第56話 ポーランドの混乱 過去

――オーストリア連邦 ウィーン 用宗もちむね

 ウィーンに戻った用宗もちむねはウィーンに住む市民と同じ気持ちを抱いていた。その気持ちとは不安である。東の隣国ルーマニアで共産党革命が起き、政府軍と内戦に突入していて、北東の隣国ポーランドでは政治的混乱が続いている。

 ドイツの西プロイセンでは、回を追うごとにポーランド人によるデモの規模が大きくなり、最近では警官隊と衝突するのも連日の事になっていた。ポーランドの指導者が変わる前までは、ポーランド政府の自粛を求める声明によって落ち着きを取り戻していた西プロイセンも今ではすっかり過去のものとなっている。

 

 用宗もちむねは朝食を準備した後、ラジオをつける。またラジオ放送で西プロイセンで暴動が起きたと報道があった。今回はポーランド政府よりドイツの統治能力を疑問視する声明が出たとラジオ放送が言っている。

 これはいよいよきな臭くなってきたなと用宗もちむねは大きなため息をつく。

 

 ポーランドは国内の混乱を外に向ける為に態度を翻したのだろうか? そんなことを考えながら朝食を食べ終えた用宗もちむねは、勤めている日本語学校へと向かう。

 用宗もちむねの住むアパートから日本語学校までは徒歩で僅か十分の距離にあるので、ほどなく彼は日本語学校へと到着する。

 本日は日本語学校の幹部同士での会議の日になっていて、用宗もちむねはいつもより少し早めに学校へと来たのだった。

 

 集まった幹部達は用宗もちむねも含め、オーストリア連邦の情勢に不安を感じていたが日本語学校の拡大方針を変更するつもりはないと意見が一致する。逆に情勢不安だからこそ、我々が拡大していき不安を払拭する一助になろうではないかと全員が励まし合い会議が終了となった。

 

 会議後、用宗もちむねは仲のいいオーストリア州出身の講師と日本語学校向かいにあるカフェで昼食をとることにした。

 このカフェはおいしいジャガイモ料理を出すことで評判なのだが、さすがに仕事中はビールを飲むわけにはいかないので少し残念な気分になった用宗もちむねである。

 二人は昼食を食べながら談笑しているが、やはり話題はオーストリア連邦の周辺国家についてだった。


用宗もちむねさん。ルーマニアもポーランドも動きが気になりますね」


 中年の立派な茶色い髭を生やした講師が用宗もちむねに声をかける。

 

「そうですね……両国共に国内の不満を逸らす為、オーストリア連邦へ強く出る可能性があると思います」


「声明を出すだけならまだいいんですが……ガリツィア州とトランシルバニア州が心配ですよ」


 ガリツィア州はポーランド系だけではなく、ウクライナ系住民も多く住む地域で、成立時に不安定な時期があった。特にウルライナ共和国が成立しソ連に飲み込まれた後にはソ連が攻めて来るのではないのかと、ガリツィア州で戒厳令が出るまでになった。

 トランシルバニア州は隣国ルーマニアが我々の領土だと主張して憚らない地域になっているのが、これまでルーマニアとは良好な関係が築けていたので不安視する声は無かった。しかし、ここにきてルーマニア国内で共産主義革命が起き、政府軍と共産主義革命軍が衝突している状況だ。

 政府側が無事鎮圧できれば、これまで通りの関係に戻る可能性が高いが、共産党側が勝利した場合トランシルバニア州に侵攻することもあり得る。

 

「無事落ち着いてくれればいいんですけどねえ。いざという時は英仏が守ってくれるはずですが……」


 用宗もちむねは大きなため息をつき、水を口に運ぶ。

 

「本当に守ってくれるか怪しいものですよ。フランスはスペインの独立派へ軍を差し向けると表明しておいて、結局ご破算になりましたからね」


「オーストリア連邦政府は再軍備に向けて交渉を始めたとか聞いてますが」


「自身で防衛するのが一番ですから、再軍備がいいのでしょうが……協議は難航しているようですよ」


 中年講師は髭をいじりながら、不安げな顔を崩さない。


「英仏にも困ったもんですね……」


「日本も英仏に加えて、防衛協定に参加してくれれば安心なんですけどね……」


 中年講師は期待を込めた目で用宗もちむねを見やるが、自分をそんな目で見つめられてもと用宗もちむねは苦笑いするのだった。


 

――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! 腰はすっかり良くなったぜ! 日本の医術は素晴らしい進歩だな。

 いやあ。歩けるって素晴らしい。池田くんがお見舞いにってバウムクーヘンを持ってきてくれた。うめえ。そうそうお菓子と言えば神戸のお菓子が熱いと池田くんが言っていたけど、彼は意外にも甘い物に目が無いらしい。

 特に洋菓子が最高っすとか言ってたよ。食事で思い出したけど、軍では携帯食料の開発に躍起になっているらしい。栄養学を元にきちんと栄養が取れるものを開発してたみたいなんだけど、くそ不味いと不評でやり直ししてるそうだぜ。

 やっぱどこでも旨い物食べると力が出るよな。うん。食は一番大事だぜ。

 

 日本は円経済圏を形成し、当初からの友好国である五か国――ドイツ、オーストリア連邦、サウジアラビア、ロシア公国、トルコでは日本語学校の数も増えてきた。その他の国……特にイギリスとアメリカとは商取引も多く日本語が使われる機会も増え、日本語を学ぶ外国人の数も年々増えている。

 俺達日本人にとっては喜ばしいことなんだが、とにかく漢字が複雑で、横書きの時にはアラビア語を母国語に持つ者は別にして、右から左へ筆記するというのが日本語学習者にとって困難なようだ。

 兼ねてから日本国内でも文字については活発に議論が交わされており、「国語審議会」を設置して今後の日本語表記をどうしていくかの問題はずっと議論が交わされていた。

 この審議会の答申が出て、「当用漢字表」、「現代かなづかい」、「常用漢字表」が定められ来年から施行されることになった。また、横書きの場合も左から右に書くように変更になる。

 

 「国語審議会」のメンバーの中には全てローマ字表記してはどうかという意見もあったが、漢字、ひらがな、カタカナこそ日本語であるとローマ字論は直ぐに否決されたらしい。ローマ字表記にも利点があるといえばあるんだけどなあ。読みづらいだろローマ字だけだと。

 ローマ字の利点はタイプライターが使えることだな。最近では電動式タイプライターまで出てきて、日本ではアルファベットを使う会社に置いてある程度だけどローマ字を使う国では広く普及している。

 まあいずれアルファベットのように文字が打てる日本語タイプライターが出て来るって。それまで待とうじゃないか。

 

 旨い物の話に戻るが、俺達が普段食べている米や野菜の品種改良も年々すさまじい進歩で進んでいる。冷害に強く味も良い夢のような米がもはや普通になって来ているんだぜ。

 農地では耕運機やトラクターなどの農業機械が中規模農家にまで普及し、政府も農耕機の購入へ補助金を出している。機械化と品種改良によって、農業人口は減っているが生産量が増加し、不作に悩まされることも減って来た。

 食は全ての基本だから、農家の方の努力には頭が下がる思いだ。米の備蓄量が規定値に達しているから、既に米については外国へ輸出を始めているんだぜ。といっても米を大量に消費する国は少ないんだけどな。

 主な輸出先はイタリアとカタルーニャ共和国になっている。

 

 国際情勢に話を移すと、ドイツの西プロイセンでのポーランド系住民は過激化しつつある。デモから暴動に発展するケースまで出てきて、これまで沈黙を保っていたポーランドはドイツを非難する声明を発表した。

 ポーランドの指導者が交代する前は、西プロイセンで騒動があった場合に自粛を求めるように声明を出していたが、今回真逆の政府見解を出した。これは荒れるかもしれないぞ。

 中華民国の内戦は戦線が膠着こうちゃくしている。ルーマニアの共産主義革命も政府軍と革命軍で小競り合いが続いている状況だ。そのうち大きな動きがあるだろう

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