第62話 歴史は必然なのか? 現代

――健二 現代

 健二はノートに書かれた文章に再度目をやり、一息つく。ノートの人から今後の対応について相談を受けているが、父親と検討する前に自分なりに考えを整理しておこうと彼は考えていた。

 

 日本はドイツからポーランドの西プロイセン進駐について相談を受けており、対応を協議しているという。ポーランドが進駐する期日は迫っており、急きょ日独首脳会談が開催されるらしい。

 ここまでの欧州の歴史の流れを整理すると、歴史は必然なのかと健二は思わずにはいられない。欧州情勢は史実と大きく乖離していっているが、最後は戦争に繋がるのか。歴史は戦争を欲しているのかと彼は頭を抱える。

 中国大陸の情勢は日本が関わっていないからか、共通の敵がいないため、国民党と共産党が殴り合った結果、共産党が生き残ったものの、新たに民国党という国民党に変わる政権が出来た。

 中国大陸については、日本の不干渉が決定しているので見守る以外ないが、欧州情勢を考える場合に中国大陸の事も考慮に入れなければならないだろう。

 

 考えが逸れてしまったことに気が付いた健二は再度ドイツの状況の整理を行うことにする。

 英仏はドイツが実際に侵攻されない限りは何も行わないと通達している。ならば、ポーランドが進駐するまで待つのが良いのではないだろうか。ポーランドが進駐し、それでも英仏が手を貸さないとすれば、ドイツは再軍備しかないだろう。

 そしておそらく、英仏は理由をつけて支援を行わない。

 日本が再軍備したドイツを支持しないという道は選べない。既にドイツとオーストリア連邦は経済パートナーとして必須の存在になっているからだ。

 ドイツが再軍備を行うと宣言するとヴェルサイユ条約違反となるから、仕方ない状況とはいえ英仏米ソは何等かの反応を示すだろう。

 

 日本がドイツの再軍備を支持し、ドイツの軍備が整うまでの間支援するとなると、軍事力の派遣は必須になる。軍を派遣するのはいい。問題は日本がそうした場合に列強はどのような動きをするのかだ。

 絶対に敵対してはいけないアメリカはドイツ再軍備に元々反対していなかったし、欧州情勢は中立を保つ姿勢を変えないだろう。イギリスは日本が支援した場合、態度保留にせざるをえないと思う。

 フィンランドの物資輸送もあるが、日本と敵対してまでドイツ再軍備に制裁処置を取るメリットが無い。

 アメリカとイギリスへ日本からドイツが再軍備した場合の対応を協議しておけば、この二か国とは敵対せずにすむだろう。

 

 フランスは確実に制裁処置を取って来る。イギリスを引き込んでワザとドイツが再軍備するのを待っていた節もあるし、ドイツの軍備が整うまでにベルリンまで落としてしまおうとするかもしれない。

 

 考えがある程度整理できたところで、健二は階下のリビングへと向かう。リビングではソファーに寝転がった妹が携帯ゲーム機で遊んでいて、父はスマートフォンで何かを確認し唸り声をあげている。

 

「父さん。どうしたの? 変な声だして」


「あ、健二か。そろそろ検討を始めるか?」


「うん。父さんが良ければ」


「健二。あの世界のポーランドが通達した期日を確認してみろ」


「1939年九月一日だけど……あ、ひょっとして」


「そうだ。史実の第二次世界大戦がはじまった日なんだよ」


 健二は父の言葉に背筋が凍る思いで、身を震わせた。歴史は必然なのか、それともこれは偶然なのか。だからさっき父は変な声をあげていたのか……


「あちらでも第二次世界大戦が起こるのかな……」


「最大限に広がったとしても史実よりは限定された地域での争いになると思うぞ」


「父さんの予想を教えてくれないかな?」


「そうだな」


 父の意見は健二が考えたものと似た部分が多かったが、中国大陸情勢を考慮したものとなっていた。アメリカは華北に中華ソビエト共和国があり、ソ連が後ろに控えている限り日本と敵対することは避けるだろう。

 いつになるか分からないが、ソ連が崩壊し、中国大陸から中国共産党が滅べば太平洋で日本と敵対する可能性も出て来ることもあるだろうと述べる。しかし、これは今すぐではない。なので、アメリカは日独と敵対することはない。

 とはいえ、イギリスとフランスと敵対することもないだろうから、欧州で何が起ころうが不干渉を貫くだろう。

 イギリスは自国の舵取りに悩み、ドイツ、日本、フランスへ中立を宣言することになる。フィンランドへの支援をフランスの要請があれば停止する可能性はあるかもしれないが、その確率は低いと父は見ていた。

 フランスはドイツの再軍備宣言を受けて、ラインラントへ進駐すると父は言う。史実を顧みると、フランスとベルギーは賠償金未払いを理由にラインラントへ進駐しているから、ドイツに対する制裁処置としてラインラントの進駐を行ってくるのではということだった。

 同時にフランスが狙うドイツのザール地方へも何か仕掛けてくるかもしれない。ヴェルサイユ条約違反の再軍備を認める代償として、ザール地方の更なる利権を求めるなどといった風だ。


「なるほど。父さん。俺はフランスがそのままドイツの占領に動くんじゃないかと思ったんだよ」


「さすがにそこまで暴走しないと思うぞ。理由はいくつかあるが……もしドイツの再軍備宣言だけで、フランスがそう動くならフランスは終わるな」


 フランスがドイツの再軍備宣言を受けて制裁措置を取るまではいい。しかし、ドイツの占領に動くとなると制裁措置ではなく、侵攻になる。ドイツから何か侵略を受けたわけでもなく、理由がドイツの再軍備だけとなるとイギリスもドイツ支持にまわるだろう。

 フランスにとってイギリスの敵対は致命的だ。日本もドイツ占領にフランスが動いたとなると、フランスへ宣戦布告を行うだろうし、そうなればイギリスもフランスへ宣戦布告だ。

 日本とイギリスを同時に相手を行いながら、ドイツとも戦わねばならない。誰が見ても勝ち目がない戦いにフランスが踏み込むことはないだろうと父は言う。

 健二も言われてみれば確かにそうだと納得する。ラインラントへ進駐し制裁措置を取るまでなら、日本とは敵対するかもしれないが、イギリスは静観するだろう。

 フランスの戦略はドイツから再軍備の代償に何かを得る事なのかな。極端な要求をした場合、ドイツとフランスは戦争になりそうだけど……

 

「健二。ポーランドはフランスと対ドイツ相互同盟、ソ連との不可侵条約を締結している」


「そうだね。父さん」


「ポーランドの暴走は後先考えてない動きに見えるんだよ。西プロイセンを占領した後、かつての自国領土を狙うかもしれないぞ」


「東プロイセンかな……」


「そうだ。その場合ソ連と共同で攻めてくるかもしれない」


 ソ連は旧ロシア帝国領を再度奪取することが国是だが、史実を見てみると東プロイセンは第二次世界大戦後、ポーランドとソ連に分割されている。ソ連が東プロイセンへ来る可能性はあるだろうな。と健二は考える。

 最悪のシナリオは、ポーランドが西プロイセンに進駐し、ドイツが再軍備宣言を行うとフランスがラインラントへ進駐。ソ連が東プロイセンへ進駐。ドイツが再軍備するにしても、準備にどれだけ時間がかかるのだろう……武器弾薬や航空機、戦車は生産はしているだろうけど、その規模は非常に心もとない。

 元々工業力のある国だから、既存の工業設備の転用も含めればそこまで時間がかからずに体制は整うが、動員できるまでの間に本土を攻められればアウトだ。

 フランスもポーランドもさすがにドイツ本土へ攻めては来ないだろうけど、彼らにとってドイツ占領の最大のチャンスもドイツの準備が整うまでの間だろう。早急な侵攻は日本だけでなく、イギリスの参戦も招くと思うが……

 

「なかなか難しいね」


「まあ、日本の方針はイギリスとアメリカへドイツが再軍備しても日本はドイツを支持することを交渉し、最低でも中立を保つように両国と調整する」


「うん。後はポーランドの進駐を待ってからドイツが再軍備宣言するってことだね」


「ああ。ドイツの再軍備宣言の前に日本からポーランドへ圧力をかける。水面下で軍需工場の設備を整えておくことも必要だ」


「了解。ノートに書くよ」

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