚は察したように説明を始める。
「講和条約でカメルーンが独立したんだ。もう一つ、フランスが戦争で疲弊し、植民地への締め付けが緩くなると考えたトンキン地方が反乱を起こしているんだよ」
「トンキンって。フランス領インドシナの北部だっけ」
「そうそう。独立気配が高まってるからさ。東南アジアの他の国でも動きがあるらしいんだよ。で、騒ぎになってくる前に日米が台湾とフィリピンの独立について意見交換したんだ」
「ふうん。いろいろあるんだねえ」
「まあ。そういった動きがあるから、住民投票をやるんじゃないかって噂になってるってわけだよ」
牛男は「なるほど」と頷き、ビールに口をつける。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! 北千島産の魚は安くてうまい! 北千島も千島列島も漁業が盛んだ。冬になると厳しい寒さになるから俺は無理かもしれない。
腰がなあ。寒いと腰が痛くなるんだよ。全く。お、そうそう。消炎鎮痛剤って知ってるか? 腰に張るだけで楽になるって奴なんだが薬局で手軽に買えるようになったから助かってる。肩、腰に効く! って広告も出てるよな。
独墺戦争もロンドン講和会議で終戦を迎え、1940年中に平和条約が締結される見込みだ。先の欧州大戦と違い短期間で終わってよかったな! イタリアとフランスの協議が長引いていたが、結局フランスが折れてコルシカ島はイタリア領となった。
フランス、ドイツ、ベルギーの戦争により荒廃した地域の復興は日英米やカタルーニャ共和国などから復興支援が行われ始めている。フランスは経済の立て直しにイギリスから支援を受けるそうだ。
とまあ中欧は一旦落ち着いたんだが、東欧はまだまだこれからって感じだな。
ドイツは東プロイセンを取り戻すべくソ連に対し攻勢を開始する。オーストリア連邦はルーマニアの元政府勢力がオーストリア連邦へ亡命して出来た政権――ルーマニア王党派を支援しルーマニア社会主義共和国の共産党革命軍と戦争を開始する。
ルーマニアから国外脱出していた極右組織鉄衛団もオーストリア連邦の支援を求めるが、オーストリア連邦は逆に彼らの取り締まりを行い、鉄衛団は壊滅する。取り締まりの原因はこの組織の掲げる反ユダヤ主義、国粋主義がオーストリア連邦の意向に沿わなかったからとされる。
オーストリア連邦は国是として民族融和、反共、反ファシストを掲げているし、これらに反する行為は犯罪とされるから壊滅させられたんだろうなと俺は思うぜ。
領土の三分の一をソ連に占領されたポーランドは、独墺日の復興支援を受け円経済圏に復帰する。政権は穏健派が議席を占め独墺日の三か国と緊密な関係を築くと宣言している。またソ連を「民族の敵」と認定し占領地を取り戻すべく軍事組織の再編を急ピッチで行っているとのことだ。
そうはいってもポーランド単独でソ連に当たるのは荷が重過ぎるので、独墺日の助けを受けて反撃の機会を伺うってところだろうな。東プロイセン情勢が動かないことにはポーランドは動けないだろう。
アジア情勢が混沌としてきたんだよ。フランスがドイツに敗れ、カメルーンが独立することになったわけだがフランスの弱体化と見て取ったフランス領インドシナの共産党勢力ベトナム人民軍が、フランス領インドシナ北部地域であるトンキンを勢力圏として独立宣言を行った。
ベトナム人民軍はフランス敗戦の間隙を縫って瞬く間にトンキン地域を占領し、フランス軍の追い出しに成功する。こうしてトンキン地域はベトナム社会主義共和国となったんだぜ。
フランス領インドシナは五つの地域で構成されている。トンキン以外の四地域ラオス、カンボジア、阿南、コーチシナでも独立を求める動きが出ている。フランスは独立派をどう抑え込むのか、または独立を認めるのか続報が入り次第お伝えするからな。
アジア地域の独立運動の成功を見た東南アジアの他の地域でも独立運動が活発化してきている。日本の台湾ではそんな動きは全く無いんだけどなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます