第70話 ロンドン講和会議 過去
――イギリス ロンドン 田中外務大臣 岡国防大臣
フランス、ベルギーとドイツの講和会議がイギリスの仲介によって開催されている。出席した国はフランス、ベルギー、ドイツ、日本、イタリア、イギリスの六か国になる。オブザーバーとして外務大臣クラスのみ参加のオーストリア連邦とアメリカが参加している。
ドイツ国内で行われていた戦争もドイツがポーランドとの東部戦線終結後に半数ほどの部隊を西部へ引き抜きフランス、ベルギー連合軍に当たると次第にドイツが押し始め戦線をドイツが押し戻していく。
既に海の戦いでは敗れていたフランスは陸での戦いも不利になってくると、フランス国内で政権批判が高まり日に日に反戦デモの規模が大きくなってきた。元々安定政権ではなかったフランスの与党は野党から激しい攻撃を受け、与党から離脱する議員も出て来る。
その結果、現政権が国民の支持を失い反戦派が政権を握る。
フランス反戦派の政府はイギリスへ講和会議の仲介役を頼み、ドイツもイギリスの仲介を受け入れたため、ロンドンで講和会議が開催される運びとなった。ベルギーは元より単独ではドイツと戦う事ができず、フランスと共に講和へと舵を切った。
講和会議の最初にドイツが無賠償を宣言したことは会場を驚かせる。この発言のお陰か講和会議は割にスムーズに取り決めが進んでいく。フランスはヴェルサイユ条約で定められたドイツからの賠償金の残額を破棄、ドイツ領ザール地方の利権の破棄を了承する。
続いてドイツ再軍備とラインラントの非武装化の解除について議論が交わされ、イギリス、日本、アメリカも承認し決定される。
次に領土についてだが、ドイツはヴェルサイユ条約で割譲したアルザスロレーヌをアルザスロレーヌ共和国とすることを求めた。アルザスロレーヌ共和国の構想は欧州大戦の講和会議――パリ講和会議でアメリカが独仏両国の緩衝国家となることを期待し提案したものと同じになる。フランスはドイツの侵略を恐れていたため、この提案を受けいれる。
また、アルザスロレーヌ共和国は独仏両軍の進駐を禁止と定めることとなった。
独仏講和交渉は予定していた時間の半分にも満たない時間で合意の運びとなった。これには各国はいい意味で予想を裏切られた形となり、ドイツの寛容さは各国から絶賛されることになる。
次にベルギーとドイツの講和条件が会議されたが、これはなんと一時間もかからず終了する。ドイツはベルギーに何一つ求めなかったからだ。
続いてフランス植民地へ議題が移る。フランス植民地のうち、元ドイツ植民地でヴェルサイユ条約で割譲したカメルーンについてはドイツへ返還が決定するも、ドイツはカメルーンを独立させる方針を打ち出す。
ドイツは植民地運営を行うより独立し、親ドイツ的な政策を取り自主発展してくれた方が経済的に有効だとカメルーンの独立を行う理由を述べた。
日本とドイツが要求したのは、フランス領ニューカレドニアでこちらはドイツの委任統治領になることが決定する。フランス領マダガスカルは非武装地域にすることを日独は要求しこれもまた受け入れられる。
その他のフランス植民地について現状維持が確認された。ヴェルサイユ条約ではドイツの植民地が全放棄されたのに対しロンドン講和会議でフランスの植民地がほぼ現状維持だったことに出席した国は大いに驚く。
次にベルギー植民地は元ドイツ植民地であるルアンダウルンジを放棄し、イギリスの委任統治領となることが約束される。ルアンダウルンジはイギリス植民地ルアンダと接する狭い地域で、内陸部だったので仲裁を行ったイギリスへと渡されることになったのだった。
ベルギー領コンゴは現状維持となる。
初日の会議後、機密保持が確保された部屋で田中外務大臣と岡国防大臣は談笑を行っている。
「イギリスが特に驚いておりましたな」
愉快といった様子で岡国防大臣は田中外務大臣へ微笑みかける。
「ドイツが無賠償宣言を行った時のイギリスの顔といったらすごかったですね。フランスも固まっていましたよ」
「アメリカはヴェルサイユ条約の時と同じ無賠償で説得を試みる予定だったみたいですが、賠償金は禍根しか残しませんからなあ」
「その通りです。早期に会議を終了させ、恨みをなるべく買わず後ろから刺されないようにすることが最大の目的でしたからね」
「これからソ連と戦争を行いますからな」
岡国防大臣の言葉に田中も大きなため息をついた後頷きを返す。ドイツが過酷な要求を行い、講和会議が長引いて喜ぶのは東プロイセンを占領したソ連だけで、禍根を残すとソ連とフランスが繋がりかねない。
対ソ連戦争で苦境に立たされた時に後ろからフランスに攻められれば目も当てれない状況に陥ることは想像に難くない。
ドイツ同様に対フランス、ベルギー戦を行った日本も賠償金要求を行わず、領土要求も行わなかった。
「明日はイタリアとフランスの講和会議ですか……気が重いですね」
田中の言葉に岡もため息をつく。イタリアは火事場泥棒といっていい動きでコルシカ島を占領したからだ。制海権を日本に取られたフランスではコルシカ島に手を出すことができず、イタリアにまんまとコルシカ島を奪われてしまった。
コルシカ島は元々イタリアのジェノバが支配していた島で、ジェノバがコルシカ島の反乱を鎮圧するためにフランス軍の力を借りたのがフランスによるコルシカ島支配のはじまりである。元々イタリア領の島であるとの主張は間違いではないのだが……
「イタリアとフランスの講和会議は長引いても害はありません。じっくり会議してもらえば良いんじゃないですか」
「そうですね。ドイツとフランスの講和さえ成れば、日本として特に主張することはありません」
「そうですな。それより英米独墺日の対ソ連についての協議の方が重要です」
「確かに。ソ連の巧さは脅威です。ただ全てソ連の思惑どおりに進めるわけにはいきません」
「フランスとの早期講和もソ連の計算を狂わせる目的がありますからな」
ソ連は東欧戦線において最も利を得ただろう。フィンランドとの争いを早期に終わらせ、僅かな土地を奪い取ったが敗戦といっていい形だった。それは東プロイセンを占領しポーランドへ侵攻するためだったのだ。
ちょうどブルガリアで共産党軍と政府軍の戦いが起こっていたのもソ連の動きを隠すカモフラージュになった。オーストリア連邦の参戦があったため、想定より少ない占領地にはなっただろうが、しっかりポーランドの三分の一を奪い取り自国に取り込んだのだから。
田中が予想するソ連の次の動きは、フランスとドイツが戦争を行っている間にポーランドを攻めるか、ロシア公国を攻めるかどちらかだと考える。どちらを攻めたにしてもフランスとドイツの戦争がある限り、手薄になるからだ。
中華ソビエト共和国を動かすことも予想されるが、無傷の英米が参戦する可能性が高い中華民国よりは仏独戦を行っている日本が協力するロシア公国の方が攻めやすいだろう。
独仏戦争中ならば、オーストリア連邦単独でポーランドのソ連占領地へ攻めてくる可能性は低いだろうから、後顧の憂いも無い。しかしロシア公国を攻めた場合にはアメリカが参戦することになるが……
東プロイセンは確実にドイツが攻めて来るので、ソ連から見ればロシア公国を攻めるチャンスは独仏戦が終わるまで。東欧戦線は必ず戦わねばならない。やはり来る可能性が一番高いのはロシア公国だな。
独仏の早期講和を予想しておらず、ソ連がロシア公国へ攻めた場合、独墺軍のチャンスになるな……
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