第61話 欧州動乱 過去

――藍人 東京 過去

 政府より藍人ら商社や運輸会社、貿易会社に向けて欧州方面への物資輸送を強化する旨が通達された。会社が儲かるのはいいことなのだが、藍人は暗い気持ちになることを抑えきれずにいる。

 藍人は朝の通勤電車の中で新聞に書かれている欧州情勢の記事を読むとため息をつく。

 

<フィンランドへソ連が侵攻か?>

<オーストリア連邦再軍備>

<ポーランド、西プロイセンへ進駐>


 新聞に踊っている記事を再度読み直した藍人は、げんなりした気持ちで新聞を閉じる。

 フィンランドはソ連の無茶な要求を拒否したため、ソ連赤軍は侵攻の構えを見せており戦端が開かれるのは時間の問題だろう。オーストリア連邦はルーマニアへ対抗するため急ピッチで陸軍と空軍を整えている。

 ドイツの状況は最も悪いだろう。ポーランドがポーランド系住民の保護を訴え、西プロイセンへ陸軍を差し向けたのだ。

 

 これは戦争になる。日本からドイツ、フィンランド、オーストリア連邦への物資輸出が増える為、政府より物資輸送の強化の通達が出たのだ。

 このような国際情勢下であったが、藍人自身は先日課長へと昇進し給料も増えた。部下も三十人ほど抱える立派な中間管理職にまで出世する。本来なら嬉しい出世もこうした状況下ではあまり喜べないよ。と藍人は一人愚痴をこぼす。

 

 午前中は横浜港まで視察に行った藍人は、同世代の市役所の職員と昼食をとることになった。

 

「鈴木さん。オリンピックは開催できるんでしょうか?」


 藍人は注文を待ちながら、市役所の職員――鈴木に問いかける。

 

「このまま戦争となれば延期になるでしょうねえ。非常に残念ですがそうも言っていられませんよね」


 鈴木も藍人と同じように浮かない顔で首を振る。


「新聞を読む限り、各国の動き方次第では最悪欧州大戦にまで発展する可能性もありますよね」


「考えたくありませんが、可能性は無くはないと私も思いますよ」


 藍人の言葉に鈴木も頷きを返す。

 欧州の事を語りながらも、藍人は中華民国情勢も気になっている。中華民国は国民党から民国党政権へと移り変わったが、中華ソビエト共和国を支配する共産党へ不満を残す形で動乱が終結したからだ。

 きっとまた両国は衝突すると藍人は確信していた。欧州に加え、極東でも戦争となれば列強諸国がそれに関わり、泥沼の争いに発展しないだろうか……藍人は恐ろしい考えが浮かんだことで身震いする。

 

「そういえば、エチオピアとデンマークとも経済協定を結んだんでしたよね」


 藍人は何か明るい話題をさがそうととっさに、経済協定の話を持ち出した。この二か国と締結されたのは、名前は同じ経済協定だけど中身は少し違う。エチオピアはイタリアへ配慮し、円ペック協定は結ばれていない。

 その代わりイタリアリラをエチオピアブルと固定相場とした。デンマークは経済が好調であったので、円ペッグは結ばれておらず、関税軽減を行ったのみだ。


「日本と経済協定を締結した国も増えてきましたよね」


 鈴木も藍人の話題に乗っかって来ると、二人に笑顔が戻ってきたのだった。

 


――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回はエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! そうそう正倉院の特別展示が開催されてるんだよ。初の展示だからもう人が多くてさ。せっかく観光に行ったのに、並んだ時間の方が見る時間より遥かに長かったなあ。

 アメリカでもアカデミー賞がどうとか新聞で話題になっているんだが、日米の呑気な雰囲気と違って欧州はそれどころではないんだけどな。

 来年は東京でオリンピックが開催される予定だったが、どうも四年後に延期になることが濃厚だ。ものすごく楽しみにしてたのに残念だよ! 応援グッズを買い込んでたのに、これ五年間も置いておくのかよお。

 

 欧州情勢が非常に複雑になっているんだが、任せろ。分かりやすく解説していくぜ。

 ソ連はフィンランドへ最後通牒を送り、フィンランドへ侵攻した。これに対し日英米の三か国はソ連へ非難声明を出す。国際連盟もソ連へ非難決議を出し、ソ連は国際連盟を脱退する。

 イギリスはカタルーニャ共和国へ派遣していた艦隊をバルト海へ回航し、ソ連艦隊が出てきた場合には圧力をかける方針だ。また、フィンランドへ弾薬をはじめとした物資を輸出することも始めた。日本は艦隊派遣こそしなかったものの、円経済圏であるフィンランドへ物資の輸出を活発に行っている。

 

 フィンランドへの輸送ルートについて簡単に説明するぞ。冬になるとバルト海北部とフィンランドの港があるフィンランド湾は凍り付くから船での輸送はできなくなる。季節はまだ夏だから今のところフィンランド湾への輸送は問題ない。

 ただ、フィンランド湾はソ連の侵攻ルートと至近距離にあり、直接港へ送り届けても防衛に当たるフィンランド軍にまで輸送をすることは困難だ。なぜなら、フィンランド湾の港からフィンランド北部まで陸ルートで運ぶとなると途中でソ連の赤軍が立ちはだかるからな。

 というわけで、フィンランド湾からは輸送できない。となると、ノルウェーを通じての陸ルートを使うしかないわけだ。ノルウェーはフィンランドと同じ円経済圏に入っている国ということもあり、快く輸送を受け持ってくれた。

 イギリスと日本の商船はノルウェーの港まで物資を運び、ノルウェーが陸路でフィンランドまで物資を届けることでフィンランドは物資を受け取ることができたってわけだ。

 

 ソ連はフィンランド国境から三倍の兵力を持って赤軍を送り込み、対するフィンランドは防戦している。今のところフィンランドが兵力差にも屈せずソ連の攻勢を防いでいる。

 今後の戦況次第ではイギリスがフィンランド湾から艦砲射撃を行うかもしれないな。

 

 続いてはルーマニアとブルガリアだ。ルーマニアは国境線に配置した軍をそのまま維持している。対するオーストリア連邦は再軍備が進み、陸軍をトランシルバニア州に集結させる構えを見せている。もし、ルーマニアがトランシルバニア州へ侵攻した場合には応戦する構えだ。

 ブルガリアは共産党革命軍と政府軍の戦いが続いているが一進一退の攻防になっており、どちらが勝つか不透明な情勢。ブルガリア政府はトルコとオーストリア連邦へ救援要請を出しているが、トルコとオーストリア連邦では援軍を出すか協議中になっている。

 もし両国が援軍を出せば、ソ連の赤軍がルーマニアを越えて侵攻してくるかもしれず、同じくルーマニア軍もトランシルバニア州へ呼吸を合わせて侵攻してくることも予想されるので両国とも慎重な姿勢なんだぜ。

 

 最後はドイツの西プロイセンになるが、ポーランドは西プロイセンのポーランド系住民の騒乱が期日までに収まらなければ、ポーランド系住民保護の為に陸軍を派遣するとドイツに通達。

 ドイツは制限された治安維持程度にしか過ぎない陸軍を派遣し、事態の収拾に当たっているが広い国土を防衛できるだけの数を認められていない状況下で、武装したポーランド系住民の反発を完全に抑え込むことは難しい。

 恐らくこのまま期日を過ぎることが予想され、ポーランドが陸軍を進駐する事になるだろう。

 このため、ドイツはフランス、イギリスへ再度支援要請を行うが、いつもの「侵攻されたわけではない」との回答でドイツの支援要請を拒否する。八方ふさがりになったドイツは、日本とアメリカへ訴えかける。

 

 日本政府はドイツへ協議の場を設けることを打診し、急ぎ日独会談が東京で実施される予定だ。ポーランドからの期日は迫っている。今後の情報が入り次第、お知らせするからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る