第60話 オーストリア連邦再軍備実施 過去

――ドイツ ベルリン 用宗もちむね 過去

 用宗もちむねは定年を迎え、日本へ帰郷する準備に追われながらも、再軍備の議論が政府だけでなく酒場でも良く耳にすることに不安を覚えていた。

 先日オーストリア連邦がヴェルサイユ条約の規定を無視して再軍備宣言を列強に通達した。この事件はドイツ国内に衝撃を与え、ドイツでは再軍備議論が活発に行われている。

 

 用宗もちむねはドイツに長年住み、オーストリア連邦へも何度も足を運んだ経験とこれまで得た情報から両国の違いを把握しており、ドイツの再軍備とオーストリアの再軍備が世界へ与える影響の違いを認識している。

 一番の違いは、ドイツの国境にはフランスが位置しており、海を隔てた対岸にはイギリスがあるということだろう。もちろん、ドイツとオーストリア連邦では国力にもそれなりの違いはあるから、英仏に与える脅威度も全く異なる。

 ドイツの再軍備をフランス、ベルギー、オランダ、ポーランドは絶対に認めないだろうと用宗もちむねは容易に想像がついた。フランスとドイツの経済規模を比較すると、既にドイツの方がフランスを上回っているから、フランスのドイツへ対する脅威度は計り知れない。

 フランスがドイツの再軍備に反対するならば、イギリスはそれに乗っかる。

 

 ついドイツの再軍備の事を考えこんでしまった用宗もちむねは思考が堂々巡りしてしまい、気分転換へ街へと繰り出すことにした。時刻は夜の十九時を回っていた為、用宗もちむねは近くのバーで一人酒を飲むことにした。

 

 カウンター席に座った用宗もちむねはビールとソーセージを注文し、チビチビとビールに口をつけていると隣で用宗もちむねと同様一人で酒を楽しんでいた赤ら顔のドイツ人から話を振られる。

 

「日本の方かい?」


 用宗もちむねは黒髪に白髪がかなり混じったオールバックの髪型をしており、顔からも容易にアジア人と見て取れる。ベルリンにいるアジア人の大半は日本人なので、このドイツ人も用宗もちむねが日本人だと思い言葉をかけてきたのだろうと彼はそう思った。


「はい。日本語学校に勤めていました」


「遠い国の日本のお陰で助かってるぜ。それに比べフランス野郎は……」


「まあまあ。せっかくの楽しいお酒の席ですから、楽しみましょう」


 用宗もちむねは興奮し始めた酔っ払いのドイツ人をたしなめつつ、ソーセージを口に運ぶ。再軍備の議論が活発になると、民間ではフランス野郎! で締めくくるのが流行りだったから、彼も冗談でフランス野郎と言ったに過ぎないかもなあ。と用宗もちむねは感じていた。


「オーストリア連邦もフィンランドも必ず戦争になるぜ。ドイツにだって赤野郎がいつ来るかわかったもんじゃねえ」


 どうやら彼は赤軍に脅威を感じているようだ。用宗もちむね個人の考えとしては、東プロイセンへソ連が侵攻する可能性は低いと見ている。ソ連の領土的野心は旧ロシア帝国領に向けられているから、フィンランドの次はロシア公国ではないかと思っているからだ。

 ただ、東欧情勢が変化するならその限りではないとも思うが……


「フィンランドはきっと戦う意志を見せると思います。このまま座してソ連を受け入れるとは思えません」


 用宗もちむねの意見に酔っ払いのドイツ人も同意する。ドイツは欧州大戦時にフィンランドの白衛軍を支援していた経緯があるから、フィンランドに対する思いを持った人がそれなりにいる。

 ドイツ帝国は欧州大戦に敗れたが、フィンランドの白衛軍は赤衛軍を打ち破ったから今のフィンランドがある。欧州大戦におけるドイツ帝国の数少ない戦果と言っていいのがフィンランドなのだ。

 

「フィンランドもドイツと同じ円ペッグを採用する国だから、頑張ってもらいたいよ」


 酔っ払いドイツ人がわざわざ円ペッグと言ってきてるのは、用宗もちむねが日本人故のリップサービスだろう。事実、日本はフィンランドを含む北欧三か国と経済協定を結び、北欧三か国は円ペッグを採用している。


「そうですね。フィンランドはきっとソ連を跳ね除けますよ」


「そうに違いねえ!」


 用宗もちむねは、できればドイツが再軍備せざるを得ない状況にはなって欲しくないものだと思いつつ、ビールを再び口に運ぶのだった。



――磯銀新聞

 こんにちは! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞です。今回は叶先輩に代わり池田壱が執筆いたします。叶先輩はまた腰を痛めたようで、医師から外出禁止令を受けていますので、代わりに僕が執筆いたします。

 叶先輩ももう歳なんだから、無理しないで欲しいです。お見舞いに行ったら、口だけは達者だったので、チョコレートを突っ込んできました。

 

 オーストリア連邦が再軍備宣言を行い、列強諸国に通達したんです。先日開催された再軍備検討会議ではドイツの再軍備について紛糾し議決にいたらなかったので、オーストリア連邦とドイツの再軍備は未だヴェルサイユ条約によって禁止されている状態でした。

 オーストリア連邦はヴェルサイユ条約で禁止された軍備条項を一方的に破棄し再軍備を行うと言ったんですよ。これに対し列強諸国は英仏も含め沈黙を保ち、オーストリア連邦は何一つ列強諸国から制裁措置を取られることはなかったんです。

 先日の再軍備会議でも英仏を含め、オーストリア連邦の再軍備には賛成していましたから、英仏としてはオーストリア連邦が勝手に再軍備したことを内心歓迎していると思います。

 

 英仏……特にフランスはドイツの再軍備をどうしても認めたくはないけど、オーストリア連邦の再軍備に反対では無かったんですよ。オーストリア連邦の再軍備があったからこそ、会議の席でドイツが受け入れるかどうかはともかく、条件付きでドイツの再軍備を認める提案をしたんです。

 オーストリア連邦が勝手に再軍備してくれれば、憂いなくドイツの再軍備に反対できるってわけなんですよ!

 

 もちろんオーストリア連邦は最後までヴェルサイユ条約を遵守しようと努力しましたけど、英仏軍の動きが遅く自国防衛のためやむにやまれず再軍備宣言に至ったんですよ。

 というのは、ルーマニア社会主義共和国の陸軍が、オーストリア連邦のトランシルバニア州沿いの国境付近に張り付いて威圧しはじめたんです。英仏はルーマニアの動きに非難声明も出さず沈黙を保ったんですよ。

 オーストリア連邦は英仏へ防衛を依頼するも、実際に侵攻されたわけではないからと彼らは拒否したんです。

 ルーマニアがオーストリア連邦の国境付近で陸軍の示威行為を行っていることを、オーストリア連邦は静観することができず再軍備宣言になったというわけです。


 オーストリア連邦の再軍備に困ったのがドイツです。ドイツ単独ではフランスがいるため再軍備が認められることは絶望的です。ドイツ国内では再軍備論が活発に議論されており、ヴェルサイユ条約の是非にまで議論が発展しています。

 ドイツ国内で再軍備の議論が活発になるのと歩調を合わせるように、西プロイセンのポーランド系住民はますます過激になっていっています。ドイツが再軍備すれば西プロイセンのポーランドへの割譲はまず達成できないと西プロイセンのポーランド系過激派は焦っているのでしょう。

 ドイツの動きを見てポーランドは再度西プロイセンの分割提案を通告、これ以上ポーランド系住民を放置するならば別の手段も辞さないとポーランド政府は議論を交わしているそうですよ。

 これはきっと一波乱ありますよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る