第57話 ロンドン再軍備会議 過去
――イギリス ロンドン 田中外務大臣と岡国防大臣 過去
海軍軍縮会議が行われる予定であったロンドンで、ドイツとオーストリアの再軍備問題を協議するとは何とも皮肉なものだと田中外務大臣は会議の席上でふと思う。
ドイツはポーランド情勢を受けて、オーストリア連邦はルーマニアの共産主義革命に起因する内戦を受けて、ヴェルサイユ体制で禁止されていた再軍備を列強へ提議する。
ヴェルサイユ体制の協議になったので、集まった国はアメリカ、日本、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オーストリア連邦の七か国となった。
会議の冒頭でオーストリア連邦より自国が侵攻された場合にはイギリスとフランスが防衛することを再確認する。イギリスとフランスはその場では頷いたものの、少し歯切れが悪いと田中は感じた。
イギリスはカタルーニャ共和国へ派遣したようにオーストリア連邦で危機が起こった場合に派兵する可能性は高いだろうが、フランスはスペインの例をとると議会不一致で中止になる可能性もある。
その上、英仏は中華民国へ派兵している関係上多方面作戦に予算が耐えうるのかと疑問の声もある。ソ連の攻勢次第では、アゼルバイジャンから南下しイギリスの勢力圏であるイラクやイランへの動きを見せるかもしれない。
フランスにしても、フランス領インドシナの山奥に籠った共産党が攻勢をかけて来るかもしれないという不安がある。
他地域に軍を派遣していない状況であれば、オーストリア連邦へ約束通り派兵してくれるかもしれないが、オーストリア連邦が提議するように再軍備することが一番確実であろう。
幸い、オーストリア連邦の経済力は欧州大戦前より高くなるまでに成長した。再軍備に当たって資金不足に陥ることも経済を圧迫することもないだろう。
オーストリア連邦単独の再軍備ならば、英仏ももろ手をあげて賛成したかもしれない。自国の勢力圏と離れており、オーストリア連邦を防衛することで得る利益が両国にとって非常に少ない。
むしろ防衛費が二国に大きな負担となるだろう。
オーストリア連邦の再軍備については、どの国家も大きな反対意見を述べることは無かった。しかし、話がドイツに至ると会議は迷走を始める。
その日は紛糾したまま会議が終了し、田中外務大臣と岡国防大臣は疲れ切った顔で機密保持の整った部屋で日本の方針について確認を行うことにする。
「英仏が中心になって作り上げたヴェルサイユ体制を両国は負担に思っているのでしょうか……」
田中はため息をつきながら、向かいに座る岡国防大臣を見やる。
「賠償金を得た。相手国の軍事力を無力化した。しかしいざ動乱が目の前に迫ると忌避する……全くいかんともしがたいですな」
「英仏は自国の利益を最大化することしか考えてませんからそうなるんでしょうね。その結果が欧州大戦だと私は思うのですが」
「そうですな。しかし再軍備は認められますかな?」
岡は眉をひそめ田中へ意見を問うが、田中も大きなため息をついて岡を見かえす。
本日の会議の印象では、英仏はオーストリア連邦に再軍備を行い両国の防衛義務を放棄したい考えが見て取れた。こうなることはオーストリア連邦の軍備体制に口を出した時から分かっていたことだと思うのだが……しかしオーストリア連邦の再軍備を認め、ドイツの再軍備を認めないというのはドイツの不満を溜めることになるだろう。
そうなれば、日本もアメリカもドイツの再軍備を求めることは明らかだ。日米が賛成すればイギリスも折れるだろうから、フランスだけが再軍備に反対することになり、孤立することになる。
オーストリア連邦の再軍備は認めたい。しかしドイツの再軍備は認めたくない。それが英仏の思いなのだろうが、どっちも取ることは難しいだろう。
田中の見解ではドイツの再軍備に最も反対しているのはフランスで、イギリスはフランスへ消極的賛成と見える。アメリカは欧州問題へ口を挟まず、イタリアは隣国の軍備が増強されるよりそのままの方が御しやすいことからフランスへ消極的賛成。
日本は西プロイセンのポーランド問題とソ連のバルト三国へ軍を進駐したことから東プロイセンの防衛の為に再軍備は必要だと、ドイツの再軍備に賛成している。
ドイツとオーストリア連邦の再軍備について、日本とアメリカは主導権を握っておらず、フランスとイギリスの意見によって枠組みは決まるだろう。しかし、英仏の方針がハッキリしないのが問題なのだ……
「フランスがドイツの再軍備を認めることは無いと思います。ですので、再軍備はならないのではないでしょうか」
「しかし、実際侵攻された場合、英仏は防衛義務を果たすのかね?」
「オーストリア連邦については防衛義務を果たすしかないでしょう。しかし、ドイツの防衛をするとは思えません」
「フランスもイギリスもドイツが侵攻された場合について考えていないでしょうな。フランスはドイツがフランス、ポーランド、ベルギーへ侵攻すると信じているようですからな」
「仮にソ連が東プロイセンに侵攻した場合、日本が出ざるを得ないことも想定しておくべきです」
「そうですな。日本がドイツを捨てるという選択肢はもはや選べないですね。それほどドイツと日本は経済的な結びつきが強く、友好関係も深化しておりますからな」
「岡卿。ドイツ又はオーストリア連邦が侵攻され、英仏の救援が無い場合には日本は派兵する方針です」
「内閣の方針は変わらずですね。国防省として体制は出来上がっております」
「日本が派兵する状況になってしまったとすれば、ドイツとオーストリア連邦には再軍備してもらいますが……」
「そうなる前に対処したいものですな」
「フランスの真意はどうなんでしょうね」
事が起こらぬよう抑止力としての再軍備なのに、侵攻されてから再軍備では遅すぎる。田中は分かっているが英仏の意見がまとまってくれない事に歯がゆい思いをぬぐい切れないでいる。
再軍備は必要ない。英仏が必ず守ると宣言してくれるだけでも違うのだが……それも成さないとなるとソ連に好き放題されてしまうと言うことが分からぬわけがないのだが……
――翌日
フランスはドイツの再軍備について条件付きであるが、認める方針を発表する。再軍備を認めるのは陸軍と空軍に限る。海軍は認めない。またフランスとベルギーによるラインラントへの進駐を認める事。
さすがにフランスの意見にドイツは異議を唱え、日本とアメリカもフランスに絶句する。
ラインラントの進駐を認めるということはドイツに国防を放棄しろと言っているようなものだ。ドイツが西側の防衛に必要な地域はライン川周辺地域――通称ラインラントで、ここをフランスとベルギーが抑えるとなれば両国の侵攻をドイツが抑える手段が無い。
ヴェルサイユ体制ではドイツがフランスやベルギーへ侵攻しないようにラインラントへドイツが軍を派兵しないように取り決めが行われている。
引き続きラインラントへドイツが派兵しないように、という内容なら理解できるのだが、フランスとベルギーがラインラントへ進駐することをドイツは到底受け入れることはできないだろう。
一方、オーストリア連邦の再軍備に対してフランスは特に条件を付けず、海軍の禁止条項を盛り込んだだけだった。オーストリア連邦の再軍備は海軍以外は許可で決定する。
しかし、ドイツの条件については難航する。フランスが提議したフランスとベルギーによるラインラント進駐は到底受け入れられるものではなかったからだ。
ラインラントを国際連盟による中立地帯にしてはどうかとイギリスから提案があったが、ドイツ領を国際連盟による中立地帯とすることはドイツ国内の反発が強いことは明白で、ドイツがこれを受け入れることは無かった。
そもそもフランスはイギリスの提案に反対していたが……
結局ドイツの再軍備提案は決まらず、オーストリア連邦の再軍備提案は内容が決定したものの、ドイツの再軍備提案が協議中の為、ドイツの決定を待ってから軍備に対する修正条約――再軍備に関する修正条約を締結する運びとなった。
ドイツの再軍備について各国で今後も調整していくと決めて会議は終結したが、再軍備条約締結の目途は立っていないのが現状だった。
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