第72話 極東騒乱 過去

――南洋諸島 藍人 過去

 1941年になったが、東欧の戦争はまだ続いており極東地域でも民族主義と共産主義が吹き荒れ大混乱の様相を見せている。藍人は家族で南洋諸島パラオを訪れていた。南洋諸島は日本の委任統治領だが情勢は安定しており民族主義者も共産主義者も一見したところ全く見当たらなかった。

 極東情勢が悪化すれば渡航制限が出るかもしれないので、藍人はそうなる前に家族を連れて南の島へ行きたかったのだ。

 友人の牛男は南の島のすばらしさをことさら語っていたので、藍人も一度訪れてみたいと考えており、行くなら仕事ではなく家族と決めていたので念願がかなって顔が緩みっぱなしだ。南国の島は季節など関係なく海水浴が出来るのがいい。

 

 藍人が宿泊するホテルは昨年完成したばかりの最新式のホテルで、ビーチサイドに立つ長方形のビルは近代的な雰囲気を醸し出していた。このホテルはエレベータも備え付けられており、最上階はなんと二十五階になる。さすがに最上階のロイヤルスイートへ宿泊するには高すぎたので断念したが、藍人は十五階から眺める景色でも十分満足している。

 家族と揃って南国の浜辺を見るなんてまるで夢のようだと窓際のテーブルでビールを飲みながら階下を見下ろす。到着したのが夕方だったから、泳げるのは明日からになるのが少し残念な藍人であった。

 

 しかし、パラオの発展ぶりには驚かされる。藍人は空港からここまでの道で見た風景を思い出しビールを口に運ぶ。空港ではレンタカーの貸し出しが行われており、空港からリゾート地までは広い道路が敷設されている。

 空港近辺にはいくつかのオフィスビルがあり、リゾート地の中心地には藍人の宿泊しているような近代的なホテルがいくつも建っている。買い物が出来る総合ショッピングセンターという巨大な施設もあり、そこへ行けばたいていのものが揃うといった感じだ。

 どちらかというと、街の造りは日本的ではなくアメリカの観光地に近い造りなのかなと藍人は思うのだった。


 まあ、アメリカの観光地と違って、白人や黒人の姿は全く見ないんだけど……見かけたのは現地パラオの人と日本人ばかりだった。探せば外国人もいるかもしれないけど、数はすくないだろうと藍人は予想する。

 こんなにいい観光地なのだから、そのうち外国人客も多く訪れるようになるかもしれないなあ。

 

「藍くん。ビール飲む?」


 藍人の手にあるジョッキが空になったことを見た蜜柑がビール瓶を持ってこっちにやって来る。

 

「ありがとう。ひびきは?」


「もう寝たよ。一緒に飲もう?」


「ああ。一緒に飲もう」


 二人は眼下に見える夜のビーチを眺めながらビールを口に運ぶ。

 

「パラオはきっと世界に自慢できるよなあ」


「うん。きっとそのうちいっぱい外国から観光客が来ると思うよ!」


「蜜柑は変わらないなあ」


 俺達はもういい歳になったんだけど、彼女は若い時のまま口調が変わっていない。いつまでも天真爛漫な彼女でいて欲しい。

 藍人はそう考えながら、蜜柑に微笑みかけると蜜柑は頬を膨らます。

 

「もう。からかわないでよお」


「からかってなんかないよ。可愛いなと思ってさ」


 蜜柑は恥ずかしさからか顔を真っ赤にして藍人の肩をぺシぺシと叩く。

 南洋諸島に世界各国から観光客が集まるには極東の平和は必須だろうなあ。大荒れでいつ渡航禁止になるかも分からない状況だと日本人はともかく外国人にとっては厳しいだろうな……

 日本自体は安定し平和を謳歌おうかしているけど周辺国家はそうではないからな。

 


――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! ん? そろそろ隠居したらどうかって? いやすでに隠居してるじゃねえかよ。

 南の島でノンビリしたらどうかって? いやいや俺はまだまだ続けるんだからな。覚悟しておけよ。ん? 池田くんはどうしてるんだって? ああ。池田くんはな。売れっ子作家だぞ。賞も取ったし本も売れている。

 え? 俺のエッセイより池田くんが書いた時のほうが磯銀新聞の謝礼が多いんじゃないかって? 君たちは触れてはいけない闇に触れちまったようだな。

 

 極東は大混乱になっているんだぜ。なあに簡単に説明するから任せてくれ。

 中華ソビエト共和国がついに中華民国へ攻め込んだ。きっかけは些細な事で、国境で中華民国の民国党兵による誤射で中華ソビエト共和国の人民解放軍に死者が出たことに対する補償問題から戦争にまで発展した。一部では中華ソビエト共和国の自作自演ではないかと言われているけどな。

 ベトナム社会主義共和国が独立し、フランス領インドシナと睨み合ってる状況を中華ソビエト共和国はチャンスと見たんだろうな。ベトナム社会主義共和国はチワン共和国にも接しているから少なくともフランスの動きは鈍るだろう。

 応戦する中華民国の民国党だが、華北の軍閥を味方につけている中国共産党が優位に戦いを進めている。このまま他国の介入が無ければどんどん押し込まれていくんじゃないかな。

 

 独立したばかりのベトナム社会主義共和国の影響を受け、フランス領インドシナの東部地域である阿南では民族主義者と旧王朝の勢力が武装蜂起して混乱が広がっている。西部地域のラオスのデモはフランスによって押さえつけられたが沈静化したとは言えない状況だ。

 西南部のカンボジアには共産主義者の集会が行われ、フランスに検挙された。唯一静寂を保っているのはコーチシナだけというなんともまあ凄まじいことになっている。

 

 この動きは東南アジアの他の地域へと波及する。タイ王国の東隣にあるビルマは1937年にイギリスから自治権を認められていたが、完全独立を目指す動きが加速した。同じく南のマラッカ海峡にあるイギリス領マラヤは自治権を求めて連日デモが行われている。

 インドは変わらず独立に向けた動きをイギリスが鎮圧しているが、ビルマ、マラヤもとなるとイギリスにとっても抑えるのが困難になってくるだろう。

 

 もう煩雑で分からなくなってきたところすまないんだがまだある。オランダ領東インド(インドネシア)は一番複雑な情勢下になってるんだよ。なんと共産党革命軍、民族主義を掲げた独立派、イスラム系過激派がお互いに協力することなく暴れている。オランダ軍はそれぞれ鎮圧に向かっているが、広い領内各地で反乱しているので沈静化まで相当な時間がかかると思うぜ。

 余りの混乱ぶりに苦慮したオランダはティモール島を東西に分けたポルトガルに協力を要請しているが、独裁政権のポルトガルとオランダが協力関係を持てるのか世界は疑問視している。

 

 東南アジアの残す地域であるフィリピンはアメリカと協議の結果、十五年後に住民投票を行うことが決定し独立を国民が選べば独立する流れとなった。この動きに日本でも台湾で住民投票を行うか協議しているみたいだぞ。

 

 アジアで脱植民地の動きが加速しているのに対し、アフリカでは余り動きはない。アフリカの独立国家はリベリア、カメルーン、エチオピア帝国、エジプトの四か国。北アフリカでは独立派の動きはあるが、体制を揺るがすほどではない。


 南アフリカはそのうち自治権を確立しそうだけどなあ。余り本国のイギリスと揉めてない様子だから、もし自治権又は独立となってもイギリス連邦の一部みたいになるかもしれないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る