第58話 荒ぶる中華民国 過去
――日本 東京 藍人 過去
平日だと言うのに藍人は息子の
藍人の勤めるような大きな会社だと、労働基準法は守られるだろうが中小企業や自営業の人達はそうも言っていられないだろと公園のベンチに腰掛けながら彼は今日の休みに感謝しつつ労働基準法のことを考えていた。
藍人は先週の休日に仕事をしていた為、今日は代休で休むようにと会社から通達があり、息子を連れて公園に来ているというわけだ。藍人の記憶では、昨年働き過ぎで過労死した死者の数がドイツなどと比べて数倍にもなることを重く受け止め、労働基準の改革に乗り出した。
労働基準法では週休二日、月の労働時間は百八十時間を基準とする。超過する場合でも月二百十時間を越えない事。超過分の賃金を必ず支払う事などを定めている。また最低賃金も各都道府県で定められ、基準を下回る賃金しか支払っていない企業は新たに設置された労働監査局から警告を受け、最悪の場合業務停止命令が出る。
さらに労働者の健康保持についての基準も定められており、鉱山労働など健康を害し易い労働については月一回の簡易健康診断と年二回の医師付き添いの本格的な健康診断が行われる。
そこで異常ありと診断された者については、労働が禁止される。その間、労働者は労災が降り、月給の八割に当たる賃金が労働者へ支払われる。
それ以外の職種の者については、年一回の健康診断を義務つけられる。これを行わなかった企業は労働監査局から警告を受け、業務停止命令が下されると罰則規定はかなり厳しいものになっている。
そういえば、健康保険の改定が昨年あったんだっけか……藍人は病院での医療費を国が一部受け持ってくれる健康保険について思い出す。
「藍くん。お待たせ」
遠くから蜜柑の声がしたので声のした方向に藍人が目をやると、一段と綺麗になった妻の蜜柑が目に入る。短い黒い髪は活発な彼女に良く似合っていると藍人は思う。
「いや。ベンチが気持ちよかったから、待ったって気分になってないよ」
「藍くんはいつもうまくいうんだから」
蜜柑は朗らかな笑みを浮かべ、藍人の肩を叩く。藍人は肩に乗った彼女の手に手を重ねると、彼女の手を撫でる。
「もう。藍くんたら……」
蜜柑は少し頬を赤らめると、藍人の手にもう一方の手を重ねてくる。藍人も更に手を重ね、じっと彼女の顔を見る。
「蜜柑……」
「ダメよ。藍くん。外だもの」
蜜柑は何を勘違いしたのか藍人に釘をさす。いつまでもお熱い二人であった……
「そうだ。蜜柑。今度の土曜日は一緒に選挙に行こう」
「初の選挙だから少し緊張しちゃうなあ」
先月、普通選挙法が施行され満二十歳以上の男女全てに選挙権が与えられた。所得や性別に関わらず全ての日本国籍を持つ臣民は選挙権を有すことになる。
来週の選挙は「東京都」としては初の「都議会議員選挙」になるのだ。東京府は今年、東京都に生まれ変わった。1940年に予定されている東京オリンピックに向けて、東京府は東京都に生まれ変わったのだった。
といっても、藍人達にとっては東京都になったところで、普段の生活には全く影響がないのだが……
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! みんな細菌って知ってるか? 目には見えないんだけど、俺達の体にいっぱいくっついているそうだ。
細菌の中には悪い奴がいるらしく、そいつを口に入れると腹を壊したり、病気になったりするんだぜ。怪我した時に消毒ってするだろ。あれは悪い細菌で怪我が悪くならないようになんだ。
前置きが長くなってしまったけど、来年から食品衛生法が定められる。簡単に言うと、食べ物を売る時には細菌に注意しましょうってことだ。買う側からすると安全な食べ物が保障されるっていい制度なんだけど、食べる前に手洗いしような。
そうしないと、せっかくの食べ物も手についたばい菌で汚れてしまうぞ。いいか、手を洗うんだぜ。食事の前には手を洗おう。君と僕のお約束だ。ついでにトイレの後もちゃんと手を洗えよ!
同じく来年から労働基準法が施行される。他にも東京都の事とか書きたかったけど紙面の関係で割愛させてもらう。
じゃあどんな内容で紙面を使うのかっていうと、国際情勢だ。
中華民国が実効支配する華南地域の軍閥は「民国党」を結成し、自らの私兵集団と地域に根差した民衆の支持を集め、中華民国政府を支配する国民党へ自由選挙を迫ったことをきっかけに、国民党と民国党の内戦が勃発し、英仏の支援を受けた民国党が当初優位に戦況を進めていたが、国民党は中国共産党を華南に引き入れ戦線を押し戻す。
その後一進一退の攻防が続いていたが、中国共産党が支配する中華ソビエト共和国の実効支配地域である華北の軍閥が、国民党と共産党の連合軍へ協力し華南へ攻め込むと戦況が傾き始める。民国党は、南へ南へと戦線を後退させ、ついに華南の南へ位置するチワン共和国の国境沿いにまで押しやられる。
チワン共和国へ協力しているイギリスとフランスの手引きを受け、民国党はチワン共和国へ逃げ込む結果となった。この結果を持って国民党は勝利宣言し、中華民国の内戦は終結する。
英仏は自由選挙を拒否した国民党を支持せず、民国党を支援していたが、中華民国へ派兵した兵数が少なかったこともあり民国党は敗れてしまった。そのため、英仏は勝利した国民党を支持せず沈黙を守る。
アメリカも中国共産党を容認した国民党を支持することは無かった。
まあここまでなら、理解できる話なんだが国民党はこの後驚くべき動きを見せる。国民党は自身へ協力した中国共産党と華北の軍閥へ何ら見返りを約束することなく、彼らに華北へ戻るよう要請したのだ。これには当然中国共産党と華北の軍閥は反発する。
すると、国民党は中国共産党と華北の軍閥を奇襲し、北へ北へと追いやっていく。突然の奇襲に戦線を立て直すことができないまま、両軍は華北へと散を乱して逃げていく。
国民党のこの行為には、世界中から非難の声があがる。英仏はもとより、アメリカ、日本を含めた列強国を始め、ソ連までも国民党へ直接非難声明を出した。華南の民衆からの支持が地に落ちていた国民党だったが、この行為で完全に人心を失うことになる。
これを受けて真っ先に動いたのが民国党と英仏軍だった。彼らはチワン共和国から華南へと攻め入り国民党軍を攻撃し始める。元々、中国共産党と華北の軍閥あって優位を保てていた国民党は単独では民国党に太刀打ちできず、壊滅する。
民国党が裏切りの限りを尽くした国民党を倒して万歳というわけにはもちろんいかない。中国共産党と華北の軍閥は国民党が壊滅したとしても、華南の中華民国内で受けた損害について補償するよう新たに中華民国の政権を握った民国党へ要請を行う。
しかし、民国党政権としては、敵として国民党と一緒に戦っていた中国共産党に対して損害補償などする気もなく、中国共産党の要請を拒否した。
俺にはどちらの言い分も分かるが、これは妥協点を見出すのは難しいぞ。中華民国の民国党政府は英仏を頼り、中国共産党はソ連を頼って泥沼の様相を見せ始めている。中華民国と中華ソビエト共和国の問題は英仏とソ連の協議へと場を移すのだろのかねえ。
詳細が入り次第、お伝えするぜ! 待っててくれよ。
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