第59話 1939年頃 過去

――ロシア公国 ウラジオストック 藍人 過去

 藍人は数年ぶりにロシア公国へ出張に来ていた。ロシア公国産のウオッカを輸入する際には、何度もロシア公国のウラジオストックへ足を運んだ藍人だったが、輸入契約が完了して以来ロシア公国へ来ていなかったのだ。

 藍人は空港で通訳と合流し、ウラジオストック市内へと足を運ぶ。市内は数年前に訪れた時より、ビルの数が目に見えて増えていた。今回藍人が目をつけているのは、毛皮だ。

 トナカイやバイカルアザラシの毛皮がロシア公国内で人気らしく、日本でも防寒具として毛皮を使っているがロシア産の毛皮は質が良く人気だった。


 通訳に聞くところ、バイカルアザラシのいるバイカル湖はソ連との国境でもあるため、渡航の際には十分注意するようにと釘をさされた藍人だったが、さすがにバイカル湖まで行くつもりは彼に無かったので曖昧に頷きを返すにとどまる。

 最初にウオッカの輸入元の会社へ挨拶を行った藍人は、毛皮業者を紹介してもらい彼らと明日会う事を取り付けた。日本から連絡を取っていた別の毛皮業者とは本日会う予定になっていたため、彼は毛皮業者の元へ向かう。


 向かう途中で昼食をとることにした藍人は通訳と共に、上手いボルシチを出すと評判のレストランへと入店した。

 通訳がボルシチについて語った内容だと、ボルシチは元々東欧で食べられていた料理で、ロシア公国を建国した白軍の中に旧ロシア帝国の東欧地域に住んでいたものがいてボルシチ専門店がいくつか出来たそうだ。


「そういえば、ロシア公国へソ連の大物軍人が亡命したとか聞きました」


 ボルシチ話が一段落した後、藍人は先日亡命したソ連の大物軍人について通訳と話をし始める。


「そうなんですよ。もう一年くらい前の事でしょうか。赤軍の至宝が亡命と随分話題になりました」


「たしかその人は今もロシア公国にいるんですよね」


「ええ。そうですよ。ただ、彼が亡命して以来亡命者は減りましたね」


「なるほど。ソ連も亡命者から情報が漏れるのを恐れたんでしょうか」


「ソ連の情報はほとんど入って来ませんので、実際のところは分かりません。噂によると粛清が行われているとか」


 通訳が口を閉じた時、ちょうど注文したボルシチが運ばれてきた。まだグツグツと煮えているボルシチからはいい香りが漂い、藍人の胃を激しく刺激する。

 ボルシチと一緒に添えられた揚げパンもあのカリカリがおいしそうだ。藍人はごくりとつばを飲み込むとさっそく食事に手をつけようとするが、忘れていたことに気が付き一度手を止める。


「いただきます」


 藍人はそう言ってからようやくボルシチに口をつけるのだった。


「おもしろい習慣ですよね。日本の方はみなさん食べる前にそう言います」


 通訳が微笑み、藍人と同じように「いただきます」と言ってからボルシチに口をつける。


 

――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! ホットケーキの素からホットケーキを作ってみたんだけど、思ったより簡単にできた。ホットケーキにオレンジジュースっていい組み合わせだよな。

 ホットケーキで思い出したが、ドーナツもうまいなあ。


 スペインで起こっていた内戦が終結した。スペイン反乱軍が勝利し、政府側は壊滅する。勝利した反乱軍は独裁政権へと移行した。カタルーニャ共和国とバスク国を独裁政権は承認し、この二か国と新生スペインは不可侵条約を締結する。この終結を持ってイタリア、イギリス、日本の派遣された艦隊や兵は撤退することを宣言した。

 新生スペインはイタリア、ポルトガルと同盟を結び、内戦で荒廃した国内の立て直しに注力するとのことだ。

 一方、カタルーニャ共和国は戦争で国土が荒廃することもなく、スペインで内戦が起こっている間も国内は平和に保たれ、恐慌不況を克服し日本と経済協定を結ぶ。カタルーニャ共和国は円ペッグを採用したから円経済圏に入ることになった。バスク国はフランスフランを採用しフランスとの結びつきを強化していくそうだ。


 先日ロンドンでドイツとオーストリア連邦の再軍備について国際会議が行われたが、会議は難航し結局両国の再軍備の是非はまだ決定していない。しかし、両国への圧迫は日に日に強まっているんだぜ。

 ドイツでは西プロイセンのポーランド系住民の暴動が警察隊が出る騒ぎに何度もなるが、抑えきれていない。ポーランドからは西プロイセンの領土分割についてドイツに提案が出されたが、ドイツ側はもちろん拒否した。

 ポーランドの提案を拒否したことで、ますます西プロイセンのポーランド系住民はヒートアップし、治安維持が大変な状況になっている。ヴェルサイユ条約では、元ドイツ領であった西プロイセンは北部をドイツ領で維持し、南部をポーランドに割譲した。

 割譲して残った北部地域をさらに削り取ろうというポーランドの提案をドイツが受け入れるわけがないからな。

 ドイツは国際連盟に西プロイセン問題を提議するものの、フランスの拒否があり国際連盟は有効な手を打てずにいる。


 オーストリア連邦の隣国ルーマニアでは、共産主義革命が勃発しており、政府軍と共産党軍の激しい戦闘が行われていたが、共産党軍はソ連に救援を呼びかけ、これに応じたソ連はウクライナより赤軍がルーマニアへ侵攻。明らかな戦力の差によって瞬く間に政府軍は敗北し、ルーマニア社会主義共和国が成立する。

 オーストリア連邦はこの動きを横で見ているしかできず、ルーマニアに何一つ干渉することが出来なかった。列強諸国もこの動きを静観する。

 赤化の波は止まらず、ルーマニアの南に位置するブルガリアでも共産主義革命が勃発する始末だ。ブルガリアの共産党革命軍もソ連赤軍へ救援を呼びかけるが、ソ連赤軍は沈黙を保っている。なぜなら、ブルガリアの南に位置するトルコを警戒してのことだろう。

 トルコはブルガリア政府の支持を表明しており、ソ連赤軍が侵入することがあればブルガリア政府軍を支援することが明らかだったからだ。

 ソ連がトルコを恐れているわけではない。トルコとソ連では明らかな国力差があるが、トルコが来るとなるとその後ろに控える列強が参戦する可能性があるからな。


 ソ連はソ連で旧ロシア帝国領を自国へ取り込む試みを続けている。先日バルト三国へ赤軍を進駐させ支配下に置いたが、お次は旧ロシア帝国崩壊時に独立したフィンランドへ目が向けられている。フィンランドは自治権が認められていたとはいえ、旧ロシア帝国の領土の一部だった。

 フィンランドはロシア革命の混乱に乗じて、バルト三国と同じように独立宣言を行い独立した。簡単にフィンランドの独立までを説明すると、ロシア革命が起こってフィンランド国内は白軍と赤軍に別れて内戦に入るが、白軍が勝利して独立を宣言したんだ。

 ソ連としては、自らが支援していた赤軍が敗れ、最終的にソ連とフィンランドは不可侵条約を締結することになった。

 しかしソ連はバルト三国を支配下に置いたことで、フィンランド湾南部を支配下に置く。フィンランド湾はソ連艦隊が外に出る場合に重要な地域で、フィンランド湾北部に位置するフィンランドはソ連の軍事上でも重要度が増す。

 ソ連はロシア革命で独立した地域を次々に領土へ組み込んでいっている。残す領土はフィンランドとロシア公国の二つまでになってしまったんだぜ。

 ソ連はロシア公国を攻め落とす気概をもちろん持っているだろうが、ロシア公国の後ろにはアメリカと日本が控えており、相当な覚悟を持って侵攻しなければ大きな痛手を負うことをソ連も十分認識している。


 そんなわけで、残す二つの地域のうち、御しやすい方へ目を向けたってわけだ。フィンランドもバルト三国の次は自分たちだと覚悟は決めていたかもしれないが、国力の差は絶望的だ。

 ソ連はこれまで数々の領土的要求をフィンランドに行っていたが、今度のソ連の要求は本気で、要求を受け入れられない場合は侵攻するとまで言い切ってきた。現在フィンランドの国会でソ連の要求を受け入れるか協議が成されているが、要求内容からフィンランドは拒否以外ないと思われる。

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